暦の上では秋なのだけれど、
今年の9月は異常気象だそうで、未だ夏の陽気が共和国内を覆っているのだとか。
確かに先の週末は夏のような暑さでした。

さて、ココんち。
毎年9月の第三週あたりにココんちのスペシアルウヰークがございまして、それは22日の結婚記念日と翌23日のもんここの誕生日を含む週を指します。今年は22日が木曜日、23日が金曜日。特に22日はわれわれの市民婚から15周年。

だからと言って、例年を超越するほどの贅沢はできませんでしたが、ココ新天地に引っ越してから10年となりわれわれが気になっているお店に今年も寄らせていただきやした。と、ここで、お天気。冒頭に書き散らかしたとおり、今年は異常気象で未だ夏のようであることからか、例年ならば室内の席に通されるのに、今年はいずれもテラス席に案内されました。

22日のお店。
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23日のお店。
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お食事を待つ間、造園をぼんやり眺めては「私もああしたい、こうしたい」とばかり脳内で妄想。同じ造園はできなくても、たくさんのヒントをいただきました。

兎にも角にも、どちらでも、青空の下、そよ風に吹かれながら、晩夏のひと時を過ごすことができました。去っていく夏、名残惜しいざます。


le 28 septembre 2016, Venceslas

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# by ma_cocotte | 2016-09-28 14:55 | 『秋』 Rien de spécial | Trackback | Comments(1)
慰めを求める道
今日の午前中、Hommage national aux victimes du terrorisme と言う「テロリストの犠牲者についての追悼式典」がパリのアンヴァリドで行われました。



230名もの、共和国内で発生した複数のテロ事件の犠牲者の名前が読み上げられましたが、その中にはもちろんイスラムに由来する名前を持つ方が多々おり、あらためてテロというものは無差別殺人、殺戮なのだと実感しました。

この式典が今日行われることで、今日は朝から繰り返しニュウスのたびにこのことと、7月14日にテロがあったニースにおける近況が紹介されました。ニースの現場周辺で涙するひとびとの様子を見た限り、いくつかの市町村長が海岸でのブルキニ着用を禁じたのは仕方なかったのかもしれないと思いました。日本人は感情を抑えながらの喜怒哀楽を表す傾向がありますが、欧州人の多くはどちらかというと感情を明らかにする言動があるように思えます。今日の朝の報道を眺めていても、海や道路、ろうそくの火を見ただけで泣き崩れるひとがかなりいて、これぢゃ、ブルキニ姿を見ただけで吐き気を催したり、卒倒するひとがいるかもしれないことが容易に想像できました。

だからと言って、私は「ブルキニ着用禁止」には反対の立場ですけれどね。

お昼のニュウスで、ニースの事件で犠牲となったモロッコ系のムスリマ女性の遺族(=もちろんイスラム教徒)が近々、ヴァチカンまで教皇に会いに行くと紹介されてもいました。「慰めてくれるひと」を求める気持は宗教を超えたヒトとしての素朴な感情だと思います。イスラム原理教条過激派の連中からすれば、イスラム教徒が恐怖によって自分たちに従うのではなく、自分たちの宿敵の長上に慰めを求めたというのは激怒に値すると想像もしますが、これこそまさに真理ではないでしょうか。

フランスでは先週からひと雨ごとに気温が下がり始めてもいますから、ブルキニのスキャンダルも下火傾向にあると思います。まったくイスラム生活文化や信者さんに関わりのない方々からすれば、ブルキニでネガティヴな興奮を覚えたことも仕方のない今年の夏でした。どうか来年の夏までに悲しみや憎しみが小さくなりますように。

もし自分が大統領に選ばれたらブルキニ着用を禁止する、と断言したサルコぢと言う人物はまったくイスラム生活文化や信者さんに関わりない方なのかもしれません。←イヤミよ、Bof



le 19 septembre 2016, Emilie

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# by ma_cocotte | 2016-09-19 20:19 | actualité 現時点の現場から | Trackback | Comments(0)
おひさしぶりに、ふぉんごんぼ
前回の訪問から8か月とちょいになりますか。
男子ベネディクト会のフォンゴンボ大修道院 L'Abbaye Notre Dame de Fontgombault に行ってまいりました。
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兎にも角にも山中の秘境と呼んでよいような場所にぽつーんとあるので、前回は道を迷いに迷い、ココんちからフォンゴンボに辿り着くまで車で3時間強となりましたが、今回は前回の反省も踏まえ、道程を再検証。ココんちから二時間弱でフォンゴンボの門を通り抜けることができました。でおぐらしあす。

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ココの聖堂では毎日午前十時からごミサがささげられています。
典礼はパウロ六世典礼ではなくヨハネ23典礼です。典礼文は全文ラテン語です。そして、なんと聖書朗読もラテン語でした。これには驚いたなあ、もう。私が今まであずかったヨハネ23典礼ミサは典礼文が全文ラテン語でも、聖書朗読はフランス語でしたから。


ごミサの後は周囲のマダム方の真似をして、食料品をゲット。
初心者のあたくしはチーズを買ってみました。
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すこぶる美味でした。


le 15 septembre 2016, Dolorès

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# by ma_cocotte | 2016-09-15 16:08 | 『巡礼』 Rien de spécial | Trackback | Comments(0)
夏の最後にブルキニ水着のお話
9月も1/3を過ぎたと言うのに、まだ共和国内には酷暑の波が西から東に繰り返し動いてもおり、日替わりとは言え、或る日は大西洋岸で35度超え、別の日には地中海側で35度超えの状態が続いています。

共和国の市井においては9月に入ったことで、ほとんどのひとびとは職場、学校に戻り、新年度の様子に慣れつつあります。

が、冒頭に書きなぐったような気象であるため、週末に海岸を冷やかしに行くひとは多いです。そういう状況で今思い出すのは先月、共和国内で騒がれ、国際配信までされちゃったブルキニというムスリマが公衆海水浴場やプールで着用する水着についての話題です。確か私の記憶が確かならば地中海側の海水浴場に面するいくつかの市町村でブルキニの着用を禁じる令が出たとか。それについてもちろん人権団体諸々が人種差別や不平等をあげて抗議しました。8月末の時点で、カズヌーブ内相は多くのムスリマが着用する全身を覆うブルキニ水着の着用を共和国内で禁止することは違憲かつ無効であり、法制化されれば取り返しのつかない緊張をもたらすとの考えを示しもしました。

この件については先月26日に共和国の最高裁判所にあたる国務院がブルキニ着用禁止を凍結する決定を下しましたが、ココでは何の因果か仏蘭西共和国に長期滞在中の日本人である私の印象をつぶやかせていただきます。

内相やら国務院など三角形の頂点方面のアタマが良くてエラいひとびとは横に置いて、ガイジンであり、日本婦女子の私が眺めているかぎり、これまで仏蘭西の、特に地中海沿岸で当たり前である海水浴場での女性の上半身または全身のすっぽんぽんを目にするよりブルキニ着用の女性の方が傍観者としてハラハラしません。私のように肌や皮膚が弱い者にはむしろブルキニをまとってみたいほどです。(註:全身のすっぽんぽんはマルセイユあたりのカランクならば朝一番で全身スッポンポンが泳ぎ始めたら、そのカランクは一日全身スッポンポンの溜り場になります。法なんぞ「なにそれ?」の域の人種ですけれどね。そんなもんですよ。)ついでに、仏蘭西国内で販売されている水着には裏地がありませんし、胸にカップもついていません。生地そのものもかなり薄いです。こんな素材だからつけても、つけていなくても同じという考えになり、すっぽんぽーんになるのでしょうかね。もちろん肩や胸に水着の跡を残さず真っ黒けになりたいというセンスも存じておりますよ。

そうかと言って、今年7月14日の終わりにニースでトラック暴走による無差別殺人があったことを忘れてはならず、今年のヴァカンス中に起こった事件でもあるから、事件直後に犠牲者や当事者でなくても(残念ながら)ブルキニを見ると同時にパニックに陥るひとびとが存在しても不思議ではないし、そういう弱っているひとびとへの刺激をなんらかの方法で止めたいという気持が「ブルキニ着用禁止」という安直な言動に出たのかもしれません。この安直な言動については賛成しかねますが、ああいう恐ろしいテロの直後にパニックなどに陥るひとびとへの同情は私にも強くあります。

ですが、しかし、どちらでもない立場の私の正直で素直な気持は誰にとっても楽しく穏やかなヴァカンスを過ごしてほしいということ。
イスラームの生活慣習において、公衆において男性は男性だけ、女性は女性だけで行動するということも私は知っているし、それについて批判もしません。未成年というか中学入学前までの男児、女児は性別に関係なく公衆では母親と一緒にいることが多いです。しかも、ムスリマのママンはまるでイタリアのマンマのように子供に愛情深いことが常なので、どんな装束であれ、ムスリマの母子が海水浴場で楽しく夏を過ごすことは権利だと思います。でも、その様子を偶然見て、ニースの惨劇がフラッシュバックしてつらく苦しい思いを発するヒトもいるとなると・・・。

私見による愚案に過ぎませんが、ブルキニ禁止という極端な決まりを発するのではなく、しばらくの間は海岸を「ブルキニを見たくないヒト向け」「ブルキニ着用者向け」「そんなのどっちでもかまわないで仲良く楽しみましょうよ向け」の3分割するしかないのでは?と私は発想しました。ところが、こういうことを口にすると仏蘭西という国では「それはコミュノタリズムにつながる」とか反論してくるひとがいるわけです。私個人はコミュノタリズムを100%否定する立場ではないので、どうにもコミュノタリズムの単語を出してヒステリーに他人をぶった切るひとびとがパーに見えて仕方ないのです。が、今年の夏はある意味、ニースのテロ、ノルマンディの教会テロ発生など緊急状態のうちだっただけに、第三者のしらけた目線での白でも黒でもない灰色の案が、万民に平らに等しい判断なのではないかと思います。一方の思いを重んじるあまり、他方の、この場合、ブルキニを着る女性たちに水浴の我慢をさせたり、子供たちに喜びを与える母親としての義務を怠らせることを市町村の上長が命じるって私にはキチガイ沙汰に思えます。気の毒ですよ、善良なムスリム、ムスリマさんたちが。

私個人はブルキニより上半身や全身のすっぽんぽんをなんとかしてくれ、と思いますよ。セイウチ、アザラシ、トドみたいなんだもん。あ、言っちゃった。まじめに私にとってはブルキニの方がおしゃれです。日本の海岸でいずれ流行するかもしれません。


le 11 septembre 2016, Théodora



あー、そうだ、書き忘れた←棒読みでどうかひとつ。

例のサルコぢね。
この人物はこのブルキニの件について、
フランス大統領に返り咲いたら
全土でブルキニを禁止する
と8月25日に宣言したのです。彼、アホぢゃありませんね、パーですね。ハンガリー移民の父親とユダヤ人の母親の間に仏蘭西で生まれた移民二世のサルコぢがこういう発言をするとは。大統領、つまり、国父が或る宗教の生活宗旨で生きているひとびとをいぢめているようにしか見えませんけれどね。愚かすぎるぞ、サルコぢ。
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# by ma_cocotte | 2016-09-11 16:46 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Trackback | Comments(2)
今年の犠牲祭 イード・アル=アドハー
今朝、メールボックスを覗いたら、外務省関係のお知らせが届いていました。
表題は「注意喚起:犠牲祭期間」。
犠牲祭というのは年に一度行われるイスラームの大切な儀式で、当然イスラーム暦に基づくので、ラマダン同様、年々ずれることになります。今年は来週の9月12日から9月15日頃だそう。「頃」というのがミソだなあと思います。日没をさすのか、それとも16日の夜明けまでをさすのか、ちょっとわからん。

この犠牲祭ですが、イスラームになじみのないヒトにはかなりキツい儀式で、画像検索なんぞ私個人は決して勧めません。もし行うなら、それなりの覚悟をお持ちあそばせ。で、犠牲祭について文章に表すとするならば、外務省からのお知らせを引用するに
イスラム教徒は,神(アッラー)への捧げ物として,
羊,牛,山羊などを屠り,貧しい人々と分け合うことが習慣
となります。この「屠る」行いが元気な動物の頚動脈をナイフで切るスタイルでして、これはもちろん日常のハラルでも同じで、イスラーム教徒はお肉をいただくにしても動物の血を完全に抜くことが義務なのですね。それをこの犠牲祭の間は市井で業者ではなく一般の男性信徒によって行われることになるわけです。

フランス共和国においては新生児の7割がイスラム教徒という話題が数日前にマスコミを飛び交ったこともありますが、そうかと言って、フランスの土壌は未だイスラームに変化し終えていません。ですから、この犠牲祭の知らせで思い出したことは、隣村に住む私の知人宅の隣にイスラーム教徒の方がお住まいで、庭で犠牲祭にささげる羊や山羊を飼育し始め、知人(欧州系の元パリジエンヌ)が困惑していたことです。飼うのは妥協するにしても、隣の庭で動物を屠るのは心理的にキツいと繰り返していました。

うぅうううむ。

そして、もうひとつ思い出したことはイスラーム原理教条過激派の、いわゆるテロリストと呼ばれるひとびとが異教徒の処刑に頚動脈を切る、首を落とすという行為を選ぶのはこの犠牲祭につながるロジックがあるらしいという説。つまり、イスラームとしての人生において大切な犠牲祭で神にささげる動物を上手に屠るために、異教徒を「練習に使う」という感覚です。信じがたいですけれど、彼らにとって「人間のくせにイスラームとして生きられない」人間は神にささげるための動物より「以下」、「低い生き物」なんですね。そういう思考回路はおぞましく思えるのも、自分自身が何の宗教であれ原理教条主義の過激派ではないからです。でお・ぐらあしあす。

兎にも角にも、犠牲祭の期間中にイスラーム原理教条過激派の方々が変な気を起こしませんように。

参ったな・・・ブツブツブツ。


le 8 septembre 2016, Nativité de la Vierge Marie

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# by ma_cocotte | 2016-09-08 18:00 | 『?』なミュぢゅるマン | Trackback | Comments(0)