今年の6月24日は土曜日だったのでした。
6月24日は仏蘭西の暦だと Jean-Baptiste のお名前記念日であり、西方教会の典礼暦においては洗礼者ヨハネの祝日です。フランス語のJean-Baptiste を和訳すると「ヨハネ洗礼者」になります。
この6月24日。
長い歴史の中でこの日が土曜日にあたった年はフランス共和国内の多くの市町村で洗礼者ヨハネ祭りが行われます。おそらく少しずつこのお祭りが開催される市町村は少なくなっていると思われますが、それでもまだ完全にその火は消されてはいません。
「その火は消されていない」という日本語の表現がなぜかこのお祭りに関連付けできるのも妙。なぜなら、洗礼者ヨハネのお祭りでは必ず火柱が見えるほどの大きなたき火をたき、その火の周囲を老若男女が火が落ちるまで踊り続けるからです。
私がこのお祭りを実際にこの目で見たのは南仏に住んでいた当時。市役所前にたき火が焚かれ、周囲をひとびとが民謡に乗せて踊り続けていました。それを見ながら思い出したのは幼い頃の林間学校のキャンプファイヤーで燃え上がる火を中心にみんなでフォークダンスを踊ったことです。もしかしてあれはこの洗礼者ヨハネ祭りの決まりにつながっているのかもしれません。

さて、フェイスブック。
6月24日の朝だったか、モナコ公国の公式ページからこの洗礼者ヨハネ祭りについてのお知らせが届いていました。
6月24日が洗礼者ヨハネの祝日なのに前日23日の深夜に投稿で、しかも添付された写真には既にたき火を囲んで踊る臣民の姿が映っている(添付写真の7枚目)というのは上の話と違うではないか!となりますが、これについてはクドクドクド。

ひとつはモナコ公国におかれましては2017年現在の今もカトリック国教国であり、洗礼者ヨハネのお祭りは土曜日にあたらない時でも、つまり毎年必ず行われているのです。と、これが23日と24日のズレのなんら説明になっておりませんが、更にクドクド書き連ねますと、カトリックの典礼暦では23日の夕方に「洗礼者ヨハネの誕生・前晩のミサ」がささげられるのです。正式には6月24日の前夜から祝祭日が始まるのですね。その証拠に上のモナコ公国公式ページの写真の6枚目は王宮内の小聖堂でのごミサの様子。職員さんたちが世俗席に集っています。ついでに4枚目の写真の、左の老人はモナコ教区の司教さまです。確かモナコにおいて大公の次に偉い位置に座す方が現在もモナコ司教で、現在も国教であることもあり、公式のパーティーではどんなに華やかであろうと、最初はモナコ司教の祈りと食事の祝福で始まることになっています。このあたりはフランス共和国とはまったく異なる習慣と伝統であり、モナコの自由とアイデンティティとして認められていることになります。

なんだかモナコの洗礼者ヨハネ祭り、うらやましくもありますね。
24日の様子もまもなく公式ページに掲載されるそうです。楽しみ~。



le 25 juin 2017, Prosper


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# by ma_cocotte | 2017-06-25 17:35 | 『夏』 Rien de special | Comments(0)
とっけんかいきゅう
15日ぶりにココんちのインターネットが使えるようになってワタクシの最初の電脳内読書がコレでした。

どえりゃー長い作文を最後まで拝読いたしました。
「ったくの別世界。アデュウ」、これが私の読後感想です。
もし櫻蔭、東京大学を卒業したひとならば、運転中の他人を叩いても、耳がおかしくなるほどの大奇声を発しても、口に出すのも恥ずかしい下品な言葉を奇声に乗せても、他者に関わる人物を脅しても構わないのだとしたら、それは日本の国内でヒトが作り上げた特権が発生しているのではないかと思います。彼女たちが生活する特権階級の外ではこれらのことは恥ずべき態度です。国会議員ならばこういう行いをし、一生口からこぼすことのないひどい言葉を発しても当然なのでしょうか。学歴が櫻蔭にも東京大学にも引っかからなくても、肌の色が何色でも、どこの国籍であっても、幼い頃からの躾がなされていればいずれの言動も他者を傷つけるものであり、どんなに美人を自称したところで自らの出自を第三者に知らせていることくらい、オトナになれば自然に心身に沁みついていることだと思います。

大昔、知人から成績ばかり良くても他人に挨拶もできない、電話できちんと応対もできないような成人を関西では「ガッコあたま」と呼ぶと教えられたことがありました。上に添付した作文の筆者や話題の豊田女史はその「ガッコあたま」の一例かもしれません。

正直、添付した長すぎる文章を拝読しながら、筆者の中高校生、大学時代の思い出話になんら分かち合うエッセンスを私の脳と心の中からなんら見つけ出すことができませんでした。それはおそらく私が筆者やその友人である豊田女史と違い、正真正銘の低学歴でブスだからです。

でもさ、全国模試で一番を取りたくてズルをして上位になるなんて馬鹿丸出しですよね。
修学旅行中の夜の自由行動の話も名門女子校の高校生の「知られざる性欲」を知らせ、それが大学卒業まで開花しっぱなし・・・紙の悪い本を幼い頃から熟読していたのでしょうか。

善悪が逆転している世界はカルトの始まりです。

こういう方々に嫌われる私はしあわせです。

下世話ですけれど、学費の無駄遣いの具体例がコレだと思いました。
櫻蔭&東京大学に合格、卒業しても、こんなに作文が下手なのはマークシートで点数を稼いでいたからでしょうか。


シジュー過ぎていても遅くない。「恥を知れ」


le 24 juin 2017, Jean Baptiste





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# by ma_cocotte | 2017-06-24 18:27 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
SFR、天誅!
6月8日に突然機能しなくなったココんちの光ファイバー。
先ほど午後5時55分に再開通しました。
なんと2週間と1日ぶりのインターネット、電話にテレビでございます。

そもそも予告なしに突然、使用不可能になり、その後、何度電話で問い合わせても再開日は未定であり、この修理はオタクだけでなく県内全体ですから「仕方あーりません」としか返答しないSFR。ざっけんな、ヴぁっきゃろー、ハーゲー、デ~ベソー。ぼっこんとぶん殴りたくても、電話の向こうぢゃ実行できん。ッキショーでありました。

もちろん再開についてもたまたま自分が気づいたからであって、SFRからは何の連絡もありませんでした。

SFRっちゅうのは共和国内の電話会社の二番手あたりの位置ですかねぇ。
日本の固定電話には無料で通話できるので契約しているのですが、正直、予告なしであり、再開日未定のこの半月の不通はちょとストレスでした。皮膚が痒くなり始めたのもこのストレスのせいなのか、それとも熱波のせいなのかわかりません。熱波ですが19日の午後、ココんちあたりはなんと42度!おとといまで連日午後は35度を超えていました。その異常気象は昨晩からかなり和らぎ、今日金曜日は曇りだったこともあり、久しぶりに汗もかかずに快適に過ごせたように思います。ほ。

しっかし、SFR。
この一か月の間に二度の予告なし不通です。
今こうして使ってはいますが、またいつ、突然に不通になるかもしれず。
ただでさえ信用されていないのに、こんなことで更に信用されなくなってしまうでゎないか。ふぅ。

le 24 juin 2017, Jean-Baptiste




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# by ma_cocotte | 2017-06-24 02:03 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
なぜノートルダム「寺院」なのだろう?

昨日の午後に発生した、花の都はパリのノートルダム「寺院」前広場での蛮行事件。
一夜明けたきょうはニュウスを見れば必ず現場の周囲に配置された防犯カメラが記録した蛮行と、その直後の警官による容疑者への発砲の様子が繰り返し紹介されておりまして。ぼーっと見ながら、こりゃ、警官に勘違いされたら、こんなにもいとも簡単に発砲されちゃうンだなあと実感しました。私のような落ち着きのない顔が平たい黄色いヒトなんて警官の脳が「チョー危険」と発信した途端のパーン!でしょうねぃ。それと、昨日のこの発砲事件ですが、今まであそこで何もなかったのが不思議なくらいで、正直、「驚いた」という表現より「ああ、やっぱりね」みたいな感情が脳を過りました。昨日の私は外出を繰り返していたので、この事件を知ったのも午後6時前後だったと記憶していますが、ミーのフェイスブックの壁をスクロールしていたら、仏蘭西の司教団からの知らせでノートルダムで毎日行われている夕祷は中止となりました、という報告がありました。これ、毎日、テレビのカトリック専門チャンネルでナマ放送されているので、放映中止のお知らせも兼ねていたようです。こうゆうことがあるととばっちりは世俗にあり、いつもだったら、当たり前に夕方6時にノートルダムに飛び込めば、抹香の薫りとパイプオルガンの調べ、優秀な方々による先唱やら歌唱など心身で察することができ、なんだか清められたようでカトリック信者でなくてもその場に居合わせて運が良かったと思うひとも少なくないのにね。今朝は在仏日本大使館から緊急メールが届いており、

報道等によれば、6月6日午後、パリ中心部のノートルダム寺院前で、男が金づちのような物で複数の警察官に襲いかかったことから、警察官が男に発砲し無害化した事件が発生しました。現在、現場はパリ警視庁の警察官により封鎖されており、捜査が行われている模様です。当分の間、現場付近には近づかないようにお願いします。

2017年6月6日在フランス日本国大使館より



と、記されておりました。せっかく6月の美しい季節、パリを訪問したのに、限られた時間の中で観光名所のノートルダム「寺院」に近づくことも、中に入ることもできないなんて悲しいかもしれません。ですが、ノートルダム「寺院」前のあの広場ってパリ警視庁からそんなに離れていないですよね。容疑者は40歳のアルヂェリア人男性(仏国籍も所有しているのかどうかまだわからない)で、どこぞの大学に留学中だとか。その彼があの広場で観光客を縫って警官に走り寄り、飛び込むようにしてハンマーを警官の脳天あたり目がけて振るったンですね。「シリアのため~」と叫びながら。これを知った時は軽くポカーンとなりました。シリアのためにフランス共和国内の警官を殴ってもシリアの国内情勢はちびっとも変化しないぜ。殴るなら、海軍や空軍の軍人でしょうにね。でも、そういうどこか的外れなところはマグレブからの移民さんにはよくある当たり前。でも、笑える勘違いは良しとしても、笑えない勘違いはよろしくない。しっかし、ラマダンに入ってから欧州のあちらこちらでのイスラム国が関わっているらしきテロが多すぎであります。今年のラマダンは一年で最も日照時間が長い時季にぶつかってしまい、仏蘭西あたりだと外がしっかり暗くなるのが22時あたり、夜が白むのは午前6時ですから、北欧だと23時でも薄明るいだろうし、午前5時には白んでいるでしょうね。(私が夏至の日にエジンバラにいた時は24時でも銀夜でした) だから、世の中が真っ暗の間にいくら腹持ちの良い食事をフルコースで食べても、日中の我慢はかなり厳しいのではないかと想像します。いっくら数珠をつまびいても解消するかどうか。ラマダンの間、信徒は口腔内に出たツバも飲み込んではいけないのだよ。空腹による苛立ちも加わっての蛮行なのかなあ。確かに私が南仏に住んでいた時、ラマダーンの間の市井は要注意で、路上での喧嘩やほうぼうの家庭から聞こえてくる罵声や不穏な音などは当たり前でもありました。当時はたいていイスラームを生活宗旨とする方々の間でのこういう奇行でしたが、イスラム国がその苛立ちを「十字軍に向けてやっちまえ」とそそのかす行いは、彼らが崇拝する神さまが求めていることではないと思うよ、まる

le 7 juin 2017, Gilbert


夕祷(仏語で Vêpres ヴェップル)はミサではなく聖務日課(仏語で Offices )のひとつなので、今回のようなことがあって世俗さんや観光客があの聖堂で参列できなくても、ノートルダムだったら多分、右隣にある司祭館の小聖堂で司祭方がおつとめしたと拝察します。大聖堂を壊せば礼拝できなくなる、と考えるイスラム国は甘いンだよっっ。ミサも聖務日課も野外でできるし。ふん。それにしても、表題に記したけれど、なぜノートルダム「寺院」なんでしょうね。ローマ法王の「法王」と同様に和訳で既に決まった用語なのでしょうね。でも、変なの。


・・・あ。でも、イスラム原理教条主義者だったら「寺」を襲撃するよね。明らかに拝む先が神ではないからさ。



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# by ma_cocotte | 2017-06-07 15:46 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
無理なこぢつけ
こんなことだから電脳内の日本語世界で「これだからおフランスのカトリックって・・・」と批判されたり、バカにされても仕方ないと思いました。
何が?って、ヴァティカンにおわしますフランチエスコ教皇さまとフランスは花の都パリのエリゼ宮殿にお住まい始めた小童!エマニュエル・マクロン大統領の(5つの)共通点です。第一の鍵事項は「イエズス会」だそう。以下の添付記事が原文ですわ。



なぜ2者の第一の共通点が「イエズス会」なのか。
それは教皇様が着座までイエズス会に奉献した修道司祭であり、小童マクロンが故郷アミアンのイエズス会運営中学・高校に在籍していたからだそう。これ、カトリックについてよく知らないと納得しちゃうのかもしれませんが、ちょいっとしたカトリック通だとこのリンクは「無理なこぢつけ」だったりします。なぜなら、召命あってイエズス会に入会するのと、親やら本人の希望でイエズス会の学校を選ぶのでは次元が違うから。はっきり言って、小童マクロンを中心にしてこの話題にするならば、フランチエスコ教皇さまの中学・高校はアルゼンチンのサレジオ会運営の男子校であって、教皇さまが中高時代に関わった司祭方の多くはサレジオ会員だったのです。イエズス会の司祭が青少年時代の教皇様を導いたのではありません。イエズス会とサレジオ会って今でこそ、ちょびっとは協働していたりもしますが、前世紀終わり、いや、今世紀に入っても「イエズス会はヒダリなら、サレジオ会はミギ」と聖俗信者の笑い話にもなっていました。実際、JR四ツ谷駅の線路上にかかる四谷見附橋から赤坂離宮を眺めつつ、この与太台詞をつぶやくとまさにその通りで、橋のヒダリにイエズス会の管区長館、橋のミギの学習院初等科の裏にサレジオ会の管区長館がござる(ついでに、橋のミギにはパウロ会の管区長館もある)。1980年代初めまでさかのぼってしまうと、この配置に加え、赤坂離宮を眺める我々のヒダリ背後にヴァティカン大使館と(今は潮見に引っ越してしまった)日本司教団のビルヂングがありました。今の雙葉幼稚園の建物のすぐそばね。偶然にしろ、当時のJR四ツ谷駅周辺のカトリック関連施設の配置図はなかなかのムフフな面白さがありました。イエズス会管区長館から上智大学を通り過ぎ、ホテルニューオータニの左手前にはメリノール会の日本管区がありましたっけねぇ。つまり、赤坂離宮のちょいっとヒダリに位置するけれど、イエズス会よりはちょいっとミギ位置ですかね。

まあ、そんな日本国の、それも東京での与太話はほっぽらかしても、元はカトリック国教国だった仏蘭西という国の中で、カトリック系の雑誌が掲げたこの記事の、この無理なこじつけには花の都のどっぷりカトちゃんだけでなく、地方にちらばるカトリックゾンビだって失笑ですわな。この雑誌、どういう編集長と編集スタッフが集ってンだろう。イエズス会運営校の過去にすがっている連中かなあ? 共和国内のイエズス会運営校の現実に目をそむけるな、ですよ。ほとんどつぶれて無くなってますがな(お仏蘭西の場合、大都市圏に数校残っているだけ)。

フランチエスコ教皇様が外遊の前後に必ず、御膝元ロオマのサンタマリアマッヂョーレ教会を訪問し、祈りと沈黙の時間を持つなんて行い(信心業、信心行と言っていいかもしれませんが)はイエズス会というよりサレジオ会が児童、生徒に教え込む習慣とリンクするのも普通のカトちゃんならば簡単に見抜けたりします。イエズス会のガッコ、それもフランスの、マクロンが通った時代のような共学化されて、半私立となったカトリック校では聖像やら聖堂で祈るなんて習慣教えないってヴぁ。そもそも校内に十字架も聖像も置いてあるのかさえ、疑問。それを言っちゃ、フランチエスコ教皇様の青少年時代と年代の差があること、教皇様の初等、中等教育は南米であって、小童マクロンのそれは1968学生革命以降のフランス共和国内だから、フランスのカトリック教育界としては「イタい、イタすぎる」ところを突っついて、比較できないから、こんな無理なこじつけを第一共通項としての記事になるのよね。

こんな記事を読んで納得するひとが増えるからさ、司祭の召命の神秘が色褪せて、果ては司祭も職種のひとつで自分が選ぶもの、自分の理想と違えば還俗してウン十倍の給与を得られる職に就けばいいとかワケわからん潮流がどんどん大河に化けて行ってしまうわけ。これからも還俗する司祭やら、陰でコソコソ悪いことする肩書きカトリック司祭が増殖するンぢゃないかなあ。

まあ、そういう秘跡についての何やら薄っぺらたさに危機を感じ取ってらっさるのが歴代の教皇様ですし、先のベネディクト16世教皇様がカトリックのヒエラルキィの上層に向けてかなりの改善を求められた後、現在のフランチエスコ教皇様がヒエラルキィの底辺にうごめく無数の凡信者にもできる「言動の提案」を毎週、一般謁見やら日曜正午のアンヂェラスで続けられているというのも明らかですね。

あくまでも私見ですが、私はフランチエスコ教皇様が家庭とサレジオ会で信仰生活の基礎を徹底的に教えられ、成人後に心身もってイエズス会で奉献生活することに導かれての今があるってぇのは羊飼いの中のリーダーとして「最善のバランス」だったと思います。まあ、枢機卿会もその成育歴含めてホルヘ・マリオ・ベルゴリオに清き一票を投じたのでせう。ベネディクト16世が選出の時、決選投票で負けたのがベルゴリオでしたからにぃ。でも、先にラッツィンガア、続いてベルゴリオという流れはドンピシャで、これがもし逆だったらと思うと意味もなくゾっとしたりもする。カト的な表現を借りるならば「良心の黄信号」ってやつですか? やっぱ、教会人事にも聖霊がしっかり働いているンだねぇ(今月6月はカトリック教゛会では「聖心月」であり、昨日は移動祝祭日なれど聖霊降臨の主日であり、こんにちのおフランスはその翌日ゆえ国定休日でやんす。)

で、も。
少し遠くからフランチエスコ教皇様を眺める、と。
2013年3月13日に教皇座に着座したのですから、既に4年。
未だルルド巡礼を実行なさらないあたりは、彼って、とても、ヴぇりぃ、イエズス会だわよね。← これってミソであり、鍵w

御後よろしいようで。ちゃらら~ん。


le 5 juin 2017, Boniface



【与太つぶやき】

もし、次期教皇が中米生まれのサレジオ会司祭になったら(わかるひとには具体的に思い浮かべられるそのお顔w)、世間の新聞雑誌はいとも簡単にフランチエスコ教皇もサレジオ会出身だったんだぜ、と記事にするのかしらねぇ? なんかイエズス会については良くも悪くも特別な持ち上げやら偏見が世知辛い世の中にはびこっているように思えてならないのですが・・・と気づけたのも、こんな記事の無理なこぢつけ。
ちなみに、イエズス会に入会すると、フランチエスコ教皇様の世代だと叙階(=司祭になる前)の修練期にイエズス会運営の学校に派遣され、教職や寮の舎監として数年過ごす務めが発生していますよね。だ、か、ら、もし小童マクロンがイエズス会の学校の教員だったら、フランチエスコ教皇様と共通項になるけれどさ、どっちかって言うと小童マクロンよりブリジット夫人の方がそのイエズス会のガッコの教員だったんだから、「教え子に苦労しました」なーんて共通項が教皇様との間にあるのではないかしらね。(ウヰキなので信憑性に欠けますが、ブリジット夫人は少なくともイエズス会運営の学校2校で教職を務めておりました)




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# by ma_cocotte | 2017-06-05 15:44 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)