<< ...忘れるところだった。 甘く、しょっぱい、チョコの味 >>
聖下は閣下の謝罪の中身を具体的に知りたいのだよ。
ヴァチカンから2009年1月21日付で破門解除された ばかりのリシャアル・ウヰリアムソン Richard Williamson 司教(FSSPX、=聖ピオ十世会会員)が 公言している私見 につき前言撤回を求める 公式布告文が今月4日に発表 されたものの、その週末 土曜の日没 までにウヰリアムソン師から何ら動きがなかったことで世間は ヴァチカンと彼の間の問題はウヰリアムソン師側から三行半(!?)を付けたものと判断 し、翌週明けの月曜から何らこの両者間について触れることはなくなりました。
とっころが、この2月の第三週19日になって、ウヰリアムソン師の潜伏先である南米はアルゼンチンの政府から2003年から不法滞在を続け、果ては社会平和を乱す発言をした ウヰリアムソン師に国外退去命令(再入国禁止命令付)が公式発表 されました。
この命令に10日の猶予が付いたものの、ウヰリアムソン師は第五日目、カトリックが四旬節という節制月に入る前日24日にブエノスアイレスの空港から祖国大英帝國に戻るため 機上のひと となった のでありました。
翌25日、倫敦はヒイѲロオ Heathlow に無事到着なさったウヰリアムソン師が スカットランドヤアズ に囲まれてその後どこにお隠れあそばしたのかはわからず、
ま、四旬節の大黙想かいっっ!?
自ら「本物のカトリック」と名乗る高位聖職者だもんよ、無垢で愚かな羊に見本を示すのも神から与えられた義務だろうよ、と思った世間が甘くて優しかった。
。。。_| ̄|○ エェ、マダ続クノォ。
(` ´)b 続きますよん。
なんと2月26日付でウヰリアムソン師が教皇B16とエクレジアデイ委員会宛に倫敦から謝罪状を送ったと同日夜のニュウスやら報道各社HP版で流れ始めました。翌朝27日、その文面は一世俗が管理している Zenit. org というヴァチカン情報を流すWEBから初公開、発信されました。以下がウヰリアムソン師が書かれた謝罪文。ココんちにも届いたあるね。
The Holy Father and my Superior, Bishop Bernard Fellay, have requested that I reconsider the remarks I made on Swedish television four months ago, because their consequences have been so heavy.
Observing these consequences I can truthfully say that I regret having made such remarks, and that if I had known beforehand the full harm and hurt to which they would give rise, especially to the Church, but also to survivors and relatives of victims of injustice under the Third Reich, I would not have made them.
On Swedish television I gave only the opinion (..."I believe"..."I believe"...) of a non-historian, an opinion formed 20 years ago on the basis of evidence then available, and rarely expressed in public since.
However, the events of recent weeks and the advice of senior members of the Society of St. Pius X have persuaded me of my responsibility for much distress caused. To all souls that took honest scandal from what I said, before God I apologize.
As the Holy Father has said, every act of injust violence against one man hurts all mankind.

+Richard Williamson,
London, 26 February, 2009

以上っっ!
b0070127_20415515.gif これにて 一件落着。
こいつぁ春から縁起が良くなったんで、皆のもの心して節制せよぉおお。
と、高らかに拍子木、いや、天空から鐘が鳴り響いて幕が閉じ、門は開けられ、人々は喜びのうち四方八方に飛び散っていくのであった。パチパチパチ・・・となると思いきや、27日金曜の日没前 にヴァチカンからこの謝罪文についての見解が発表されました。
Le Vatican ne se contente pas du mea culpa de Richard Williamson
ヴァチカンはウヰリアムソン師の「メア・クルパ」に不足を感じている。
¢( ・_・) あのぉ、 mea culpa メア・クルパってなーに? お仏蘭西語ぢゃないよ。

教えて、エラいひとー!


(` ´)b mea culpa メア・クルパはラテン語で、日本語に訳すと「わたしのあやまち」です。カトリックのラテン語典礼において、冒頭まもなく集う者全員でこんなラテン語を唱えます。
mea culpa, mea culpa, mea maxima culpa.
これ 我が過ちなり、我が過ちなり、我が いと大いなる過ち なり
こう唱えながら1メア・クルパに付き一度、右の掌をグーにして自分の胸の真ん中を叩いて、自らの回心を公衆の中で表明する のです。頭をちょっと右に傾げつつうなだられるようにして3度叩くと、いっそう「グー good」なのね。ヴァチカンが今月始めに公での前言撤回をウヰリアムソン師に求めたのだから、こうして送られた謝罪状が「メア・クルパ、どん!」と報道文において例えられるのも「あり」でしょう。
余談ですけれど、27日午後、ヴァチカンからのニュウスに基づいて各社が掲げた記事のタイトルには mea culpa というキーワードがそのまま用いられていることが多く、21世紀になった今も訳なしで共和国民に通じるラテン語単語なんでありますね。おル・フィガロさまなんぞは
Williamson fait un mea culpa a minima
なんてタイトルで記事を掲載しました。サルでも連想できますね。ラテン語で Maxima の反対はどうやら A minima であるっちゅうことを。しかも本当ならTrois (3) mea culpa(s) だろうに un (1) mea culpa って、あーた。「我がいと些細な過ちひとつ」ですかい。
・・・あ、mea culpa って男性名詞扱いだ。メモメモ。
話し戻って、27日午後のヴァチカン側の発表によりますと、ヴァチカンはウヰリアムソン師の謝罪文の内容について不満足であり、なぜ不満足なのかと言うとウヰリアムソン師がかような美しい文を送ってきたところで、彼が なぜ謝っているのか、何について謝っているのか不明瞭だから だそうです。pour qualifier sa lettre de pardon d'«ambiguë»
ココでちょいっとおまいさんにも昨晩、お仏蘭西のニュウスで流れた関連映像のうち一本なんぞ、ご覧あそばへ。
TF1 : Polémique : Le Vatican insatisfait des excuses de Williamson ←↑ くりックリック!
Le Saint-Siège a fait savoir que les excuses formulées par l'évêque négationniste restaient insuffisantes.
Le Vatican attend des propos plus clairs, et un vrai mea culpa. ヴァチカンは「より明瞭な内容」と「本物の回心」を待っている。
(*´Д`)=3 えぇええっと、ま・ここっつぁんが先日お話したブエノスアイレス空港でのウヰリアムソん氏の下方から腕をぐうぃいいいんとグーなポーズも動く映像でご覧になれますけれども、どの指とは言いませんが拳骨の上に立ってなくて良かったかな・・・というか、ちらりと見える親指だけでも 

b0070127_1832493.gif うぉおっ、まいがっっ!  Oh, my God!
でありまして、もし白い教皇さまがこの映像をご覧になった段階で、
b0070127_18382325.jpg
いってらっさーい

でしょう。教皇さまだって毎週金曜日に必ず告解なさってんですからして。
仏蘭西のマスコミが好んでラテン語ミサの典礼文から原文のまま引っ張って、こうして掲載しているのも、深読みすればイヤミに取れたりします。というのも、聖書朗読と説教、聖歌以外全文をラテン語で唱えるミサについて、参列者本人が疎外感を感じ、参列している意味がわからないまま義務で参列しているに過ぎなかったと振り返る人が多いこと(ただし、この意見は仏蘭西だけぢゃないよ)、美を語るあまりミサの意味をすっかり忘れて勧誘しているヒトも愚かしくも存在することなどから、このウヰリアムソン師からの謝罪文が「形だけで中身がない」とヴァチカンが評価したことに納得しているヲッチャーが多いようです。メア・クルパと唱えつつ胸を三回叩くのは決まりだからそう動いているにすぎないなら、その動作が回心の表れであり、他人が眺めればいかに美しい姿であっても、その中身が空で内容がまるでなかったら?教皇さまがウヰリアムソン師に尋ねているのはまさに謝罪の中身、内容です。ウヰリアムソン君がこの文で謝っているのはテレビ出演でしょうか。「I believe....」を繰り返しつつ自分が信じていると述べたこと?個人が信じようが信じまいが事実は事実なんだがな。例えば、個人が神を信じなくても、神はいる。← カト的抜本です。ウヰリアムソン師個人がいくら「ガス室はなかった」と信じていても、ガス室はあったンです、はい。

上の2009年2月26日付で倫敦からヴァチカンに送付されたウヰリアムソン師からの謝罪状なるものですが、どうもZenit.org ではもう見れなくなっています。というのも、L'Osservatore Romano 紙編集長のフェデリコ・ロンバルディ Federico Lombardi, sj 師がエクレジアデイ委員長であるホヨス枢機卿に対し、ウヰリアムソン師の謝罪文が Zenit にのみ漏れていることについて意見したこともあるのかもしれません。
En outre, ce document n'a pas été diffusé par le Vatican mais par l'agence de presse Zenit - contrôlée par le réseau laïc des Légionnaires du Christ - à qui le cardinal Castrillon Hoyos, responsable de la commission Ecclesia Dei, aurait remis la lettre. Il est vrai que le directeur de la salle de presse du Saint-Siège - le canal officiel d'information - le jésuite Federico Lombardi, avait publiquement critiqué la gestion de cette affaire par le cardinal Castrillon Hoyos. - Le Figaro@27/02/2009 | Mise à jour : 16:34
謎って言っちゃなんですが、このウヰリアムソン師から聖座とエクレジアデイ委員会宛に送られたとされる謝罪文の冒頭に、はっきりと宛先が明記されていないのがおかしいともニュウスで流れてた。
私もそう思うで、しかし。
いっくらウヰリアムソン師でもそれくらいのマナーはご存知でしょうからに。
( ̄□ ̄;)あっ、この謝罪文、おかしいよ。だって宛先がないだけでなく、文の出だしが
The Holy Father and my Superior, Bishop Bernard Fellay,  
聖父および我が長上ベルナアル・フェレ司教
だもの。エクレジアデイ委員会でもホヨス枢機卿でもないわ。...となると、コナンよ。
いずれにせよ、四旬節に入ったところでヴァチカン側のご立腹は美しい謝罪を受け取ったところで収まる気配もないようです。如月も数時間後に終わり弥生月を迎えるっちゅうに、この件の持ち越しは確定と見た、まる

le 28 février 2009, Romain

ヴァチカンも世間もウヰリアムソン師の謝罪について 土曜日没まで 待てるのに、ウヰリアムソン師からの謝罪についてヴァチカンが金曜日没前に態度表明したこと、
(` ´)b これ、ポ、イ、ン、ト 。

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by ma_cocotte | 2009-02-28 17:25 | 破門→波紋→和解→破壊 | Comments(35)
Commented by 匿名 at 2009-03-02 00:50 x
>ウヰリアムソン師がこの世で唯一認めているラテン語典礼において、冒頭まもなく集う者全員でこんなラテン語を唱えるのであります。

先日、2008年1月システィナ礼拝堂での主の洗礼の教皇様のミサは、
パウロ6世のノヴス・オルドを旧祭壇で捧げられたのだとお教えした者です。

また、公開されている、小聖堂での教皇様の朝のミサも、パウロ6世のノヴス・オルドを旧祭壇で捧げられているのだとお教えした者です。

本日も明らかな間違いの記述があります。上にコピーした一文です。

先日、イエズスのペトロさんとのやりとりの中で、
「こんな嘘・・・」とたびたび記されましたが、
上の一文は、「真」ではなく、「偽」ですね。
「嘘」と言われても仕方がない一文です。

読者に教授なさるのなら、正しいことを伝えないと信用がなくなりますよ。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-02 01:33
★ 匿名さま、

  >先日、イエズスのペトロさんとのやりとりの中で、
  >「こんな嘘・・・」とたびたび記されましたが、
  >上の一文は、「真」ではなく、「偽」ですね。

私がイエズスのペトロさんとのやりとりの中で「こんな嘘」とたびたび記し
たのではなく、私が通りすがりさんとのやりとりの中で「こんな嘘」をたびたび
記したことが「真」で、貴殿が書かれた上の一文は「偽」です。
コメントを書かれる前にきちんと確認しないと毎度、確認しないでご自分の
思い込みを書かれる方だと判断されますね。
Osservatore Romano で確認されたんですか?
私がOR紙で読んだのは、Pie Vミサ以前のrite Romain です。

続きます。

Commented by ma_cocotte at 2009-03-02 01:41
★ Pie V messe直前のRite事情ですが、仏語ウヰキに以下のようにあります。
Lorsque le concile de Trente se réunit entre 1542 et 1563, une grande diversité de rites existe dans l'Église latine, la manière de célébrer la messe diffère selon les lieux et les autorités ecclésiastiques. Le concile demande au pape la révision du missel romain et son extension à toute l'Église latine. Ce travail est effectué par le pape saint Pie V en 1570, avec la promulgation de la première édition typique du missel romain.
L'imprimerie devient un instrument puissant au service d'une uniformisation sans précédent de la liturgie occidentale sur le modèle romain.
Le pape Pie V élague les excès liturgiques et fixe les grandes lignes de l'ordo romain. Mais l'ordo tridentin est lui aussi le fruit d'une époque et diffère en de nombreux points des usages médiévaux primitifs.

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-02 01:58
★ 私が読んだOR紙の記事には教皇さまがあげているミサはルターも
あげたであろう典礼であるとあり、当時(1570年以前)はラテン語に統一
される前だったので、教皇B16はイタリア語でこのミサをあげていると
ありました。上の仏文の中にも

 la promulgation de la première édition typique du missel romain

「ローマミサ典書の初版として公布」とあります。
OR紙に掲載されていた記事と重複します。

で、メア・クルパですけれど、司祭が唱えた後、会衆が
Misereatur tui omnipotens Deus, et dimissis peccatis tuis, perducat te ad vitam aeternam.
と唱え、司祭のAmen の後に会衆がメア・クルパを唱えませんか?
以下、転載します。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-02 02:03
★ 司祭、会衆
Confiteor Deo omnipotenti, beatae Mariae semper virgini, beato Michaeli archangelo, beato Joanni Baptistae, sanctis Apostolis Petro et Paulo, omnibus Sanctis, et tibi, Pater, quia peccavi nimis cogitatione, verbo, et opere : mea culpa, mea culpa, mea maxima culpa. Ideo precor beatam Mariam semper virginem, beatum Michaelem archangelum, beatum Joannem Baptistam, sanctos Apostolos Petrum et Paulum, omnes Sanctos, et te, Pater, orare pro me ad Dominum Deum nostrum.

が、会衆が唱えた後、司祭は以下のとおり唱えるので、
Misereatur vestri omnipotens Deus, et dimissis peccatis vestris, perducat vos ad vitam aeternam.

tui/vestri とtuis/vestris の違いとなります。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-02 04:11
★ 匿名さまは以前、私宛に
 >式文を見て、所作を見れば明らかです。 是非、ビデオをご覧ください。
 >イタリア語のノヴス・オルドの典礼文とどこが違いましたか?
 >1990年代に、典礼秘跡省が、ノヴス・オルドを背面祭壇であげる方が
 >良いこともあると、文書で出していることは、ご存じですね。

とコメントを下さいましたが、Paul VI ミサがRite Romain を改めた
ものなので、典礼文が似通っていても不思議ではないのでは?
イタリア語の典礼文はあいにく手元にありませんのでまだ調べていません。
1990年の件について私は知りません。2008年のB16司式の背面ミサは
2007年のモツ・プロプリオ後、自ら公であげる背面ということで話題に
なっただけで、1990年の件にはどこの報道も関連付けしていませんでした。
カトリック教会の歴史から眺めればトリエントミサの典礼と舌のみでの
拝領は「改革」であり、むしろPaul VIミサによってトリエント以前の典礼文と
9~10世紀まで行われていた手での拝領が復活したことになります。
実は伝統ミサではなく改革ミサなんですよね、トリエント式ミサって。
Commented by 匿名 at 2009-03-02 11:34 x
上のコメント、非公開コメントのつもりでお伝えするつもりが、チェックを忘れていました。
いったん削除し、再度そのまま、非コメで投稿します。
Commented at 2009-03-02 11:35 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2009-03-02 11:45 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-02 14:45
★ 匿名さま、非公開コメントの使い方を間違えていませんか?
一番最初に公開したコメントを今更非公開で同じコメントを送付されて、
一番最初のコメント消去を求めたところで何が変わります?
私のコメントだけを公開にして、ご自身は延々と非公開コメントで
命令や見下した内容を続けることを選ぶ意図は何でしょうか?

> ALL
鍵11H35@2009年3月2日はこのコメント欄一番の書き込みのコピーのみです。

続く、鍵コメントは同じHNの方からの削除依頼です。

私が最上段のコメントを消せば話が成り立ちますか?

Commented by ma_cocotte at 2009-03-02 15:04
> ALL

こうも鍵コメについてこのような用い方が複数の論客(とも呼べない、
2番目のコピペのみなんぞ)がいらっしゃるなら、鍵コメントを拒否設定
にするしかないでしょうか。

>上にコメントを残されたお二方
コメントを残すにしても余裕を持って送信してください。

14時間も公開されたコメントを、今更コピペのみで鍵コメで再送し、
ご自分で消せないからブログ主に消去依頼というのは目的は何でしょう?
「匿名」というHNやIPアドレスが電脳上で有名だと自覚あるお立場
なのかもしれませんね。お察し申し上げます。
Commented by anbai at 2009-03-02 20:16 x
曽野綾子(心のともしび) というHNで書きこみなすってる方>
このようなご行為は、どういった意図でなさっておられますか?
もし、その書き込みの元になっている文章が曽野綾子さんが「心のともしび運動」に寄稿されたものであれば、無断引用・転載はまずいです。実際に「心のともしび運動」のサイトで右クリックしますと、そのような表示になります。そういったところからして、印刷物からの引用でも著作権者・著作権管理者に断りなしの引用はルール違反ではないでしょうか?

何より、言うべきこと、言いたいことがあるのならば、ご自身のお言葉で仰るのが一番良いことではないかと思いますが…。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-02 21:41
★ anbai さま、なんなんでしょうね、これ。
自分の生きた言葉を書かずに無断転載の繰り返しではアラシ認定ですかね。
ちなみにHN「謙遜の心」さんとHN「曽野綾子(心のともしび)さんは別の
IPアドレスです。と、いちおうここでお知らせしておきます。
Commented by あんとに庵 at 2009-03-02 22:52 x
本論と関係ないコピペのごときモノは削除しても構わないのでは?
ま・ここっとさんを説教したいのかな?だとしたら筋違いも甚だしいというか、このての人様の言葉を借りて他人様にご高説を垂れたい傲慢なシューキョー野郎ってのはカルト臭臭くて気持ち悪い。

鍵コメってのはブログ主と水面下で話したい人が行うものですが、このての公開上の場では中途半端なシステムなので、ギャラリーに疑心暗鬼を産むなどややこしいことを引き起こすんで、個人的に言いたい方があるならメールにしてくれとかにした方がいいかもしれませんね。

しかしである。そもそもが冒頭のコメを鍵コメにしたい意図が判らない。ナニが目的なのかさっぱりである。間違いを指摘することは恥ずかしいのか?その間違いの指摘内容に自信がないのか?そうとられても仕方ない。堂々と公開上に記せばよろしい。ただし検証は為される。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-03 00:50
★ あんとに庵さま、
どうも今回の場合はご本人がご覧になるまで消さない方がいいようです。
HNが違ってもIPアドレスが一見違っても拙ブログで遊ぶことで快楽を
味わっているようです。自分の快楽になる事項が他人の文を借りての
他者への「謙遜」の押し付けという大矛盾。ご本人が気付いていないのが
イタすぎです。

鍵コメも今回のような(ブログ主の私見ではありますが)悪用というのは
数年前にキーワード起爆する巻き切れさんで、お勉強会で暗記したことを
必死にこのコメント欄でプロバガンダしていた方々以来ですかねぇ(遠い目。
脳みその皺が退化するとこんなことをしても悲しいどころか喜びに
なるようですね。こんな稚拙な遊びが長く続くようなら拙ブログでの鍵
コメ取りやめの方向に動くことにします。
典礼に詳しい方が私の典礼無知をこの場で鍵コメを使って導いて、
別所で嘲笑したところで、教皇庁とウィリアムソン師の問題になんら影響
しません。ご本人に別目的があるだけです。
尊敬する師からいただいたミッションに燃えてるのでしょう。
Commented by at 2009-03-03 05:24 x
謙遜の徳は己が謙遜を意識した瞬間傲慢に転じるものでまことに難いとはヨアンネス・クリマコス(階梯者イオアン)の言ですがそれはさておき。

技術的な話ですが、anbaiさまの
>印刷物からの引用でも著作権者・著作権管理者に断りなしの引用はルール違反ではないでしょうか?

にコメントしておきます。anbaiさまのおっしゃられている引用とはむしろ「無断転載」と呼ぶべきものかと。著作権法の定める引用とは定義から断りなしでしてよいものです。

ただし、引用の公正な慣行といわれる5点ほどの留意点が日本の法慣習にはございます。これは判例などで定まっているもので、私のみたところ上の「引用」はそれを満たさないように思います。どこから引用したものかはっきりわからない・引用と本文の主従が逆転している(ていうか本文ないですよね)などの問題があります。ですので結論としては「ルール違反ではないか」ということに同意しますが、それは「無断の引用」であるからではなく、引用の公正な慣行を守っていないから(そして著者に断ることはこの慣行には含まれない)であることをご指摘しておきます。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-03 06:08
★ 鰤さま、
正確には引用ではなく全文転載です。
元は「心のともしび」HPで、以下に同じ文が掲載されています。
http://www.tomoshibi.or.jp/radio/march2009/2.html

anbai さんがコメントに残されたように、上のURLで右クリックすると

「無断引用・転載禁止」

とメッセージが出ます。上のコメントの場合、「無断転載」と呼ぶべきかと
拝察いたしますがいかがなものでしょう。上は全文転載ですから、おそらく
心のともしび運動本部にまず転載許可をいただく必要があるかと思います。
で、私が傲慢なので謙遜というものを私に教えるためのコピペだと思います。
ご本人が謙遜ゆえに私の傲慢に気付いたのか、私以上の傲慢あっての
気付きなのかはご本人の中の良心がご存知でありましょう。
Commented by anbai at 2009-03-03 09:11 x
鰯さまにフォローを頂いてしまいましたが、大変申し訳ないです。
自分、専門家じゃなくて、一人のブログ管理者として大体分かってればいい程度に覚えていることしか知らんので。勉強になりましたです。

それにしても、まるまる転載でしたか............................orz

コピペ改変とかは無いと思ってましたが、何だかなあ。言うべきことと思って言うんなら、発言者が自分の顔を隠し、他人の文章とその知名度が持つ権威みたいなものを利用する、みたいなことは如何なもんかなあ?
「言うべきことを言う」ってのは、(いくら元は正義感とか善意であっても)そのやり方含め、充分考えつつやらないと。
こんなことをして、結局、どう受け入れて欲しかったのかが分からない。
ここからは管理者判断ですけど、掲載しておくとサーバーの規約上でも問題になりげなので、削除していい → 削除したほうがいい、んじゃないかなあ…とは思いますが。

エキブロ 利用規約
ttp://www.excite.co.jp/exblog/agreement/
Commented by at 2009-03-03 11:05 x
あら全文転載でしたか。それはよくありませんね。わたくしも専門家ではないので、その上での発言としてお聞きください。
・いまのところは、ま・ここっと様は何もしなくても良い
・もちろん、ブログ管理者として消しても良い

具体的な検討をしていませんが(あちらのサイトの許諾条件などを詳細にみておりませんので)、上でご指摘の「「無断引用・転載禁止」条件からすると全文転載は黒に限りなく近いグレーにみえます(いっぽう「無断引用」は法の保護しない主張ですね、むしろ礼儀や社交の次元の問題でしょうか)。

日本の場合、著作権法違反は親告罪ですし、個別の問題には著作権者の意向がそれぞれ重視されます。現在の時点で何もしなくてもよいのではというのは先方の意向がこの件についてはっきり示されたわけではないからです。ただし管理者の善意管理義務というものがございまして、無断転載であることを知った時点でなんらかの対処をしなければ共同責任が問われうる状況であることは確かです。わたくしでしたら、まずは転載された方に転載許諾の有無をお伺いして、一定期間にお返事なければ削除するむね申し添えますが、他にも可能な対処は多々あるかと思います。ご参考になれば。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-03 15:31
> ALL
このエントリーのコメント欄に投稿された以下の3コメントについて

★ 鍵Commented by 謙遜の心 at 2009-03-02 11:47 x
★ Commented by 曽野綾子(心のともしび) at 2009-03-02 19:54
★ Commented by 曽野綾子(心のともしび) at 2009-03-02 19:55

このまま掲載しておきますと、投稿者ではなく私が動かねばならなく
なりますので消去いたします。

この投稿について思い当たる本人は社会性とは何か考えるように。
ったく、こちらがIP拒否しなかったことでこんな遊びで快楽感じてちゃ、
そういう快楽をコソコソ楽しんでいるご本人の四旬節の謙遜はどこに?

お大事くださいね。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-03 15:45
★ anbai さま、ありがとうございます。
該当のコメントについて消す時を見計らっていたので、貴コメントを
頂戴したことですっぱり消せました。

 >発言者が自分の顔を隠し、他人の文章とその知名度が持つ権威
 >みたいなものを利用する、みたいなことは如何なもんかなあ?

自己をまったく見せないこういうコメントを恥ずかしくもなく送信できる人は
社会性に問題があるかもしれませんね。
例えるなら、現状ではこの人物がどこかから盗んだ着ぐるみを着て、
拙ブログというステージに着ぐるみだけ置いて逃げて、着ぐるみが
警察や著者に見つかったところで連絡しなかった私が謝ることになる。

こういうことをするヒトが罪を意識して動いたのか?罪よりむしろ快楽でしょう。
もしカトリックだったら問題だねー。
そもそも神の下の共和であるはずなのに、自分が愚かしいと思う他者に
ついて他人の知名度や権威を見せれば縮むという発想もカトリックとして
「?」です。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-03 16:01
★ 鰤さま、
本文になんら関係ない投げ捨てコメントですし、消し時を考えていたので
二つ前のコメントを残して消去しました。先の鰤さん宛の私からのコメントの
中に出典先のURLを貼ったので、興味ある方はそちらをご覧になるでしょう。
他にも読んで徳につながる話題が多々掲載されているから拙ブログの
コメント欄で読むより数段良いと判断しました。

http://www.tomoshibi.or.jp/

で、拙ブログの次元で語らせていただくならば、ご本人の良心とは
いかに?ですなあ。
それこそ別所で話題になった要理ですが、こうあります。
「全ての人々に同じように良心の声があり、それを無視することはできず、
このような良心の声があるという事実は人間が人間以上の法に服している」
更に、
「良心とは人間の行いの善悪を判断し、善を命じ、悪を禁じ、善をほめ、
悪を戒める神よりの心の声です。」
とあります。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-03 16:09
★ 続きます。

それゆえ、ヒトは誰もが良心に従って生活し、ヒトは良心に対して忠実に
生きることで神のみ旨を全うし「他の人々とよく交わることができる」
ンだそうです。
で、上のカトリック系URLをべたべた残しているヒト。
この良心をどう考えているんでしょうかねぇ。どうもご本人の諸行動が欲望に
従って放射であって、一環になりません。鰤さんがおっしゃる「むしろ
礼儀や社交の次元の問題」だと私も思いました。公衆と私生活の区別が
つかない、ネットの世界をリカちゃんハウスと勘違いしている
とこうなりますね。自分が好き勝手したり公共物を破損しても、自分が
ぼーっとしている間に親が頭を90度下げ、迷惑かけた他者に奔走する。

私、あんたのおかーさんぢゃないから

としか、現時点に拙ブログにこんなことした方には言えませんよ。
まあ、もう寄らないと宣言しつつ、こそこそ寄ってはこんな快楽を続ける
方々に敢えて言うなら、

  あなたがそんなことをしても私はしない、
  私の良心がそういう行動を悪だって言ってるからー

ですね。(爆笑
Commented by 匿名 at 2009-03-05 06:45 x
ま・ここっと様、あんとにあん様、

それでは、公開致します。後ほど・・・。
Commented by 正統性 at 2009-03-05 10:19 x
ma_cocotte様
ご自分の正統性を誇示されればされるほど、閲覧している私の心がとても悲しく憐れな気持ちになってしまうのは何故でしょうか・・・。

人間は必ず間違いを犯す人間です。ma_cocotte様も同じ弱い人間。完全で完璧であるはずはありません。ですから自分は絶対に正しい。と考えている傲慢な人間なんだという印象を与ているようなコメントの数々に多くの人が反応してしまっているのかもしれませんね。

「人を裁くな」と主はおっしゃっておられます。私も傲慢な人間ですから人のことを非難することは出来ませんが、憐れむことは出来ます。あなたのために祈るばかりです。

追記:匿名様の件ですが、ma_cocotte様にとってご不快な内容のものだったようですね。始めは公開コメントで送信してしまい、これではma_cocotte様を辱めてしまうから非公開コメントにして下さいと頼んだ匿名様のma_cocotte様に対する心遣い、優しさが感じられないとは悲しいことです。
Commented by anbai at 2009-03-05 14:45 x
正統性さま>
ご投稿を拝見しまして、「正直、誤解じゃないかな?」と思うのですが。
別に、ま・ここっとさんはご自分の正当性とかいうのを主張されてるわけではないと思いますよ。
このエントリの本題関連に戻りますが、GoogleニュースでWilliamson師のお名前で検索しますと、毎日、一般紙・テレビ局のニュースサイトにニュースが掲載されているのが分かります。日本より余程キリスト教文化が浸透しており、しかも政教分離という点ではかなり割り切りがある欧米でも、

   カトリック司祭が 『ホロコースト否認論者』であること

がかくも問題になるということは「事実」なのだろうと思います。
ドイツ首相がFSSPXでなくバチカンに抗議を入れているのも、ドイツやオーストリアでホロコースト否定が刑事犯罪となるのも「事実」。以上のことは、英文で読めるニュースサイトを見れば分かることです。
また、少なくともこの件が解決しないと、FSSPXはバチカンに従順などの司教団ともお話が出来ないのではないかと思われますが?残念ながら、典礼どころではないところまで来ている、ということでしょう。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-05 16:08
★ サ・・・あ。失礼、匿名さま、
匿名さんは典礼を信じているのですね。
私はB16の司式でしたらたとえフォークミサでもロックミサでも子供の
ミサでも構いません。オーストリアの野外であげられた小雨降る中の
村人とのミサは本当にすばらしかったです。

昨年秋、教皇さまがフランスにおみ足運ばれましたが、どのミサのどの
説教も、
どの信心業のどのメッセージもすばらしい。
教皇さまがもともとはひとりの教区司祭であったことを忘れてはなりません。

典礼好きな方の中には典礼中にずーっとロザリオ唱えてヲッチを
楽しんでいたり、説教中は居眠りまたは上の空の方がいらっしゃる。
典礼の検証なら典礼学に長けた方でも論破されて楽しまれてたら
いかがですか?

どうしてもPaul VI ミサを分断されて生み出された典礼と主張したいのでしょ?
Réformée を日本語で「改革」と吹聴しているからそう思い込み始め、
今では「信じている」だけではありませんか。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-05 16:19
★ 正当性 いえ 今井何某さまですね。きょうは。
毎回毎回、HNを変えてもIPアドレスは同じ方とここに書いて、読者全員に
お知らせしておきます。


 >ご自分の正統性を誇示されればされるほど、閲覧している
 >私の心がとても悲しく憐れな気持ちになってしまうのは何故でしょうか・・・。


正統性さんが自分を悲しく哀れな気持に追い込みたいからでしょう。
そもそも「私の正統性」ではありませんから、ネット上で公開されている
報道各社に意見や記事消去依頼をでも送られたらどうですか?
「私個人が見るのがつらい」って。
誰も貴方のために記事を掲載しているのではありません。

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-05 16:26
★ 正統性さま

 >自分は絶対に正しい。と考えている傲慢な人間なんだという印象を与て
 >いるようなコメントの数々に多くの人が反応してしまっているのかも
 >しれませんね。

貴方しか反応していません。貴方ひとりが多くのHNを使っているだけですもん。
貴方がこの数日、拙ブログで遊んでいる快楽は神さまは全てご存知です。
人と人との間でバレなくても、ご自分と神の関係を軽んじていますね。


  > 始めは公開コメントで送信してしまい、これではma_cocotte様を
  >辱めてしまうから非公開コメントにして下さいと頼んだ匿名様の
  >ma_cocotte様に対する心遣い、優しさが感じられないとは悲しい。

うっかり送信したことでコメントを送信する時に気をつけろ、と公衆で
注意された方々がいたようです。

正統性さんが毎度、想像されたところで実際にないことをあったかのように
書いていますよ。辱めも受けた気がまったくない私にこういう泥を塗らない
で下さい。複数HNで四旬節に快楽を続けているなんて話がつながりません。
ったくカトリックと関係ないエントリーにまで無断転載をいつまで
続けるのです?
Commented by ma_cocotte at 2009-03-05 16:34
★ anbai さま、どうもです。
この問題ですがエヴァンジェリ国の欧州各国と、ミッション国の日本では
世間の取り扱いがまず異なりますね。国民の0.5%しかカトリックが
いない日本で「教皇さまを中心に」(← ココが大切)聖俗界双方から
常にニュウスを流すことはまずありませんよね。

こちらでは普通のニュウスで流れます。映像なしの数秒でも教皇動向が
伝えられることもあります。
今年1月21日以降のFSSPX との問題はGoogle の欧州各言語で
リサーチすれば山のように引っかかります。
おっしゃるとおり、Williamson 問題については欧州内で独逸がもっとも
過敏に反応し、聖俗上層が動いています。

ニュウスにならないようなことでしたら、拙ブログのこれまでの傾向から
して、エントリーすることもないけど、私が発信元と日本語読者に
思わせたいだけなんぢゃないかなあ。
Commented by あんとに庵 at 2009-03-05 16:43 x
正統性様>
冒頭コメについてま・ここっとさんさんを辱めるような記述は無いと思われます。間違いがあるということを指摘しただけで、それについて間違いかどうかま・ここっとさんが応答するだけの話です。つまり、冒頭の匿名さんはあくまでもエントリの批判を行っています。それは冒涜の範囲ではない。議論を投げ掛けているだけでしょう。


寧ろ正統生さんの方がま・ここっとさんや匿名さんの意志を侮辱しているように見えます。苦笑)
つまり、エントリと関係ない本人の姿勢についての感想、つまり「正統性を主張している」とか「傲慢」などという感想そのものが、このエントリ内容と関係のない人格攻撃に堕しているからですし、あくまでも検証を問うた匿名さんの行為を「辱める」といったモノにするのも酷いとしかいいようがない。

つーか正統などと名乗ること自体、すげー傲慢に見えるが、それはさておき、そもそもが発言者への侮辱などリソースのむだ遣いである。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-05 18:09
★ あんとに庵さま、どうも。

正統性さんはご自分の思いをココで披露、欠点が私にあることをご自分が
見つけ、指摘して、教育することが楽しいのですよ。
それが神さまからの思し召しだと確信してらっしゃる。
自分の欲望が「神からの思し召し」になっちゃっているから、こちらが
IP拒否しても、その作業から入り、毎度HNを変えてこんなことを
している。そうしないと自分が満たされなくて、ここ数日は一日一回
コピペごっこです。

昨日の無断転用コピペをいただいたことで、この方宛にカトリックにおける
良心について要理に書かれていることを書きましたが、読んでいないのか、
読んでも理解できないのかどちらかである、と拝察します。
http://malicieuse.exblog.jp/10434228/

なぜこの方が私に要理を学びなおせ、とおっしゃれるのかも今となっては
不思議です。
ヒトとヒトとの間にこだわって、ご自分のココでの行動がご自分と神の
関係をまったく遮断しているから実行できることにご本人が気付いていない。
祈りましょう。
Commented by 匿名 at 2009-03-06 00:05 x
ま・ここっと様

2009-03-05 16:08の私に対するコメント

>匿名さんは典礼を信じているのですね。
>どうしてもPaul VI ミサを分断されて生み出された典礼と主張したいのでしょ?

??なぜ、そういえるのですか??
??そんなことどこにも書いていませんよ。??

私が言いたいのは、

①2008.1.13.システィナ礼拝堂で背面祭壇に向かって捧げられたミサは、「パウロ6世によって公布されたローマ・ミサ典礼書」を用いてささげられているということ。

②教皇様の朝ミサも、背面祭壇に向かって、
「パウロ6世によって公布されたローマ・ミサ典礼書」を用いてささげられていること。

③メアクルパを「集う者全員が」声をそろえて唱えるのは、
「パウロ6世によって公布されたローマ・ミサ典礼書」によるミサの場合である。

という、極めて単純なことにすぎないのです。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 00:47
★ 匿名さま、方々に同じことを繰り返して私は書いておりますが、

     だから何なんでしょうか?

メアクルパというラテン語単語がどの典礼文から引用したとどこの報道
記事に限定されていますか?


  >??なぜ、そういえるのですか??

だって私のエントリーの話題とまったく関係なく、匿名さんはずっと
ご自分の知識をここに披露しているに過ぎないからです。
①、②、③でウヰリアムソン師と教皇庁の関係が改善されますか?
いつ教皇さまがウヰリアムソン師に「貴殿が唱えるメア・クルパの
出自を明確に公で述べればよろしい」とおっしゃってますか?
私が上の記事でメア・クルパに触れたのはフランス国内の報道各社が
今回の新たな展開でメアクルパという単語を用いているからです。

Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 00:50
★ 匿名さまがRite Romain の歴史的流れをどうして無視されて、
Paul VI に限定してここまでこだわるのかも理解に苦しみます。
2000年の歴史の中で1570年から400年間あげられたミサは歴史的
には改革ミサがトリエントミサであって、伝統的ミサがRite Romain に
なります。
トリエントミサが制定されるより前は聖体も手でいただいていた時代も
地域もありました。トリエントミサが制定された時代に印刷術も発展した
こともあり、こういう現状になっているだけです。
教皇さまの朝ミサの話題は私がかなり前に触れた記憶があります。
周りまわってお話をいただいたような気分です。

このエントリーのタイトルを変えればいいですか?
教皇さまは謝罪文を見たところで教皇側が求めている内容にまったく
触れていないことを悲しんでいるのですが。メア・クルパの中身が
知りたいのです。どの典礼からの引用はたまた所作ではありません。
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