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お金と善意は選り好みできても秤にはかけられない。
12月もいつのまにか二桁の日付になってしまいました。
ココんちあたりは先週末から旧市街で恒例のクリスマス市 marché de Noël が始まりました。スーパーマルシェの出入口ではどうも今週担当は Les Restos du Coeur のようで、死して尚、コリュウシュ Coluche の人気は衰えずを証明するかのようにスーパーの手押し車一杯に食料が集まっていました。

今年の寒さは厳しいと実感しておりますが、昨日、ニュウスでマルセイユの路上生活者が凍死したことが流れました。エクスで凍死なら理解できますがマルセイユで凍死というのは難しいので、こんなことで今年の共和国の寒さが異常に厳しいことを実感したりもします。
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↑ ルルドは旧市街の教区教会で寝食するSDFさんたち ↑


こんな待降節。
各慈善団体が集めた浄財で、花の都はお巴里のセーヌ川に浮かぶバトームッシュを借りて、多くの家庭を招いての夕食会が行われるのも恒例だったりします。こういう事実がニュウスで取り上げられることで、寄付した側は使用目的が具体的にわかるのも心理的に良いかもしれません。フランスだからできることなのかもしれませんが。
待降節や四旬節に集められた食料も冬季夜間宿泊所や夜間巡回で用いられたり、廉価で配給したり、市井に開放される喫茶室に利用されたりするのも町を歩けば知らないわけには行かない目の当たりにできる現状です。

さて、先月紹介 したスクゥル・カトリック secours catholique (=カリタス・フランス)の CM でお子たちがカメラ目線で私たちに訴えていること。それは「お金ちょーだい、お小遣いちょーだい」ではありません。この晩秋に流れたかわいらしいお子たち出演のコマーシャルは「家族 famille 」「長期休暇 Vacances 」「補習 Accompagnement Scolaire 」の三種、三テーマがありました。各自かわらしい声でつぶやいており、思わず「おばちゃま、なーんでも聞いちゃうわよぉ」なんて耳を澄ましますと、「あのね、おうちにヒトが一杯で狭いの」「お休みなのにどこにも行けないの」「海を見たことない」「学校って大切なんだけど宿題をもらってもわからない」などなど。お子たちが求めているのはお金ではなく、画面の向こうで耳を澄ましてくれたヒトの行動だったりもします。(CMの〆は浄財の目的がこのお子達の望みに補われている旨、大人の声で流れます)

で、フランスの場合、実際に(寄付をしようがしまいが)自ら動いている人が結構います。毎年夏休みになると家族数が増えている親子連れをしばしば見ます。自分ができる範囲の日数でヨソのお子さんと生きる。そして、子育てを終えた初老夫婦が子供を預かったり、自らがキャンプ場などヴァカンス施設に出向いて奉仕する形を選んでいる方々もいます。
ヴァカンスという限定期間ではなく家庭問題を抱えたお子たちが多いのは仏蘭西も同様で、養子縁組については国から補助金が出るほどですが、これを悪用するオトナがいるのも事実です。これについてはいずれ改めて書きます。
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↑ ココんち近所のカルメル会聖堂に貼ってあったスクゥル・カトリックのポスタア ↑
テーマが「補習」のものですね。

勉強の補習ですが、これから神聖愚皇帝サルコぢの思うとおりのフランスになれば塾という商売が仏蘭西でも成り立つことになるでしょうが、現状では塾は存在しても極一部の上流子女のためのものですし、巴里はともかく地方都市では隆盛を極めてはおりません。が、一方で2005年秋に勃発した移民青年を中心とした過激な暴動 の原因は教育にあるとも言われました。当時、あのスール・エンマニュエルが移民街の真ん中に補習施設を置くと宣言したこと、私の記憶の片隅に残っています。

b0070127_1817718.jpg11月16日のスクゥル・カトリックの活動宣言を気に特に国営放送 France Télévisions が各局時事を扱う番組を中心に仏蘭西国内でどのような慈善活動が行われているのか紹介され続けていますが、確か11月15日夕方、France 5 の chez F.O.G. という番組にアンリ・カンソン Henry Quinson という方が登場したんですね。この写真左の彼ね、かっこよすぅ、私の好みぃ、とかうっかり口から出そうになったら抑えるように。というのも、この方、元々はニュウヨオクで大活躍のトレーダーでしたが、突然、1989年10月16日起床と同時に召命を実感。その後、かのシトー会に入会、修道士となりまして、1997年からマルセイユ13区のイスラーム系住人を中心とする移民居住区の一室に修道院を置き、そこで移民のお子たちのための補習スペースを開放したのです。2001年7月からはアルジェリアにも一修道院を置き、同様の活動を行っています。この番組内で彼と仲間による活動について流れましたが、運良くこのアンリさんの修道院Fraternité Saint Paul (聖パウロ兄弟会)のHPでビデオもご覧になれるようです。http://pagesperso-orange.fr/frat.st.paul/

HPの中の一ページにはこのマルセイユの移民団地の中にある修道院における修道者の一日の生活が紹介されています。
http://pagesperso-orange.fr/frat.st.paul/JourneeType.html
けんども、さすが、長上は元シトー会修道士。聖務日課になんら怠りなし。ぶらヴぁ。

お金を手にすれば大人も子供もその瞬時うれしくて、自分の思うことを叶えるために四方八方に飛び散っていくことでしょう。が、食べ物を一緒に食べたり、わからないことを一緒に解いていくという時間を共有すること、共に生きることで互いに愛を感じることもあるのではないでしょうか。何かによってどのように自分が満たされるかは人それぞれであることも事実ですけれど。今、お金で自己満足を得るなら金券なんでしょう。自分が寄付したお金の使用目的が不明瞭で不安だと思うなら寄付せずに自分で動いて汗と苦楽を実感する道もあります。
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↑ ルルド聖域門前のSDFさん ↑
この二日後には積雪したルルドです。


兎にも角にも、世の中は師走でクリスマスに向けて心も歩みも加速中であります。
もし私に何かできるなら、私がそれをしてみよう。それでいいンぢゃないかな。

le 12 décembre 2008, Corentin
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by ma_cocotte | 2008-12-12 17:14 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(17)
Commented by Lucia at 2008-12-14 09:55 x
流石フランス!という側面も、そのフランスでも解決できない問題も見せて頂いたようです。いつも色々なニュースをありがとうございます。

日本の今年の不景気は、今までにはなかったほどに、生活に困窮されることになる方々と向き合わなければならないような気配を示しています。
急に仕事がなくなり、住む家もなくなる方たちのことを思うと、阪神淡路大震災の折に学校が罹災者に開放さたことを思い出します。
今年の冬だけでも、あるいは毎年冬の夜には、路上で夜を過ごさねばならない方たちに、学校の体育館だけでも開放できれば、凍死と言うような悲劇は避けられるのではないか、と今思いつきました。

フランスでは、極寒の冬を戸外で過ごさなければならない人たちのために、そのような対策は、検討されていないのでしょうか?
Commented by ma_cocotte at 2008-12-14 16:46
★ Lucia さま、
今朝はカルカッソヌで65歳男性の凍死が発見されたと報道されています
ので、本当に寒い年ですね。
で、フランス国内の簡易宿泊施設はかなりあり、市でも、各慈善団体でも
用意していますし、11月半ば以降の夜回りも毎年恒例です。(炊き出しも
しています)
以下の報道で取り上げられている写真はまさに体育館だと思います。
http://www.20minutes.fr/article/275940/France-Hebergement-obligatoire-des-SDF-Fillon-louvoie.php

ラベ・ピエールが創立したエマウス(日本では暁光会)の以下のURLでの
活動報告がわかりやすいかもしれません。
http://www.emmaus.asso.fr/urgence/intro-urgence.html

ただし、善意の手を拒む自由が彼らにある、という点もありますよね。

Commented by Lucia at 2008-12-15 08:36 x
日本では簡易宿泊施設の数はまだまだ少ないようですし、そこに泊まるための費用さえ持っていない方も多いとか伺いました。

阪神大震災の時には、私たち一家も近くの学校に避難しましたが、そんな特殊な状況でない限り、日本では学校の開放は望めないようです。子供たちでさえ、授業やクラブが終わると、昔とは違って、校庭にも入れないようですから。
震災復興事業として建設された大きなマンションには空き部屋が多いようですが、そこを開放することもできないでしょうし、外気の寒さが厳しくなる今、住む家を失う方たちには一日でも早く対策が実行に移されてほしいと願っているのですが・・・。
どこにどう呼びかけたらよいのかも分かりませんが、日本では果物などでも、形がよくて大きくないと売れないという話なので、市場に出ないようなものを集めて買い物できない方たちに配るとか、慈善団体が衣類なども卸値で手に入れて配布できるようになれば良いのでは、などと考えています。そんな呼びかけの手段はないものでしょうか?
Commented by ma_cocotte at 2008-12-15 16:38
★ Lucia さま、
この問題ですが、難しいと思います。
フランスでも表面的問題として「貧困者の住まいがない」がもちろんあります。
ですから、公団をたくさん作っています。彼らにこの新築公団(内装設備は
すばらしいですよ)を紹介すると、旧市街から離れているだの理由に出して
断ってきます。一方で移民や難民が政府が指定した住まいに住んだところで
居住環境の悪さをあげて政府のせいにしています。が、ポストを燃やすのも、
共有スペースやらエレベータで粗相するのも、住人本人がまず改め
なければ、いくら掃除担当者が清掃したところで追いつかないですね。

こういう問題が実は流れの中にあります。

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2008-12-15 16:50
★ 今朝も路上で立て篭もる移民母娘団体の姿がニュウスで紹介されて
いましたが、彼女たちが求めているのはフランスの市井の人々以上の
満たされた生活だったりもします。

こういう方々にどこの慈善団体も住まいを用意しています。エマウスが
アパルトマンだけでなく土地付き住宅も準備していることは知られていたり
もします。
以下がエマウスとは別の、ラベ・ピエールの住居専門慈善団体です。
http://www.fondation-abbe-pierre.fr/index.php

衣服などは日本でも多くの教育修道会の同窓会世界組織団体において、
公園などで行われる「のみの市」やバザーで売ったりしていますよ。
Commented by Lucia at 2008-12-17 10:31 x
どこの社会を見ても、人が嫌がる仕事でも引き受けて真剣に働いて自立している人もいれば、自分では何の努力もしないで、あるいはより好みをするために仕事にありつけないで、要求が多い人もいますね。
イタリアでも、貧しい人たちのためにアパートを提供したら、バスタブに泥のついたジャガイモなどを入れたり、他の部屋も人が住めないようにひどい状態にされたといった話も聞きました。
難しい問題は次から次と出てくるのですね。
自分の義務はそっちのけで、権利ばかりを主張する人が多くなると、社会は荒んでいくような気がします。
だからイエス様は、単に「貧しい人」ではなく、人の愛を感謝して受け入れる「心が愛に飢え渇いた人」の意味で、「心の貧しい人」に呼びかけられたのでしょうね。
ルカには「貧しい人」と書いてありますが、そこには、使徒たちに向かって、「あなた方のように貧しい人…」とあるから、同じことでしょう。
Commented by ma_cocotte at 2008-12-17 16:10
★ Lucia さま、

その「権利の主張」にポイントがあります。
フランスは移民や難民を受け入れても法に則った現実を与えられても、
夢は与えられません。が、表面的に路上生活者となっている人の多くは
移民でも難民でもなくこの国で生まれ育った人であり、離婚などが原因で
財産を失った人であったりもします。
一方、移民や難民は祖国の法律や習慣を維持することも主張します。
無免許でバスタブやトイレに保存した食材をカビの生えた布巾やまな板の
上で調理して各店舗に売っている不法滞在者もいます。彼らには順法
意識に欠けている点が多々あったりします。

現在のフランスは教会修復より解体、一方でモスク建設は進んでいますから、
移民の生活権利の主張を徹底政教分離した共和国が受け入れている表れの
ひとつです。
Commented by Lucia at 2008-12-18 09:21 x
福者ペトロ岐部も、マカオから陸路歩いてローマに到達されたそうですね。

島国日本と違って、ヨーロッパの国々は、陸路、あるいはボートを使ってのアフリカ大陸からの不法侵入も簡単にできますし、貧しい不法入国者にも比較的寛容なので、近年はイタリアでも、駅や地下鉄などでは現地の人より多くの異国人の姿を見受けるようになりました。
彼らの中にも真面目で勤勉な人たちもいるのでしょうけれど、生活の仕方、慣習、ものの考え方が全く違うので、しかも「郷に入れば郷に従え」という考え方は彼らにはないので、もともとの住民との摩擦は大きいでしょうね…。
Commented by ma_cocotte at 2008-12-18 17:05
★ Lucia さま、

地中海側フランスとイタリアの国境での税関検査で引っかかるガセ物は
中国からの陸輸物が多いです。途中、東欧圏でトラックを替えれば、EU
内がほぼノーパスです。けど、地中海側は密輸検査ポイントです。
例えば教会聖堂内の美術品も国境超えしてから売られるケースが多いです。
移民や難民で最初は共和国に従っても、数年後には母国の習慣を露に
表すだけでなく、インテグラリスト(原理主義)化するパターンがかなり
見られますし、わが地元だと移民難民の中で抗争が始まっています。
マグレブ系とチェチェン系がもめてますよ。
Commented by Lucia at 2008-12-19 09:35 x
西欧の文化を身につけて、自国との経済格差を認識しながら、自分の国の改革のために生涯を捧げたガンジーのような方を現代に探すのは難しいようですね。
平和を求める声は大きくなっているのに、平和がだんだん遠ざかっていくような現代社会において、欠落しているものは何なのでしょうか。
Commented by ma_cocotte at 2008-12-19 21:10
★ Lucia さま、

この国で傍観している限りの拙印象に過ぎませんが、文化問題より
道徳問題で歩み寄れない決定的違いが先住者と移民の間にあると
思います。
例えば「つばを路上で吐くな」ですが、あちらではラマダーン中は日中、
つばを飲み込むこともできないのでつばを吐きます。これを先住者が
クリティックすれば、移民は先住者には憐れみの情がない、とか、差別だ、
と言い始めます。そうでしょうか?複数の妻を連れて移民してくる男性も
います。女性がプロポーズを断ったら制裁できるなんて法もあちらは
守ってます。フランスの法ではそれは認められていない、と言ったところで
彼らの優先順位は国境を越えた自分の信仰の中にある法です。これは
国境が関係ないので自分のアイデンティティに携えているものなのです。
それを認めろ、という要求は時に人権に絡んだりします。
アイデンティティの受け入れとは言え、共に生きていく上で難しいことが
多々あることが一番の問題でしょう。実際、フランシゼ(フランスに馴染む)
を選んだ移民家庭の子をいじめる同胞移民は多々います。その手の
喧嘩を私はこれまで何度も見てきました。
Commented by Lucia at 2008-12-20 11:08 x
外国籍の方が増えたとはいえ、日本のような島国ではまだ表面には現れていない本当に難しい問題が積算しているのですね…。
Commented by ma_cocotte at 2008-12-20 18:43
★ Lucia さま、

日本でもイスラーム信者のための土葬墓地が既に存在します。
国籍に関係なくイスラームなら彼ら日本でも土葬ができます。
だったら日本在住のユダヤ教徒やキリスト教宣教師にもせめて土葬を
許可していただきたいものです。

こちらでよく見るのはフランシゼを実践している移民家族に「血を忘れるな」と
語調強く叱咤する移民ですね。というか、同じ宗教なのにアブラハムの血を
引いていない信者を蔑視するのも私には不思議ですね。数字においては
血を引いていないインドネシア人の信者が最も多い宗教らしいのに。
Commented by Lucia at 2008-12-26 10:10 x
今朝のBSニュース(フランス2)では、フランスのどこの町だったかは記憶にありませんが(いつも「ながら病」的にTVをつけているので)、ホームレスの人たちに御聖堂が開放されて、その床で寝ている様子が映りました。
ちらっと新聞で見たところ、日本でも各地で、突然職を失った方たちのために、短期間ながら、公営住宅を準備することになったようです。
今日から気温が下がって、北の方は大雪になるとも言われているので、一日も早く対策を練っていただきたいですね。
政府の方はメンツばかり重んじて、野党の提案は内容が良くても否決して、すべてを来年送りにしましたから。
政治家たちは寒空の下で夜を明かすことの辛さなど想像もできないのでしょうが、それにしてもお粗末な政府です。
というけれど、日本のカトリック教会の対応は???夜回りだけは今までどおり当番制でやっているようですが…。
Commented by ma_cocotte at 2008-12-26 17:48
★ Lucia さま、
共和国内での聖堂の開放はしばしば行われており、知られるところでは
英仏国境の町で英国入国を希望しながらも許可が出ないままのイスラーム系の
亡命者の保護の際に開放されていた記憶があります。彼らが信じる宗教
の施設はなんら動かなかったのも知られるところですね。
路上生活者の保護ですが、拒む自由が彼らにあること。この点も
忘れてはならないポイントです。
Commented by Lucia at 2008-12-28 19:02 x
そうですね。誰でも収容すれば良いのではなく、屋根のあるところで休みたい方、あるいは信徒で家を失った方などのためには、教会がゆっくり休める空間を提供するようにしたら良いのかも知れませんね。
阪神淡路大震災直後は、あちこちでそんな可能性もあったようですが、今日聞いた話では、何ヵ所かの教会で部屋を開放していたら、近隣の住民からクレームが出たので、中止したそうです。
罹災者の方たちでも、何年か経つと、辛かった頃のことや、他人の善意に涙した経験さえも忘れてしまうのでしょうか?
Commented by ma_cocotte at 2008-12-28 21:05
★ Lucia さま、
一番の困り者はこの激寒の外で夜を明かしたいと主張する見るからに
健康状態の悪い方々ですね。死にたいのかもしれませんが、そう
なってしまうと生命の大切さをなんとか本人にわかってもらう話の
進め方も手を差し伸べる側に必要なことになります。

少し前、神戸中央教会で炊き出しするな!とカト信者が意見している
サイトを見ましたよ。釜が崎とも縁を切れ!なんてことも教区への
希望として書いてありました。
同じカトリックという単語を用いて互いの所属を述べても、中身が
まるきり違うカトリックのような気がしましたけれど。日本の教会では
日曜日でも物乞いがいません。フランスだったら日曜日のミサにおいて
入口と言う入口すべてに物乞いがいます。パリのど真ん中のノートル
ダムでもマドレーヌでも100%います。彼らは美観を損なうかもしれませんが、
信者の中で彼らを排除するというヒトはおらず、むしろこの日曜日の
出会いのために小銭を彼らのために別のポケットで温存している
ヒトばかりです。意識改革が必要なのはどちらだろう?と思いますね。
教区ではないのでは。
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