<< 迷惑に慣れても、それは迷惑。 図書室の片隅から見つけたもの。 >>
知って良かった、知らなきゃ良かった。
旅行説明会 の後の 茶話会 あたりから、ま・ここっつぁんは複数の仏蘭西びとに「あなたはヴェトナム人ですか?」と質問されました。「いえ、違います」と返答すると、「ならば、いい」と去っていくという繰り返しです。日本びとは彼らにとって興味ない血統だからでしょうか。
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会場を去るにあたり玄関に向かったところ、掲示板に翌日曜日に或る田舎の聖堂で丸一日、MEPMissions Etrangères de Paris、=パリ外国宣教会)とヴェトナム宣教についての記念行事が開催されるポスターを見つけました。もし私がヴェトナムびとだったら彼らは誘ってくださったのかな。
その案内を見て、今年はじめからココんち地元の教会の片隅でMEP についてのパネル展示があったことを思い出しました。
MEP は日本國では「パリーミッション」という愛称で呼ばれていることが多いと思います。今年、創立351年目を迎えたこの宣教会の特長は所属会員が元は教区司祭であって宣教修道者ではないということでしょうか。本来、教区司祭と言う職は教区民のために働きますが、宣教の使命を知った司祭がMEPに志願、出向することで海外宣教を経験することができるようです。ココんち地元の或る教会に昨年9月から主任としていらっしゃる神父さまも、その前月まで中国宣教に出ていたMEP会員でもあります。使命を果たし、教区に戻ってきたことで司教さまから今度は教区内の教会の主任の使命をいただいたのですね。この写真 ↓ の左下を凝視しますと、どうもオラが地元の教区から67名の司祭がこれまでMEPの会員として旅立ち、うち二人の司祭が既に列聖されているようです。
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私は日本國内でのパリーミッションの神父さま方のご活躍について詳しくは存じませんが、日本國におけるMEP の活動は1844年(弘化元年)に始まり、禁教が解かれてからの日本におけるカトリックの基礎を耕し、種を蒔き、育てたのはMEP の宣教師方あってこそなんであります。日本人教区長が誕生するまで、日本国内の司教方の多くがMEP会員でしたでしょうか。
日本國ではMEP知らずでいた私が仏蘭西に住み始めてから偶然にもMEP会員の殉教聖人方に縁ある土地にばかり住んでおり、かつて南仏時代に住んでいた町は1839年に韓国で股割き刑により殉教した神父さまの誕生地であったことで、最も新しい聖堂にはその神父さまの名前ロラン・アンベエル Laurent Imbert が冠せられていました。
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2006年7月から住み始めたココ新天地においては列聖されたMEP会員はこのお二人 ↑
左のヂャン・シャルル・コルネ Jean-Charles CORNAY 師は中國のトンキンに派遣されて後、1837年ハノイ近郊で斬首刑。右のテオファアヌ・ヴェナァ Théophane VÉNARD 師は1861年に中國はトンキンで処刑されました。
このパネル ↓ は1837年ヴェトナムでの処刑の記録です。
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断首の日まで何十日も檻に閉じ込められて見せしめにされるのもお決まりのコースだったようです。この写真 ↑ の右上の絵は斬首後に身体をバラバラにした様子が描かれています。韓国での例のように手足首それぞれに馬やら牛をつなげ、生きながら割かれる刑というのも処刑方法を聞きながらに身悶えそうな感覚に襲われますし、ヴェトナムのように四方丸見えの檻に何十日も閉じ込められ、最後には斬首、解体というのも恥辱をまず思い立ち、それを生きながらに耐え忍ばれ、この世での生を終えられた宣教者方には頭下がります。

この二人の聖人以外にもココんちあたりに縁あるMEP会員がアジア諸国で殉教し、列福や列聖調査中であります。その中のひとりにオーギュスタン・ブゥリ Augustin Bourry 師 ↓ がいらっしゃいます。
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彼、1854年にインド東北地方と国境を接するチベット南部で殺害されました。
中華人民共和国が誕生したのは1949年ですから、1854年にブゥリ師を処刑したのは共産党政府ではありません。・・・となると、チベットのどなたがブゥリ師の殺害を決め、実行されたのでしょ?その目的は?
ブゥリ師が処刑されたチベットとインド国境の山岳地帯は1990年までカトリック宣教絶対禁止地帯であり、2005年12月にようやくB16の名の下に2教区が置かれたところだそうです。

カトリック殉教史、迫害史から眺めると、ヴァチカンやカトリック関連団体が昨今のチベットと中國の諸問題で立場を明瞭に動けないのもこんな事実が既にあるからかもしれませんね。

le 18 mars 2009, Cyrille
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by ma_cocotte | 2009-03-18 18:28 | 『?』なKTOりっくん | Comments(6)
Commented by ヴぇろにか at 2009-03-19 19:54 x
 当地では外国籍の神父様は今も昔もMEPの方が多いです。
 私の家族に縁のあった神父様もフランスからおいでのMEPの方でした。引退して帰国され、南西部の小さなMEPの施設にいらっしゃったときに、一度訪れることができました。ほかにも日本においでになった神父様がいらっしゃり、日本から来たと知るや丁寧な優しい日本語で話しかけてくださったことも思い出します。案内された墓地の墓石には、それぞれ赴任地の地名が記されており、どの方も遠くアジアで宣教されたことに胸がいっぱいになりました。
 もう一度お目にかかりたいと思っておりましたが、残念ながら帰天され、
願いはかないませんでした。せめてお墓参りにともう一度、フランスを
訪れることができたらと思っております。
 桜の花が咲き始めました。日本においでになった大勢の神父様たち、
どのような気持ちでこの花を眺められたのでしょう。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-19 20:54
☆ ヴぇろにかさま、ううう、もらい泣き。貴コメントにグっと来ました。
そう、某県はMEP、ミラノミッション他宣教会が大活躍の土地ですね。
私ども夫婦がこちらでお世話になっている神父さまの従兄神父さまは
ひとりで日本国内(北海道から長崎まで南下)巡礼を決行。
その際、MEPを頼りに泊まり歩き、おそらくヴぇろにかさんがおっしゃる
県に長期滞在したそうです。
MEPですが、HPに全会員の墓銘文が掲載されています。読めば、
こちらの胸が熱くなり、それが誇りにも代わりますね。捧げてくださった
ご両親、ご家族にも感謝です。

私も宣教教育修道会のお世話になりましたが、数多の宣教師方あっての
日本だと思います。教区と宣教会がいっそう協力して日本でご活躍
いただきたいです。国は裕福でも、ひとりひとりの心はまだまだ飢え
渇いているのではないでしょうか。
Commented by ヴぇろにか at 2009-03-19 22:56 x
 ma cocotteさま、ありがとうございます。

 MEPのHPにて、神父様の墓銘文を検索して読んでまいりました。
ちゃんと私の町のちいさな教会まで、載っておりました!こちらも
グッときました。
 そう言えば昔、フランスに旅行に行ってもし何か困ったことが
あったら、MEPを見つけてそこに頼るがよいと言われたことが
ある某県民なのですよ。(従兄神父さまはまさにその逆バージョン
ですね!)

 「ひとりひとりの心はまだまだ飢え渇いている」、残念ながらまさに
その通りの日本です。私たちには何ができるのか、考えなくては
ならないですね。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-20 04:02
★ ヴぇろにかさま、おお、そうか、なるほどぉ。
MEP だとフランス国内なら各教区ごとに支部があるので満遍なく
探すことができますね。宣教修道会だとエヴァンジェリ国のフランスでは
見つけ難いこともあるのです。
MEPの記録の綿密さには驚かされることばかりですね。墓銘文もそうですし、
現役の宣教者方のリポートも膨大な量ですが、全てHPで読むことが
できます。日本でも知るのが難しい各国の内情がわかり、勉強になる
ことばかりです。
日本は金銭面では他の宣教国と比べ物にならないほど恵まれている
ので、それを理由に縮小し始めている宣教会もあるようですが、金銭的に
まだまだ、生活文化も発展途上の中南米やアフリカでカトリックの勢いが
凄いことを見ると、日本もまだ宣教修道会と共に耕し種をまく仕事が
いろいろな方法(教育、病院、福祉、労働など)であるような気がして
なりません。
ヴぇろにかさんのお住まいの県は宣教会の活動が活発で、教育、病院、
福祉、労働とも日本国内でリーダーだと思います。機関車のように
後に続く車両を引っ張ってくださいね。
Commented by brunodujapon at 2009-03-21 01:07
テオファーヌ・ヴェナールは、リジューのテレーズが愛した殉教者でしたね。殉教、といってしまうと、すべて金メッキで覆い隠してしまうようですが、ずいぶんとエゲつない殺し方をしているんですね。劉邦(漢の高祖)の后、呂后がライバルの威氏を虐殺した話なんかをちらっと思い出してしまいました。

Augustin Bourry 師について、Hagiography Circleで調べてみましたが、見あたりませんでした。列福、列聖待ちの方はたくさんいるのだから取りこぼしがあってもしかたないですが、残念です。
http://newsaints.faithweb.com/

ご存じと思いますが、在ブルターニュの方のブログです。MEPの引退司祭の家があるんですね。ちょっと記事を読んでうるうるしました。
ttp://blog.livedoor.jp/esprit_cocon/archives/519387.html

最初のhは念のため取っておきました。
この方はカトリックなのでなんとなく共通点が多いかもしれません。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-21 04:20
★ Brunodujapon さま、殉教者の亡くなり方ですが、大陸側でも
見聞しているこちらが身悶えるほどの方法だったりしますね。
手足首それぞれに牛馬を結び付けての八つ裂き刑というのは受け入れる
のが難しい話でした。

Augustin Bourry 師ですが、1999年に殺害の事実が公になったので、
具体的に動き出し始めるか、その下準備中ではないでしょうか。現地に
教区ができて4年目に入ったばかりでもあります。

ブログURL、教えてくださいましたことに感謝。
存じませんでした。上野教会に縁ある神父さまでらっしゃいますね。
毎日のように通勤電車の窓から上野教会を眺めていた頃を思い出しました。
こちら↓、KTOで放映されたMEP特集です。
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?&vl=video_nouveautes&idV=00043005
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