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刻々と、
迫る、その日。
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きょう12月24日は母の月命日にあたります。10か月経ちました。この月日は長いようでもあり、短いようでもあり、よくわかりません。ちょうど 一か月前の24日 はルルド Lourdes という小さな町で母の供養を私なりにしてもみました。他人に勧められての旅でしたが、行って良かった、行けたことに今は感謝しています。この旅を終えてまもなく、我がブログ友達のぱぴよんさんが天国に一人旅に出ました。昨日、久しぶりにぱぴよんさんのブログに行って 一年前の12月のエントリー をおさらいしていたら涙腺が脆くなってしまいました。ぱぴよんさんがその日その日を懸命に生きている!生きていた!

齢のせいか、「去年の今頃は・・・」と自分についても、他者についても振り返ることが多くなりました。私の母についても去年の今頃を振り返って、まさか母本人も二か月後に天国に旅に出るとは思いもしていなかったのではないだろうか、と想像してみたり。私の母のように思いも寄らず2か月後に旅立つのも、ぱぴよんさんのように余命を宣告されたことで旅支度を整えつつ旅に出るにせよ、死ばかりは究極の神秘であって、その旅立ちの瞬間までは誰もが「生きている」のですよね。いえ、「生かされている」のかな?だって死ばかりは自分の予定どおりにはまず行かないのだもの。だとしたら、「生きるように」ともらった生命は大切に。
で、「生きる」とはどういうことなんでしょう?今更、そんなことを考えて、「今を生きる」、「今、この瞬間をどう生きる?」なんて御題が季節外れの運動会のごとく脳内滑走しています。
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ご慶事の前日にそのようなことに思い巡らすのも傍から見ればどうかしているのかもしれませんが、偶然にも母が亡くなったのが24日なのだから、月に一度の特別な日が重なっただけです。ご慶事の直前だからこそ深く思い考える時間があって良いのかも。
今年からひとつの生命の誕生を祝うだけでなく、このご慶事に前後して胎に生命が宿る神秘、死の神秘をひとりの人生の一本道の上の歩みとして考えられる12月24日になりました。そのように考える種を24の付く日に蒔いてくれた母に、ありがとう。

ところで、天国ってこんなところでしょうか?
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教皇さま揃い踏みなんてこの世では決してお見上げ申し上げられないざます。はっはっは。

le 24 décembre 2008, Adèle

【深夜ミサ@ヴぁちかん】
以下のURLで生中継される予定です。2時間15分ほどだそう。
DIRECT DE ROME
Messe de minuit

http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00042395&vl=video_nouveautes
Les trois photos par ma_cocotte@Lourdes
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by ma_cocotte | 2008-12-24 00:32 | 『?』なたわ言 | Comments(8)
Commented by Lucia at 2008-12-24 09:44 x
ma_cocotteさんの教会では深夜ミサはあるのでしょうか?
昔は、寒~い夜防寒具に身を包んで出かけ、ミサの後はまた、静まり返った道路を歩いて帰ったものですが、今では日本で深夜ミサに与るのは至難の技になったようです。
ローマとはちょうど8時間差だから、ローマの深夜ミサは日本の朝ですが、2時間半かかるとなると、それもこちらの朝のミサと時間が重なってしまいます。残念!
一度だけ私はヴァティカンの聖ピエトロ大聖堂での深夜ミサに与りましたが、各国大使ご夫妻などが煌びやかに盛装して勲章や宝飾品で身を飾って居並び、警備の人たちがひっきりなしに聖堂内を動きまわって、余りクリスマスのお祈りには相応しい雰囲気ではありませんでした。
JPII様最後のクリスマスでしたから、世界中が緊張していた時でもあり、聖堂内の警備も特に厳重になっていたのかも知れません。
また、車椅子での参列だったので、聖ヘレナ像のすぐ横でしたから、祭壇に近いために警固が厳重だったのかも…。
Commented by ma_cocotte at 2008-12-24 17:51
★ Lucia さま、

わが地元の教会群の中で最も遅い開始が22時半です。昨年もこの
教会に参りましたが、ごミサの前に別の儀式があるので、ミサは23時
頃から始まり、24時頃に司式司祭と侍者坊がクレシュ(=プレセビオ)の
馬草桶に赤ん坊の人形を置くようになっているみたいです。他の教会は
21時頃開始だったかも。
クリスマスのごミサは日本でも江戸のとある見附そばにある教会なんぞは
ミサの雰囲気とはほど遠いですね。古参信者は深夜ミサにあずかり、
帰宅できないところに住んでいる人々は朝まで信徒会館で大騒ぎだったり
します。
現在のわが地元だと祖父母宅に来たよその地方の若者が侍者をつとめて、
所作が違うので戸惑う姿なんぞ目の当たりにして面白いです。
Commented at 2008-12-24 18:14 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2008-12-24 18:31
★ 鍵18H14@24/12/08さま、
元気出してください。
私も私事になりますが、私の上にひとり兄がいました。兄が胎にある時、
私の両親は新居を構えました。が、引越し作業中に母はお風呂場で転び、
早産。兄は生後3日で帰天しました。最初の子供なので戒名もいただいて、
見送りました。母は今、兄の骨壷の隣に納まってます。
生前、母は情けない私を見ては、兄が生きていてくれたら、と繰り返しました。
母は母なりに取り返しのつかないことに拘っていたのかもしれません。
母が亡くなって、母の箪笥を整理していたら兄と私それぞれの母子手帳が
出てきました。上手に言えませんがこれが母親の気持なんだと思いました。

鍵さんも「母として」幸せになってくださいね。
神さまにとっては鍵さんは子供ですから、何かを鍵さんに悟り、知る、
考えて欲しかったのかもしれません。
今年列福された小テレーズのご両親マルタン夫妻も複数のお子たちを幼いうちに
見送っていたりします。鍵さんの体調がよろしい時にマルタン家についての
ご本を探してみてはどうでしょう?
Commented by Lucia at 2008-12-25 16:40 x
今、お教えいただいたサイトでごミサを見ることができました。
パパ様のお説教にフランス語がかぶっていたので、フランス語は不得手な私ですから、お説教についてはどこかで探してみます。
ありがとうございました。
Commented by ma_cocotte at 2008-12-25 21:34
★ Lucia さま、

それは良かったです。
私も先ほどウルビ・エ・オルビの本当に最後の最後を見ました。
全部見れなかったのはちょっと残念ですが、祝別を拝見できたので
良かった。
アイルランドから来たと思われる制服姿の女子高生のはしゃぎぶりが
なんとも愛らしかったです。
Commented by Lucia at 2008-12-26 09:49 x
ma_cocotte様、
お母様とお兄様のご遺骨はお墓の中で並んでおられるでしょうけれど、神様の御許では、久しぶりにお二人は顔を合わせて再会に小躍りし、共にma_cocotteさんを見守っておられますよ。きっときっと!
そしてなぜお兄様がそんなに早く神様に召されたのかも、お母様は今ではお分かりになっておられると思います。
そして、あの美味しそうにこんがり焼けた鴨をごらんになって、お母様は、「まあ、なんて立派に育ったのかしら、私の娘は!」と微笑んでおられたカモ…。
Commented by ma_cocotte at 2008-12-26 17:42
★ Lucia さま、
そうですね。亡くなった兄は母に似た顔立ちだったそうで、たった3日の
この世の命であってもことあるごとに戒名はあっても名無しの権兵衛で
ある兄の話を母はしていました。
母が常に記憶に携えていた、忘れることはなかった兄も幸せ者ですね。
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