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永 遠 の 謝 罪
2009年1月18日日曜日夜8時35分、国営放送France 2でこの映画が放映されます。



LA LISTE DE SCHINDLER、「シンドラーのリスト Schindler's List」ですね。丸に「-10」が付いていますので、10歳未満の共和国民にはお勧めしないことになっております。

おそらく昨年12月20日(← 私は「12月27日」とは書きません)以前に今月今夜にこの映画が流されることが決まっていたのでしょうけれど、世の現実に絡めれば放映中止もできないことはないでしょう。サルコぢサマがコマーシャル禁止を命じたことを受け入れた国営放送なんざますから。

ユダヤ系フランスびともいれば、パレスチナ系フランスびともいる。ユダヤ教徒もいれば、イスラーム教徒もいるフランスでは昨年12月20日以降、ガザ紛争はニュウスのトップ事項、全国紙一面トップ扱いであり続けています。
France 2 : Conflit à Gaza
http://info.france2.fr/proche-orient/
TF1 : GAZA
http://tf1.lci.fr/infos/monde/moyen-orient/
Le Monde : La guerre de Gaza
http://www.lemonde.fr/web/sequence/0,2-1137859,1-0,0.html
La Libération : Israël-Palestine : le conflit sans fin
http://www.liberation.fr/israelpalestineleconflitsansfin
報道だけでなく、フランス共和国民が大好きな討論番組も繰り返し中東和平について取り上げられています。おそらく日本國とは比べられないほどガザ紛争ではセンシティヴになっているフランスで、今、この映画をあえて流すとはなぜだ?



「シンドラーのリスト」は私個人としては思いいれのある映画ではありますが、「戦場のピアニスト The Pianist」(↑)や「ライフ・イズ・ビュウチフォ La vita e bella」(↓)も一見の価値ありますです。



ただこの一ヶ月に限らず、今も、いつも、毎度のことですが、この手の映画が流れる度に「ユダヤんがこんなことされて当然なのだ」と言う人が出てきます。France 2 が、今改めて、共和国内の視聴者に「ユダヤんがかつてこんなことされたのは当然なんだ」と思わせたいのか、その意図はわかりません。
私個人は「こんなことされて当然」という発想自体、元はカトリック国だったフランスっぽい考え方ではないと思っています。こういう因果応報的発言が喜んで受け入れられるのは、「今度生まれ変わったら何になりたい?」という会話を不思議がられない国かもしれません。フランスでこんな質問したら失笑されますのよ。一度きりの我が人生は楽しまなくっちゃなりません。

le 18 janvier 2009, Prisca




...と、一度〆ておきながら、この一か月の地中海の向こう側でのお話。
現在紛争勃発中の大地が父祖の土地である共和国民が多々いるおフランスでは連日のようにこの件についての討論検証番組が流れていたりします。
Ce soir (ou jamais!) : Débat sur le conflit israélo-palestinien
http://ce-soir-ou-jamais.france3.fr/index-fr.php?page=emission&date=2009-01-08
C dans l'air : Gaza : la paix trois heures par jour
http://www.france5.fr/c-dans-l-air/index-fr.php?page=resume&id_rubrique=1060
REVU & CORRIGE : Guerre à Gaza et guerre des images
などなど。日曜夕方放映の RIPOSTES もガザに触れるようです。
昨晩見たREVU & CORRIGE の討論は第三者としては興味深い意見が多かったです。ユダヤ系、イスラーム系のジャーナリストや団体責任者が揃っての語り合いでしたが、双方が双方に善人がいることを認めつつの語り合いとでもいいましょうか。日本の西隣の某国もそうですが鎖国状態に押し込められた庶民は心理的に内向きになってしまい、そこに上層部や支援者が信じるより疑う種を蒔いてしまうと攻撃的行動に出るような気がしてなりません。ハマスという一団体のスローガンや精神に共感できない同胞が増えているのもその点にあると思います。あまりに突飛過ぎ、現実離れの夢を語られても広い世界を知る人にはそれが夢に過ぎないとわかるのです。それに気付けないほどの箱に収められてしまった人々に真実を知る術が与えられますように。この番組の司会者がフランス国内においてシナゴーグへの嫌がらせが始まっていることについて触れていましたが(フランス国内のモスクは嫌がらせにまだ遭っていません。)ま、誰もモスクに嫌がらせをしないのはなぜか?ですよね。(ただし、ネオナチはモスクとシナゴーグ両方に嫌がらせをします。)

ところで、私の父祖の土地は新潟ですが、もし西隣の某国からミサイルが新潟の大地に、しかも一般家屋に着弾したとして日本國は住民と国土を守らないのでしょうか?新潟だけでなく私の複数の友人は日本海側の土地、ロシアに近い土地、中国に近い土地に住んでいますが、他国から侵略行為があったとして、日本は過去の戦争のことがあり、しかも敗戦しているので、戦を仕掛けてきた相手に対し無条件に頭を下げ、自国民と国土を守るどころか侵略されるがままになるのでしょうか?自国民と国土を守る行為を披露すると「報復」と表現されるのですか?

ココんちの仏蘭西びと♂にもし仏蘭西国内に某国からミサイルが理由無く、理由或るターゲットを定めずに連射され、それが一般家屋やオフィスに着弾しても仏蘭西共和国は国民と国土を守ろうともしてくれないのか?と質問したら一笑されました。国土と国民を守らない国に税金を納めているのか、と。かつての戦争での勝敗は関係ないそうです。既に共和国内でテロを勧めるような挑発的説教をするイマムを国外退去処分にした事実もありますが、こんな返答は想定内ですので、更に一歩踏み込んで「カトリック精神が染み付いた仏蘭西でそれは矛盾していないか?」と質問してみました。すると、仏蘭西共和国に間違いがあったとして、一度謝罪しても、相手がそれを赦さずにロケット弾を打ち込み続けたら防衛するに決まってンだろが、と。これ、ポイントですよね。というのも、カトリックには「赦し」があります。例えば告解して赦されずに出てきた人っていますかね?どうも仏蘭西の感覚だとそれが教会の中だけでなく、世知辛い世の中では平らで凡な人々の間でも「赦しを求められて赦さないことはない」が生きているようです。「ピチエ Pitié、憐れみを」 と「イノサン J'uis innocent(e) 潔白、無知、無垢」を口から大声で先に出したもん勝ちで、この語を聞いても公衆で赦さない人は、たとえその赦さない人が正しくても、赦さない人が傍観者に白い目で見られる仏蘭西です。

日本國はかつてアジア諸国に戦争をしかけたのだから、子々孫々、相手国に永遠の謝罪をし続けなければならないという意見を述べる方々がいると私も見聞してはいますが、自分の国土と国民を守ることは過去も未来も無条件に国の義務ではないでしょうか。犠牲者というレッテルがあったら何をしても赦されるのでしょうか?
過去の戦争の勝敗に関係なく、戦争を嫌う。
戦争が起こさないようにするには、まず自分から戦をしかけないことです。
不幸にも他者から戦をしかけられたら英知をもって和解に努めるしかありません。
「戦争」と「平和維持のための防衛」は同じではありません。もしミサイルが着弾して命を失ったとしても「せ・ら・ヴぃ」と国が被害者にそれしか言わないなら、それは慰めに過ぎません。

18日になってハマスがミサイル発射を止める決意をしたというニュウスが流れています。
良かった。

【追 記】
先の1月14日に同志社大学一神教学際研究センターで 
Arabic and Hebrew in Medieval Times: a Unique Symbiosis 
というテーマで研究会が開催されていたのですね。これは拝聴したかった鴨。
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by ma_cocotte | 2009-01-18 21:34 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
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