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1月も残り一日となった月曜の朝遅く、雪が降り始めました。
![]() あまりに粉雪なので、私の腕では上手に写真を撮ることができません。 粉雪がどんどん強く降るようになり、積もるまでそんなに時間がかからないと思われます。 ![]() 例年ならばココんちあたり、仏蘭西中西部は11月の終わりから12月にかけて初雪を見るものですが、この冬はきょうが初めて。雪が降らないだけでかなり寒い日もありましたが、草花は勘違いして既に芽を土中から出したり、花を咲かせたままだったり。 白い薔薇はアイスバアグという名だけれど、雪の中で本物の名前のとおりに咲く薔薇となりました。 ![]() オリーヴの葉も雪をまとい、重そうです。 ![]() le 30 janvier 2012, Clarisse
2012年となり一月も残り8日となりましたのに、昨年の出来事を持ち出すことはナンなんでございますけれど、昨年11月の終わり、26日に仏蘭西はブルゴオニュ地方の町クリュニ Cluny にて、1981年から1995年まで仏蘭西共和国大統領であったフランソワ・ミッテラン François Mitterrand 氏の夫人ダニエル Danielle さんの葬儀が行われました。
以下のビデオは葬儀の模様について24時間ニュウスチャンネルで放映された報道です。 ビデオでご覧のとおり、葬儀は町の広場で行われた友人葬でした。仏蘭西社会党の党員が中心となり、ダニエルさんに縁ある方々が次々と弔辞を述べるというお式で、参列者の中にはミッテラン大統領の隠し子として知られるマザリィヌ・パンヂョ Mazarine Pingeot さんの姿もありました。葬儀後、ダニエルさんの遺体はクリュニ市内の墓地にあるご両親のお墓に埋葬されました。 ダニエルさんの葬儀の報道をテレビ画面で眺めつつ、現場にはダニエルさんの子供ではないけれど、夫君ミッテラン大統領の娘であるマザリィヌ嬢の姿もあったので、日本風に言うならば「なさぬ仲」でありながら既に赦しがあったのね、と感動したけれど、ダニエルさんの埋葬が夫君ミッテラン大統領が眠る隣ではなく、ご両親の墓所と聞き、正直、驚きました。 なぜなのでしょう?はるか昔のことのように思えますが、1995年5月に大統領の任期を終えたミッテラン大統領が帰天したのは翌年1996年1月8日で、まるで大統領として燃え尽きてしまったのではないかと思えたほどでした。 ミッテラン大統領の葬儀は1996年1月11日で、棺の埋葬先は大統領の故郷シャラント県のジャルナック Jarnac にあるご実家のお墓でした。 以下、クリックし、最下段までスクロオルするとミッテラン大統領が眠る墓所の写真があります。 http://www.ville-de-jarnac.fr/ville-de-francois-mitterrand 調べてみたところ、ミッテラン大統領が眠るジャルナックと夫人ダニエルさんが眠るクリュニの間は約470kmとのこと。まあ、肉体は朽ちますが霊魂は永遠に共にあると思えば、ご夫妻の埋葬地が遠距離なんてどうってことないことなのかもしれませんが、こうして1996年のミッテラン大統領の葬儀と2011年のダニエル夫人の葬儀の様子を見比べても、前者はカトリックの葬儀で、後者は友人葬と時の流れというか、仏蘭西人の意識の変わり様を感じ取れたりもします。一昔前ならば宗教葬が当たり前だった仏蘭西も、きょうび友人葬が主流になったのかもしれません。 1905年以前に建築が終了した教会聖堂は共和国と宗教団体の共同財産ということもあり、近年、無宗教葬の斎場として市役所が聖堂を貸し出すなんてことをしている市もござあますからして。 le 23 janvier 2012, Alphonse
仏蘭西でよく見かけるルモルク・アンファン Remorque enfant です。
![]() 自転車の後ろにつなげたスペェスに赤ちゃん、子供を乗せて、オトナが自転車を漕いで引っ張るというもの。 人力車だけれど、自転車が一緒という。 公道に出る時は赤い旗を翻すことが決まりです。 写真では赤い旗だけでなく、自家用車に常備を義務付けられた蛍光の安全チョッキを背後に付けていますね。 地方にも寄りますが、冬場に見るのは珍しいかも。 ですが、復活祭も過ぎ日が伸び、自然も美しく、風が心地よくなると、ルモルク・アンファンをつけて自転車を漕ぐ美男美女とすれ違うものです。 年も明け、日が少しずつ伸び始めたので、美しい季節が待ち遠しいであります。 le 16 janvier 2012, Marcel
昨年9月のアルザス旅行の時、オディヰル山の天辺で2012年のカレンダーを買ったことを。
![]() 一月を開いてみた。 ![]() かわいらしい。 19世紀終わりから20世紀はじめ頃の一月のアルザスではこんな子供達の様子を伺えたのかもしれません。 私が買ったカレンダーのイラストはアンシおぢちゃん Oncle Hansi の手によるものです。 ![]() ちょっとお高かったけれど、アルザス地方のお店で売られているアンシおぢさんのイラストが描かれた食器類に比べればお安ぅございますし、カレンダーの12枚の絵がいずれもよろし。 ![]() アンシおぢちゃんは1873年2月23日にアルザスはコルマァで生まれ、 1951年6月10日にコルマァで息を引き取られたそうです。本当の名前はジャン゠ジャック・ヴァルツ Jean‐Jacques Waltz と、名前はフランス語でも、苗字は獨逸という典型的獨逸国境のお名前であります。アンシおぢちゃんの人生は常に反獨逸・仏蘭西愛国主義だったことで第二次世界大戦中は獨逸側に睨まれ、スイスに亡命していたとのこと。終戦後、故郷に戻り、生涯を終えられたことはアンシおぢちゃんにとって幸せだったのではないかと思います。 今年一年はアンシおぢちゃんのイラストを見ては、ほんわか心が和めます。 ひとりひとりのこころが平和でありますように。 アンシおぢちゃんの生涯を知り、いっそうそう思いました。 le 9 janvier 2011, Alice ![]() きのう、1月6日、サルコぢ一世が仏蘭西共和国の守護聖人のひとりである聖女ヂャンヌ・ダルク Jeanne d'Arc の600回目の生誕記念日だからとヂャンヌ・ダルクの生誕地であるドンレミ Domrémy 村におでましになりました。 サルコぢ帝がおっしゃいますに、仏蘭西を愛したヂャンヌ・ダルクは国家統一の象徴 Le symbole de "l'unité nationale" なンだそーです。 いくら大統領選挙が目前だからって突然、ヂャンヌ・ダルクのお誕生日祝いのために生誕地まで行くものなんですかねぇ。私ゃ、2009年にロカマドゥルという絶壁の途中にある聖母マリアゆかりの巡礼地を訪問したけれど、あの聖ルイ王なんぞは母上の信仰もあり、繰り返し巡礼のためにおみ足運ばれたそうです。戦争の勝敗に関係なく、です。私は仏蘭西びとの神父様に私たちの目に見える勝利ばかりが正義ではなく、私たちの目には敗北に見えてもそれは天の神にとっては正義であることもあると教えられたけれど。 そもそもサルコぢ帝が大統領就任直後に離婚しておきながら、勲章欲しさでヴァチカンにのこのこ詣で、平気でラテラノ聖堂で叙勲式ミサにあずかった時から腸煮えくり返り級で、 腸煮えくりの証拠→ サル式ローマの就日勲章を手にして帰国した途端にコレ→ http://malicieuse.exblog.jp/7871817 をお披露目して、その後のカトリックを見下した言動は両手足の指では足らぬほど。そして、大統領任期終了前にたふたふ聖ヂャンヌ・ダルクを手のひらで転がしての選挙利用ですからね。これは前回の大統領選挙時の作戦と同じく、極右政党支持票を割るためでしょ。馬鹿らしい。宗教をこんなにも軽々しく悪用する国家元首って、社会主義を理想に掲げるチャベスさんご一行サマくらいぢゃありません? ・・・・ま、いいや。 昨日でサルコぢの大統領任期が残り 160日 だったから、きょうで残り159日だ。ぽん。 もう少しの我慢我慢(いっきゅう)。 ワタクシ個人的には昨日のドンレミ村訪問で、サルコぢ帝の右横でナディヌ・モレノ Nadine Moreno が止まることなくヘラヘラヒョコヒョコしていたので、ワタクシのサルコぢへの不信は既に壁にぶち当たっていたのに壁突き破って向こうに転げてしまいました。サルコぢ帝はセクシィ・ガウヂャスなラシダ・ダティ妃、健康美のラマ・ヤデ姫に次々と選んだり飽きたり捨てたりしながら、現在はパッパラパーなナディヌ・モレノおばさんですから。Bof もちろん腸煮えくり返りました。 まじめにワタクシはナディヌ・モレノが苦手です。もしワタクシの目の前にナディヌ・モレノと緑の党のセシル・デュフロ Cécile Duflot が現われた日にゃあ・・・。ああ、息切れしてきた。 ナディヌ・モレノがサルコぢ帝の周りをブンブン飛んでいる限り、残り大統領任期159日に日数がプラスされることはまずありますまい。 le 7 janvier 2012, Raymond 【追 記】 サルコぢ帝ドンレミ訪問の翌日、花の都巴里のヂャンヌ・ダルク像の前で極右政党フォン・ナシオナル。 マリィヌさまのお車はシトロエンなのですね。___φ( ̄^ ̄ )
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その日暮らしのその日@ココんち
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