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だから、死んだのです。
今から一年前の2月11日。
私は人づてに聞いたココんちから車で1時間ほどの山奥にある巡礼地 SANCTUAIRE de "Notre-Dame de Pitié" 哀れみの聖母の聖域 に行きました。
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屋外にこんな十字架の道行があったりします。聖堂内はこちら→ どれにしようかな?かみさまの言うとおり、あれれのれれれ?

先日、ココんちの二人の結婚を司式してくださった神父さまにお目にかかった時、近いうちに聖ルイ・マリ・グリニオン・ド・モンフォール Saint Louis-Marie Grignion de Monfort という17世紀に生きた聖人縁の土地に行かないか、と声をかけていただきました。なんでもそこ Saint-Laurent-sur-Sèvre という所は1996年に当時の教皇ヨハネ・パウロ二世が巡礼におみ足を運ばれたそうです。この聖人のことも、教皇さまがこの聖人をご贔屓にされていたことも私は知りませんでした。知る喜びぃ。

その時、神父さまから我等が地元の偽ルルド Notre-Dame de Pitié の話題が出たので、昨年の2月11日に母のこともあって巡礼に行き、その13日後母が帰天したことを私が話しました。すると、神父さまとココんちの仏蘭西びと♂が、
ああ、だからお母さんは 死んだ んですよ。
と言い始めたのです。私は聞くなり目が点、心の中で「だったら、行かなきゃ良かった」とつぶやいてしまいました。母にはもう少し生きていて欲しかった。もう一週間だけ長生きしてくれたら、私は母の血の通う手足を擦ることができました。私が内心動揺しているというのに、神父さまとココんちの♂は「ああ、良かった、良かった。聖母がま・ここっつぁんの祈りを聞いてくださったんだね」なんて笑顔満面。
え゛ぇええええっっ!私ゃ母の死なんて頼んでいないぞぉ。
こんな会話で自分は本物の異邦人なんだとあらためて身に沁みてよくわかりました。もしかして仏蘭西びとの思考におかれましては「巡礼し → 願をかけたら → 病気が治る」なんて行動と結果の流れがまるでなく、巡礼して病者のために祈ると時には天に呼ばれることもある、つまり死も巡礼したことで見れる結果のひとつ、いや、奇跡のひとつと考えているのですね。確かに死は肉の苦しみからの解放でありますし、しばし考えれば死ほど究極の神秘はございませんので、実は死ほど究極の奇跡はないのかもしれません。ああ、ガキっこのテレーズ・マルタン Thérèse Martin が病魔に苦しむ母親に「お母ちゃま、お死にになればよろしいのに」と話したという、まこと私にとっては奇怪なエピソードと「巡礼したら死ぬこともある話」で仏蘭西びとが祈りと死をどう考えているのかなんとなくわかってきました。疑いなく天国の存在を認める人々だからこそ、死を笑顔で語れるんだろうなあ。

となると、もしかのルルド Lourdes を詣でたとしても、不治の病が跡形もなく消える奇跡もあれば、帰天する奇跡もあるのです。どうも日本びとの私は巡礼したことで病が消えて楽になる症例だけを奇跡だと判断しちゃいますし、死を見たら巡礼したところで奇跡なんてなかったぢゃないかと天に向かって叫んでしまいます。違うんですよね。巡礼やら詣の後に死が訪れてもそれは神のみ旨になるのです。ああ、良かった、良かった、と。
うううう、追いつけないぞ、この思考。
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困っちゃうナァ。そんなことボクに言われても。



母に会いたかった。

le 11 février 2009, Notre Dame de Lourdes
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by ma_cocotte | 2009-02-11 23:58 | 『冬』 Rien de special | Comments(8)
Commented at 2009-02-12 11:29 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2009-02-12 17:35
★ 鍵11H29@120209さま、
そうですね。この世のしがらみだけでなく肉体の苦しみからの解放も
人生の後半に入った私が熟考せねばならないことだとますます思い
はじめています。
ここ数日のマシア神父さまのブログで取り上げられている尊厳死の問題
(実際、イタリアだけでなくフランスでも大々的に取り上げられました)も
まさに私の母の晩年と同じ状況でもあります。私の母の場合はやせ細った
身体が軽管栄養のおかげでふっくらし、元気だった頃のようにふっくらした
顔でお世話になった方々に最後のお別れができました。

これだけ医療が発達してしまうと、自分がどう死に向き合って、治療を
どう選択するかも健常のうちから考える必要があるかもしれません。
私が幼稚園当時、お世話になったシスターは癌になりましたが延命治療を
拒みました。ですが、帰天一ヶ月前に急に症状が重くなっての旅立ちでした。
それぞれのカルワリオだと想像しますが、私の場合はのたうちまわったり、
奇声を発して「死にたくない」と表現しそうです。だーめだ、こりゃあ。
Commented by tama at 2009-02-13 09:37 x
「ああ、だからお母さんは死んだんですよ」という神父さまと旦那様のお言葉にやはりフランス人と日本人の違いをまざまざと感じました。
私の夫がなくなつたとき、親しい神父さまは「感謝のミサを捧げます」と御便りくださいました。
苦しまず、眠るように逝つたことにたいする感謝だという意味で私は納得しましたが、この表現と巡礼にいつたから「死んだ」というのとは少しちがいますね。
でもなにか、フランス人には感謝と死とは共通点があることをま・ここつとさんのブログでしることが出来ました。不思議な感覚です。
一人住まいになつて、やはり病気の時、どうなるのかな~と心配にはなりますが、夫の安らかだつた死おもい浮かべると恐怖もやわらぎます。
ま・ここつこさんはお母様にお会いになりたかつたことでしょう・・。お母様はもつともつと・・・。泣かないで・・。親には娘の悲しみ、よくわかつてるんですからね。
Commented by Lucia at 2009-02-13 13:03 x
「死は新しい誕生」というマシア師のお言葉を受け入れると、「死」による別れは、一時的なもので、またいつか必ず会える、という希望をもつことができるのではないでしょうか。
その時には誰も苦しむことも泣くこともなく、神様の光の中で永遠に若く美しい姿になっているかも知れません。でも勿論相手がどなたかは分かりますよ。ご安心ください。…などと書くと、「見たこともないのに~」との反論もどこからか聞こえてくるかもしれませんね。でもそれはイエス様の御約束ではなかったかしら?
Commented by ma_cocotte at 2009-02-13 17:19
★ tama さま、でしょう?
私はおそらく聞いた途端にうろたえていたと思います。目が泳いでもいたかも。
どうしても日本人の感覚だと巡礼は「命乞い」を連想するものになり、結果に
「死」があると、「なんだ、巡礼なんて効き目ないぢゃん」と判断しがちです。
でも、どうやらフランスのひとは死んでも「神のおぼしめし」。
適当な表現かわかりませんが、なんだか抜本から心の育ち方が違う
ような気がしてなりません。
母の死からまもなく一年になりますが、母は信者ではないのに東京の
ある教会で主日ミサの中で母の名をあげて祈っていただけました。ごミサの
後、司式された神父さまにお礼を申し上げましたら「いいご供養ができましたね」と
仏教っぽい返答をいただき驚きましたが、私にはしっくりした言葉でも
ありました。
いろいろ心の整理をしたり、この世での割り切りもしているつもりですが、
時にどうしても「なぜ母はあと一週間生きてくれなかったのだろう」と思って
しまいます。でも、葬儀に出席し、母を見送れただけでも恵まれていたと思います。
Commented by ma_cocotte at 2009-02-13 17:27
★ Lucia さま、そうですね。
小テレーズの考えを借りるなら、この世の生き様は通過点に過ぎない
ですから、今も死んだようなものなのかもしれませんよ。
死んだら光みたいなものになっちゃうと地元の神父さまが説明してくださった
ことがありました。主の変容を例に出されて。

 >「見たこともないのに~」との反論もどこからか聞こえてくるかもしれ
 >ませんね。でもそれはイエス様の御約束ではなかったかしら?

約束だとしても、約束相手を知らなくて、信用していなければ、その相手を
疑うと思います。
無条件で他者と約束できる、それは難しいです。信用する、心からの
約束するには地道なプロセスが必要です。
Commented at 2009-02-14 21:15
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2009-02-15 06:01
★ 鍵21H15@140208 さま、
私の言葉が拙いせいで申し訳ありません。快癒や奇跡を祈願するで
しょうけれど、私の母の場合は緩かに進行する病でしたし、既に経管
栄養で生きている状態でしたので、私自身が母の苦が和らぐことと
イエズスさまや聖母が言葉を発せない母の心のおしゃべり友達で
あってくださいとばかり祈っていました。
神父さまや夫の私には厳しい考えですが、この二人にとって天国に
なんら疑いを持っていないからこそ言えるのだと思いました。
「次は私が死ねるように祈ってください」と頼まれる聖職者や修道者も
いらっしゃいますものね。
テレーズですが母親を愛しており、大好きな母親にこの世で一番いいもの
(天国)をあげたくなり、天国は死ななければ行けないところなので、子供
の判断で母親に「早く死ねばいいのに」と言ったらしいです。
まさに J'uis innocente なエピソードではないでしょうか。
テレーズの母親はテレーズ出産前から既に肉腫を抱えていたそうです。
あと10日ほどで母の一周忌ですが、私がよく母無しでこの一年生きてこれたと
不思議です。
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