<< 雪が、はらはらと大地に降り積む。 ヒトを分けるヒト。 >>
シベリアからの突風
きょうの朝は風の音で目が覚めました。
南仏に住んでいた頃はしっかり閉めた鎧戸をいとも簡単に開けるほどのミストラルという北西風に慣れていたものの、ココ新天地に引っ越してからは久しぶりにうなるような風の音を聞きました。
今朝の天気予報によりますと、この風、シベリアからの吹き降ろしだそうです。この勢いだと大西洋を越えてエイメリカ大陸に届いてしまいそう。そんなシベリアからの風に大地を舐められつつ、2009年1月3日、私の誕生日を迎えました。

母が昨年2月24日にこの世を去ったことで、この新年は祝詞を述べられないもどかしさを感じつつ「今年もどうぞおよろしく」ばかり繰り返している私です。きょうの誕生日も自分を産んでくれた母に感謝するだけにして、私のための特別なことは何もしないことに決めました。
去年のきょうを振り返ると、母は居間に置かれた介護用ベッドで寝たきりでした。自分で話すことも、自分で食べることもできませんでした。でも、心で思ったことは母ができるなりに表現してはいました(声色が変わったり)。父は母のベッドのそばで新年一番のお酒を口にしたらしいですが、今年は同じ居間にベッドはなく、去年はなかった真新しい家具風仏壇が置かれました。もう動けなくて、犬猫より表現力も乏しくなっていた母ですが、そこにいるだけでやっぱり違うもので、体温を持ち、胸に耳を寄せれば心臓の音が聞こえる・・・そういう存在のいとおしさはこうして失って実感もできるのだといい年こいてわかったような気がしている今年の1月3日なのでした。

====== 十 ======

私、死に損ないで産まれました。
本当の出産予定日は1月4日だったそうです。新年が明けて、母の父が自転車でふらーっと私の実家にやって来たところ、玄関先で陽光浴びながらぼけーっとしている母を見つけたそうで、どうも破水らしきものが始まっていたらしい。そのままタクシーを呼んで、お世話になっていた産院に。ところが、どうも臍の緒なるものが三重にも私の首に巻かれており、「かんし」というものを使って私の両こめかみを押さえて引っ張る形での出産となり、母の肉体も健康が万全というわけではなかったので、母子危険とみなされて父が分娩室に証人として入ることになったそうです。
引っ張り出された私はしばらく泣きもしなかったそうですが、それでも3100gでしたから、小柄でガリガリだった母には大きすぎたベイビィでもあったのでしょうね。私が生まれる一年ちょっと前に両親は初めて授かった赤ん坊を早産ゆえに生後3日目にして失ってもいたので、月満ちて生まれ出た私であっても果たしてどこまで生きるのかも疑心暗鬼だったようです。

私も母の胎から出たせいか、子供の頃は親に面倒ばかりかける子で、特に健康面では高熱やらぐったりやらで医院に運ばれたり、逆に看護婦さんを伴った医師が往診してくれたり。こういうことは私自身、忘れなかったりします。話がそれちゃいますが、昔はお医者さまと看護婦さんが自転車を漕いで往診にいらしてくださったりしましたね。

どこか弱くて、かろうじて一月第三日目生まれの私はそれから早生まれの子供としてどこか贔屓目、かばわれながら大きくなりました。学校生活においても1月から3月生まれの子は「小さくてかわいい子」のような扱いをされていたりもしましたね。幼稚園に入ってすぐは3月生まれの同級生はまだおしめをつけたままだったりして、それも「早生まれだから」と頭の悪さも運動音痴も大目に甘く見られていたような記憶があります。

ところが、仏蘭西に住むようになったら、1月3日生まれの立場は大きく代わり、学年で第三日目に早く生まれた子供扱いになります。後に続く残り362日の間に生まれた子よりも誰よりも大きくて、誰よりも強い子です。仏蘭西の新年祝いは元旦のみで翌2日から平常ですので、三が日生まれの子としてめでたがられることもありません。教室には必ずしも1月1日生まれの子はいないでしょうから、1月3日に生まれたあなたは時にクラスの大将でしょ?みたいな扱いが仏蘭西。このギャップ、日本國で生まれ育った自分には時につらかったりします。仏蘭西は中華思想の、時や場合によっては傲慢思想国だから、東の果ての哀れな国の風土や教育事情なんぞ説明したところで聞く耳も理解する気持も持ってくれなかったりします。日本の学年と誕生日の関係も、日本の新学年が4月に始まることも元は欧米化をなかなか受け入れなかった蛮國だからという偏見。こういう点、本当におフランスの悪いところですよ。田舎に住めば住むほどこういう偏見がまかり通っているのも事実です。

昨日、ラシダ・ダチ Rachida Dati 女史(現共和国法務大臣)が女児を出産したことが速報で流れました。一夜明けたきょう、ゾラ Zohra と命名されたことも明らかになりました。賢愚帝サルコぢ一世が再再婚する直前までラシダ・ダチ女史はサルコぢの愛人という噂もあり、こうして43歳にしての初産ですが、実はラシダ・ダチ女史は独身、加えて独居で、妊娠が公表されても父親が明らかになっていないままです。これ、日本では「あり」なマジョリティな話かもしれませんが、仏蘭西だとこういうことは「あり」であってもマイノリティな話です。仏蘭西の場合、婚姻前出産が50%を超えたことが昨年だったか発表されましたが、両親が婚姻してようがなかろうが、別居していようが、父親が認知して自分の苗字を与えるのが マジョリティ だったりします(例えばドパルデュとキャロル・ブケの間の子も、ヂャニアリデの長女も、ソフィ・マルソの長男もそうやね)。近年、籍を作るにあたり父親の名前が登録されない共和国民が都会であればあるほど増えているのも事実です。えと、つまり、ラシダちゃんの女児もそのお仲間に入ることになるのかもしれません。ゾラちゃんの苗字がダチ Dati でしたら、そゆこと。=父親の認知なしっす。(註:仏蘭西の場合、子供に父母両方の苗字を与えることが可能です。ハイフンでつなげ、苗字の羅列の順番は親の自由です)

ラシダ・ダチ女史も賢愚帝サルコぢ一世が栄華を極めるために選んだコマのひとつでして、彼女は両親がマグレブ出身のイスラーム教徒の移民二世、弟は悪いことして共和国内で裁判係争中だけど、立派に学業を修めた彼女個人はこうして法務大臣にまでなれたんだよー、と移民出身の共和国民にアピールされた「希望の星」のひとりなのです。ラシダちゃんの高級ブランド好きもつとに有名。ほんの数ヶ月だけ独身だった賢愚帝のモロッコ訪問にもラシダちゃんはパートナーとして同行し、モロッコは自分の父親の出身国でイスラームが国教だって頭の良いラシダちゃんなら重々わかってンのに、賢愚帝が世界にアピールしたい徹底政教分離のお立場を助けるがごとく、ご自分の両肩をもろに出し、身体の線がわかるほどの朱色のあでやかなドレスでモロッコ国王主催の晩餐会にご出席あそばされた。中華思想のお仏蘭西の法務大臣だから訪問国の慣習も重んじられなくなっちゃったんでしょうかね?私には挑発行為に見えましたけれど。
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AFP PHOTO/GERARD CERLES

ほんと、今振り返っても、ありゃ、不思議だった。そして昨年、妊娠が発覚して、父親は秘められたまま、中絶もせず、ラシダちゃんは臨月であっても公務に元気よく出席し、1月2日にひとりの「共和国の宝=未来の納税者」を出産、シングルマザーとなりました。天晴れでんな。きょうびお仏蘭西の女性はこうでなければならないという見本と手本をラシダさま自らがお示しあそばされたのです。

で、お仏蘭西ですが、出産日を医師と親が計画する自由があります。
ラシダちゃんはなぜ1月2日を選んだのでしょう?ね?

3年後には義務付けられている公教育において、クラスで一番の年長となる移民三世の、イスラームの名前を持つ女児がこうしてラシダちゃんの胎から出たのです。
ラシダちゃん、大したもんですわ、はい。
これぞ、ラシダちゃんに天が与えたもうたミッションなんて傲慢話が流れるのも時間の問題かなあ。


le 3 janvier 2009, Geneviève

【既に、例えば、こんな記事。】
Portrait : Rachida Dati, ministre et jeune maman:NOUVELOBS.COM
Rachida Dati a accouché d'une petite fille

..............はぁあああああ。
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by ma_cocotte | 2009-01-03 19:37 | 『?』なたわ言 | Comments(28)
Commented at 2009-01-04 09:39 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2009-01-04 09:49 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by サエキ at 2009-01-04 12:40 x
お誕生日おめでとうございます!
ところで、1月3日生まれだと、お年玉と誕生日プレゼントが一緒ってこと、ありませんでした?
僕の父と弟、妹は皆1月生まれなんですよ。で、それぞれにお祝いしてもらえなくて、いつも3人一緒に佳日を選んで誕生日を祝ってました。
Commented by 黒猫亭主人 at 2009-01-04 16:32 x
Bon anniversaire !!

しかし国璽尚書ご出産の記事みてると、「産む」について、まあ、色んな云ひ回しがあるもんやと感心いたしますな。
Commented by ma_cocotte at 2009-01-04 17:26
★ 鍵09H39@04012009 さま
えええええ!お誕生日おめでとうございます!
同じ山羊座だったとは。(このコメント欄に登場の黒猫亭主殿も
確か昨日?あれ・・・2日だったか、お誕生日だったはず)
集まるものですね。ちなみに私はB型です。

私の兄の場合は兄の誕生を前に新居に引っ越したその日に母が
お風呂場で転んでしまい、早産だったそうです。生命については
本当にまさに神秘ですね。そう思うとやはり与えられた命をどう
生かすか。考えさせられます。

Commented by ma_cocotte at 2009-01-04 17:34
★ 鍵09H49@04012009さま。
私の母ですが、小説を読んだり、ドラマを見ることを好みませんでした。
自分の人生の方がドラマチックだったからだそうです。
でも、そういう考えも母の自己中心だと思います。幸福自慢も、
不幸自慢もすればきりも底も天辺もないと思いますが、互いの
生き方を思いやる余裕も持てるよう努めた方がいいですよね。
私の母はそういう点に改善しようとしないヒトだった気もします。

ご高齢でらしたお母様があの震災でショックをきっかけに患わず、
一度失った命を与えられたと残りの日々を前向きに明るく生きられたこと。
共に生きるまわりの方々がお母さまの笑顔で救われたのではないでしょうか。
確かヒトだけでなく猫たちを引き取られたきっかけでもありましたよね。

Commented by ma_cocotte at 2009-01-04 17:39
★ サエキさま、グラーッツィエです。バーチョ、バーチョ。
そうそう、私が子供の頃は正月三が日は開いているお店の方が
少なくてケーキもありませんでした。お誕生日プレゼントはお年玉と
一緒ですね。親戚まわりしていても「ついでに」おめでとう、っぽい
感じぃ(← 私がひねくれていることもあるが)
サエキ家ご実家は毎年一月がお祭り月だったのね。
あ、きょうは王様vs奴隷ゲームの日ですぞ。
サエキ家の食卓でも楽しんでくださいね。
Commented by ma_cocotte at 2009-01-04 17:44
★ 黒猫亭主さま、先生もお誕生日でしょ?
めっるし の びずびずぅううう です。

ダチ姐の件ですが「仏蘭西版 おしん」っぽくありませんか?
お涙頂戴の立身出世物語の途中で「未婚の母」かいっっ!?
一説には苦労されたお祖母さまの名をついでFatim-Zohra 
という命名とも伝えられてます。「星のファチマ」・・・新しい
女神伝説か。星のファチマちゃんは共和国に小さくされている
移民女性の救世主なんかも。
ダチ姐は21世紀の仏蘭西共和国聖母ですね。国母は歌手。
Commented by きなこもち at 2009-01-04 21:42 x
Bonne Annee!!
Je vous souhaite plein de bonheure et plein de chance!
今年もよろしくおねがいしま~す!
(ああっ暮れから夫の実家にいたので、帰ってみれば我が家はどっ散らかったまんまだぁ~)

それからお誕生日おめでとうございます!

(そうそう、もういっそのことサルを降ろしてラシダちゃんのほうが・・・)
Commented by tama at 2009-01-04 21:47 x
お誕生日おめでとうございます!折り返し点からまた少しすすまれたわけですね。最近は90歳まで生きるかたが多くなつたので、まだ折り返し点手前かもしれませんよ。まだ人生前半!いいですね。私の年齢では、残り少ないのが、さびしい気もしますけど、ここまで生きられたという「好期」だと考えて少し楽しみたいとおもつています。
ま・ここつとさまがB型!!私もだ!!B型つて、思うが侭にいきるんじゃなかつたかしら。私はそうでした。(過去になるところが、なんとも・・)

ダチさまのお相手については日本の新聞で、サルやんごとなきお方という噂とか。なんとも強い、勇敢な方であらしぃますね。折り返し点手前なんだわ・・。ま・ここつとさまも頑張れば・・恵まれるかも・・。おこります?
Commented by 葉っぱ♪♪ at 2009-01-04 23:13 x
ま・ここつとさん、誕生日おめでとうございます。

一月生まれのB型なんて親しみ倍増です。
何を隠そう(隠してないって)私も同じなんですよ。

Commented by ma_cocotte at 2009-01-05 02:18
★ きなこもちさま、今年もよろしくお願いいたします。
私は食べすぎでWiiFitさまに理由を聞かれるここ数日であります。

私もきょう、よそさまんちにおよばれされましたが、お茶の時間になって
サルコぢがもはや共和國について何も考えていない、という議論に
なっていました。残り3年もあるのですよ。前代未聞の途中退任
なんてありえないでしょうね。地位とお金への固執は異常ですから。
Commented by ma_cocotte at 2009-01-05 02:26
★ tama さまもB型でらっしゃいますか!
日本においてそんなにB型は多くないはずですのに、なぜもこうも
私のまわりはB型だらけなのだ?(爆笑
変な話ですけれど、母がいなくなったことで自分の存在の不思議が
ようやくわかってきたような気がしています。「なぜ私はここに?」と。
生かし生かされている自分をどう動かすか。
なんだか私はさびついているように思えたりして・・・

ラシダちゃんですが、出産予定日を(10日ほど)早めて出産したそうです。
それが1月2日。黒猫亭主先生宛にも書きましたが、各紙の話の
進め方が「おしん」を連想してしまうのです。ラシダちゃんがひとりで
出産したのも、コーランにおいてマリアがひとりでイーサー(イエズス)
を産んだ場面を連想してしまったりなんかして、それがまた女児という
ところがミソだと思うのでした。これからどういう記事が増えていくのか
興味深いです。


Commented by ma_cocotte at 2009-01-05 02:28
★ 葉っぱ♪♪さま、うぉおおお、こちらにコメントを頂戴してしまい、
恐縮です。葉っぱ♪♪さんも一月のBなのですね?山羊座ですか?
水がめ座ですか?
今年も楽しくおしゃべりしましょうね。よろしくお願いいたしまするぅ。
Commented at 2009-01-05 19:43 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2009-01-05 20:57
★ らぴさま、うゎああああ、おめでとうございます。
お母さまになられたのですね!おめでとー!
与えられた命、生かされている命をたずさえている我が肉体だと
思うけふこの頃です。その命をどう使うかタイムリミットが近い気が
してならないのです。このまま帰天かなあ。ものぐさな命にしてしまった
のは私かもです。

らぴさんのお住まいのあたりはマイナス8度になりそう?
うちのあたりは枝にこびりついた霜?のようなものがお昼を過ぎても
まだ存在しております。このまま溶けずに日没だったりして。
らぴさんにとって今年は赤ちゃんが天然の湯たんぽになりましたね。
なーんて幸せなんでしょう。ま・ここっと婆からびずぅですよ。
Commented by siojake at 2009-01-05 21:32 x
遅ればせながら、お誕生日オメデトーゴザイマス!
そして今年も宜しくです。

ラシダちゃん、16区のミュエット・クリニックでご出産だそうで。
あの辺りって駐在員の皆様が沢山お住まいなので、同じ病院で産んだわ~って日本人奥様も結構いらっさるような気がします。

年末のある日、友人が「え?大統領っていたっけ?」とか言いつつお猿の真似して、「もっとちっちゃいよな~」と駄目押したのに爆笑。偶々そういう会話の流れだったのだけど、きっとそこかしこで似たような事やってるひと居るんだろうな~、なんて。
日本語ではお名前にそのものずばりの漢字をあてちゃいますが、仏人的にもあいつは猿なヴィジュアルなんだなと理解しました。

活動開始の本日、パリは朝から雪降ってます。さぶいぞぉ。
Commented by ma_cocotte at 2009-01-06 00:49
★ siojake さま、やってる、やってる。>サルの真似
残り3年が長いのなんのって。エジプトから隣国リビアにいらして
長期滞在なんてどうでしょうか。共通して言えることって、大統領は
内政ではないってわかっているけど、本当に今の仏蘭西にはいらない
ではありませんか?きょうなんてFrance3が抗議スト?なんで
お昼の全国ニュウスが流れませんでした。サルって内政について
余計なお世話を「言うこと聞くまで押し付けて」いるでしょ。

あああああああああああああ、こっちも雪がぁあああああ。
積もらなければいいけれど。
ラシダちゃんは21世紀共和国の聖母。父はなんてったって
ナマ神のサル・・・おーっとっと。
Commented by at 2009-01-06 13:22 x
お誕生日だったのですね!おくればせながらおめでとうございます。幾年も!

43歳初産はことし41歳になるわたくしにはちょっと嬉しいニュースでした。希望を捨ててはいかんですのう。
Commented by ma_cocotte at 2009-01-06 16:41
★ 鰤さま、ありがとうございます。
ラシダちゃん、21世紀の共和国女性にとって希望の聖母・・・
に仕立てられちゃっているかも・・・。そういうことに振り回されず
母の喜びを楽しんでいただきたいです。(蝶花で娘を育てそうな
気がしないでもないけど)
Commented by Lucia at 2009-01-08 12:24 x
1月4日のma_cocotteさまのコメントが私に向けられていたことにもずーっと気付きませんでした。ブログの多くのことがまだ分かっていないので、「鍵」という名の方がおられるのだと勘違いして、「鍵」さんは、なんだか私と似ているな~なんて思っていたのです。お祝いありがとうございました。
お誕生日は近いけれど、私の血液型はO型です。
血液型や占星術による性格判断などというのはまやかしだとも言いますが、お友達の関係を円滑にするには役立つこともありますね。
自分と相容れないところがあっても、赦せちゃったり…。

今年もどうかよろしくお願いします。
Commented by ma_cocotte at 2009-01-08 17:38
★ Lucia さま、
血液型占いやら診断はフランスではまったく流行らないらしいです。
信仰が廃れてもキリスト教道徳や文化が残っているので、ヒトの
存在は型にはめられない(Uni だけど、Unique である)という
意識があり、それを互いが尊重することを幼いうちから求められています。
移民が多く、欧州系でも髪も目も色が違うことにあるのかもしれません。
ですが、一方でお国(地方別)意識は強いですね。まあ、私は99
(IDナンバーでフランス共和国外で生まれた人間を指す)なんで
アレですが(笑。
Commented by Lucia at 2009-01-09 12:10 x
実際考えてみれば、人間が四つの型に分けられるなんてありえませんね。でも血液型も、本当はもっともっと複雑なことが分かってきたようですね。だから同じ血液型の血を輸血しても色々な適合性に引っかかって反応が出るのでしょう。私の父(A型)がその一例でした。私も最初の輸血でC型肝炎のヴィールスをもらっただけでなく、手術の度に、輸血のせいか抗生剤の不適合かは分からなかったのですが、いつも副作用が強く出てしまいました。
39歳の時からの人工関節置換術と関連手術を数えると、今度は7回目です。自己血だけで済めば良いのですが…。予定日がお釈迦様のお誕生日ということで、仏教のお友達も祈って下さるようです。
Commented by ma_cocotte at 2009-01-09 19:37
★ Lucia さま、血液型というのもなぜこのような区分けがあるのか
神秘だったりしますが、先の帰国中に見たテレビ番組でボリビア人の
ほとんどがB型で、A型はほぼ0%に等しいので、ゆえにAB型の
国民がほとんどいない、と紹介されていました。
アレルギーについても人それぞれなので細心の注意が必要ですね。
私もいろいろアレルギーを持っているので、それをペンダントにする
こともできないほどなのです(涙。
手術の成功、私もお祈りいたします。
Commented by Lucia at 2009-01-10 10:43 x
ma_cocotte さま、お祈りありがとうございます。
ma_cocotte さまもアレルギーで悩んでおられるのですね。私は化繊(どれかを記憶していないので、肌につくものはなるべく木綿、麻、絹、ウールに限っています)や金属アレルギー(こちらも、金、銀、ステンレス・スチール等は大丈夫)があるようですから、日本で売っている銀メッキのアクセサリー類は使えません。
体質までが、古い物に適しているのかも!
Commented by ma_cocotte at 2009-01-10 18:18
★ Lucia さま、
はい、人生の節目(就職、結婚など)のたびにアレルギーが
増えていってます(涙。
金属アレルギーも以前はなかったのに最近は突然出たりもします。
銀では一度、若かりし頃、ピアス穴を膿ませてしまったことがありました。
肉体というものは幼い頃はお友達だったのに、年を重ねるごとに
時に闘いとなり、和解のためにいたわらねばならない存在ですね。
魂にとっては無二の友ではありますが。
Commented by Lucia at 2009-01-12 10:36 x
イタリアでは、赤ちゃんに既にピアスの穴をあけてしまうようですが、必ず純度の高い金を使うそうです。それ以外の金属は体に良くないから化膿する危険があるとか。
ところが、日本のアクセサリー店では、色々な金属の物があるようですね。私は耳にはピアス以外のイヤリングも辛くてつけられないので、眺めるだけですが…。時々、壁面アクセサリーにしたりして楽しんでいます。
「魂も肉体も労わって下さい」と、心に訴えているのかも…。
Commented by ma_cocotte at 2009-01-12 17:00
★ Lucia さま
私もイタリア出身のシスターからイタリアでは生まれてまもなく女児には
ピアスすると聞いていました。シスターがおっしゃるにはどちらも
かわいくて男女区別のためだそうですが、イタリア風冗談かもしれません。
他にも子供が小さければ小さいほど革靴を履かせて、形の良い
足を作らねばならない、とも教えられました。(ゆえに私が通った
小学校では今も登下校は革靴です。)
私は日本国内しか知らない環境で育ちましたが、学校内では
欧州の生活文化に触れることができたのは貴重であり、私にとって
目に見えない宝です。

私は銀で化膿し、以降、しばらくは18金を使っていました。
今は長時間でなければ銀やメッキでもピアス穴は大丈夫です。
首まわりはあいかわらず敏感肌ですが。
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