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飛び入りして後片付けもしないで去れるとは、
こんにち、そのやふなことをあそばしますとは、オソレオオクモカシコクモ(ココで最敬礼)、どちらの親王さま、姫宮さまであらせられますでせう?

ココ数日、ご自分が知っていること
①2008.1.13.のシスティナ礼拝堂でのミサは、「パウロ6世の名で公布されたローマ・ミサ典礼書」が使用されていること
②教皇様の朝ミサも、同じ典礼書が使用されていること
③メアクルパを「集う者全員」で声をそろえて唱えるのは、「パウロ6世のミサ」においてだということ
を拙ブログに自ら持ち込み、エントリーとは話がそれる方向に持っていく大量のコメントを残し、こちらの質問には何ら答えず消えた方がいらっしゃいます。HNが 匿名 とおっしゃる方で、拙ブログスペースを貸してくださっているエキサイトブログ社から提供されているIPアドレス表示を元に調べましたら、他の掲示板等では別の名前で活躍されている方とまったく同じIPアドレスであるということまでわかったことをまず申し上げておきます。ついでに、数日にわたり 心のともしび運動 HPから御文を拙ブログに無断転載を送信し続けている方とは別人です。

さて、匿名さんが拙ブログのコメント欄に初めてコメントを下さいましたのは、2009年2月25日でした。元は鍵コメントでしたが、今回のこのエントリーのポイントになる部分は別の色に反転いたします。匿名さんが引用した私のコメントについてはにします。
Commented by 匿名 at 2009-02-25 23:39 x
at 2009-02-25 21:05の記述
>そして教皇さまが毎朝7時に小聖堂であげている背面ミサも、毎年1月にシスティナで行われる幼児洗礼式での背面ミサも第一ヴァチカン公会議以前の背面ミサで、イタリア語の典礼文です。
ま・ここっとさん、これだけは訂正してください
これは、まぎれもないノヴス・オルド(パウロ6世の新しいミサ)です。
ノヴス・オルドを背面祭壇であげておられるのです。
〝第一ヴァチカン公会議以前の背面ミサ〟??
〝FSSPXが言う聖伝のミサが誕生する以前の典礼〟??
これは、違います。式文を見て、所作を見れば明らかです。
是非、ビデオをご覧ください。イタリア語のノヴス・オルドの典礼文とどこが違いましたか?1990年代に、典礼秘跡省が、ノヴス・オルドを背面祭壇であげる方が良いこともあると、文書で出していることは、ご存じですね。
こうして初舞台を踏まれた匿名さんが9日後の3月6日になって私宛にこんな問いを別の拙エントリーのコメント欄にお書きあそばされました。
Commented by 匿名 at 2009-03-06 04:16 x
15
ま・ここっと様
>匿名さんが1970年以降のパウロ6世ミサ=ローマ典礼と限定してしまうと
★?????どこで、限定したでしょうか?????
(後略)


Commented by 匿名 at 2009-03-06 00:05 x
ま・ここっと様
2009-03-05 16:08の私に対するコメント
>匿名さんは典礼を信じているのですね。
>どうしてもPaul VI ミサを分断されて生み出された典礼と主張したいのでしょ?

??なぜ、そういえるのですか??
??そんなことどこにも書いていませんよ。??

以上、鍵コメントを悪く用いている一例になりますか。今一度、匿名さんご本人が初めて拙ブログにコメントを残された時のコメント ↑ に戻ってみましょう。匿名さんは
まぎれもないノヴス・オルド(パウロ6世の新しいミサ)
これは、違います
これだけは訂正してください
とご自分でタイプしたコメントを送信、2009年2月25日23時39分付でこちらが着信しています。次に、匿名さんが初送信で引用した私のコメントをご覧ください。
>そして教皇さまが毎朝7時に小聖堂であげている背面ミサも、毎年1月にシスティナで行われる幼児洗礼式での背面ミサも第一ヴァチカン公会議以前の背面ミサで イタリア語の典礼文です。
私は「第一ヴァチカン公会議以前の背面ミサ」と「イタリア語の典礼文」の間に句点( 、 )を使っており、教皇さまがイタリア語で典礼文を唱えているところまでしか私は触れていませんし、それ以上の内容について私は何も書いていません。
典礼文の中身について話題を変えたのは明らかに匿名さんです。
その後も匿名さんは私のコメントを読まずに見てキーワードで反応するだけになり、最終的に以下のようなやり取りになりました。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 05:35 x
★ 匿名さま、何度も同じ文章をおそれいります。
それでもトリエントミサ以前の典礼様式なんですよ。
教皇さまの司式ミサは戻りすぎだったのです。
どうして典礼文にのみばかりこだわりますか?
たとえ典礼文が1970年の改訂版だとしても元は1570年以前のものを
改めたもの
であり、2008年1月13日の典礼様式は1570年以前に
基づくもの
です。
この拙文 ↑ に対し、匿名さんから以下の返答が送信されました。
Commented by 匿名 at 2009-03-06 08:18 x
ま・ここっと様
(繰り返しですが)
>それでもトリエントミサ以前の典礼様式なんですよ。
★「トリエントミサ以前から続いてきた様式」とは、
司祭が背面祭壇の方を向いて=会衆に背を向けて
ミサをささげること、を指しています。
司祭の向き(立つ姿勢、祈る方向)が、
「トリエントミサ以前から続いてきた様式」なのです。
そして、使われているローマ・ミサ典礼書は、
「パウロ6世によって公布されたローマミサ典礼書」なのです。
¢( ・_・) エェエエト?
このエントリーの冒頭に戻ると匿名さんが引き合いに出したあてくしの拙文
>そして教皇さまが毎朝7時に小聖堂であげている背面ミサも、毎年1月にシスティナで行われる幼児洗礼式での背面ミサも第一ヴァチカン公会議以前の背面ミサで、イタリア語の典礼文です。
何か、どこか、間違っていますか?
結果として今回のやり取りを振り返ると9日間にも渡ってインネンつけられたような嫌な気分になります。しかも、匿名さんは最後のコメントで「では、良い四旬節をお過ごしくださいね。」で
あ ば よ っ っ !
これ、電脳界で言うところの釣り?それともヨソのステージで踊り疲れて、イイ汗かいての退散ですか?床に落ちた脂や汗水を拭くのは私の仕事だと? 
b0070127_23384464.jpg
↑ 14世紀に作られた手書によるローマ典礼書  Missel Romain


何度も匿名さんとのコメントのやりとりで「パウロ6世が定めた典礼文」について拘って書き続けられる理由を尋ねましたが、まったく返答がありませんでした。いったい何が匿名さんの目的だったのでしょうか?ご本人が
Commented by 匿名 at 2009-03-06 04:59 x
私の目的は〝事実の確認のみ〟です。
それ以上でも、それ以下でもありません。
とコメントを残してらっさいますが、私は2月26日の段階で匿名さんに、
Commented by ma_cocotte at 2009-02-26 00:36 x
私はL'Osservatore Romano 紙の記事で、その説明を読みましたが
違うのですか。訂正を私が貴殿の指摘のみで勝手にしていいものでしょうか?
と書きましたし、その後も
Commented by ma_cocotte at 2009-03-05 17:20 x
★ 匿名さま、
selon la manière antique attestée universellement dans
tout l’univers chrétien (jusqu’aux prétendues réformes
de Martin Luther qui a voulu célébrer sa cène face au peuple).

・・・・_| ̄|○  まー、いいや。
匿名さんとOR紙で話し合ってください。
等等、私は何度も繰り返しています。が、こんな返答も匿名さんからいただきました。
Commented by 匿名 at 2009-03-06 01:10 x

ま・ここっと様
>匿名さんとOR紙で話し合ってください。
そんな必要はありません。
なんぢゃあ、こりゃあ??確認しないのぉ? 
きょうのきょうまで匿名さんのIPアドレスのみがわかっても、匿名さんの性別もわからなければ、匿名さんがカトリック聖職者なのか、キリスト教神学者なのか、カトリックに関わる修道者なのか、神学生なのか、還俗者なのか、世俗なのか、世俗でも末席なのか、教導資格があるのか、典礼委員長や教会役員に選出されるほどの立場なのか、それともFSSPXのミサに通う方なのか、カトリックとFSSPXの両股かけなのか、私もこの場に集う読者も何も匿名さんについてわからないまま、私がこの電脳上の公衆で
そうですね、
あなたがおっしゃることは正しいです。
と返答できるでしょうか?しかも典礼書の内容、中身については私の独断で正誤判断できるレベルではありませんよ。匿名さんから私に「典礼書の厚さでわかるでしょう?イタリア語の典礼を耳にすればパウロ6世ミサの典礼文だってわかるでしょう?」とまで圧されたけれど、
わかるわけないぢゃん。(*´Д`)=3
おそらく匿名さんは祭壇の向こうに立つことのない私に、祭壇の向こうについての私の知識における正誤を確認して、公衆に知らしめたかっただけだったんだよねぇ。カト的空回りとはこのこと。
言い返せるのなら、舞台の小道具のように分厚い典礼書の中身が真っ白の紙でも祭壇の手前の立場の私には構いません。メアクルパを唱える時に3度胸をたたくのはパウロ6世ミサのみの所作であっても、教皇庁や世間がウヰリアムソン師の件で使用している Mea Culpa という単語の意味はなんら変わりません。辞書で Mea Culpa を引いたとしても「Mea =私の、Culpa=過ち」であって「Mea Culpa : 胸を3回叩く動作」なんて書いてありません。いつ、どこで教皇庁がウヰリアムソン師に典礼所作と典礼文丸暗記という課題を達成すれば無罪放免にするなんて公布し、それを世間の一般全国紙が取り上げて騒いだのでしょう?ご自分の知識を拙ブログで披露することに懸命になり、元の話からご自分の語りたい話題に摩り替えるのもここまで来るといかがなものか・・・つうか、そんなことをしたい匿名さんの目的は何でしょう?
...これで、もし匿名さんが世俗の女性でしたら?
_| ̄|○  なんておそろしい。四旬節だからこんなことがアリエルなのねん。

ここで、各新聞が教皇さまの背面ミサがトリエント典礼ではないことを証明するのに懸命だった理由が何であるか触れてみましょう。

2007年7月7日のモツ・プロプリオについてカトリック新聞紙上で、某カトリック修道会の日本人修道司祭の説明文が掲載された内容を私も友人を通じて拝読することができました。が、その内容は仏蘭西国内の報道で流れた背景とまったく違いました。カトリック新聞の記事には「トリエントのミサが認められるのは『聖ピオ十世会』のような人たちのためです。」(原文のまま)とありましたが、そんな理由は欧州では微塵も流れませんでした。だって、2007年7月7日以前に教区はじめ教区長から認可がおりた複数の修道会聖堂でトリエントミサは絶え間なくあげられていたのですから。
欧州の大地で語られた2007年モツ・プロプリオ発布の経緯は第二次世界大戦終了から63年が過ぎ、背面ミサが目に入っただけで、グレゴリオ聖歌が耳に届いただけでトラウマに苦しむユダヤ人世代の多くがこの世を去ったこと、教皇JPIIが異教の方々に謝罪の行脚を続けられたことの結果としてトリエントのミサをおこなう条件を緩やかにできると見計らったこその実現であるということでした。この裏事情説明が報道で流れたのは2007年はじめで、モツ・プロプリオ公布の半年近く前です。終戦後まもなく欧州各国に帰還したユダヤ系の方々がいろいろと訴訟を起こす際に、トリエントミサなどを絡めて賠償を求めることも続いていたのです。「ちらりと見聞するだけで意識を失う」等。つまり典礼文の内容なんて異教徒には関係ないのです。背面ミサの様子を目にしただけで発症する心身の苦しみをカトリック教徒はわかっているのか?ということが社会問題だったのです。だから、教皇さまが2008年1月13日にシスティナ礼拝堂で背面のミサをあげた時に欧州の一般全国紙が丁寧に説明したのは、教皇さまがあげた背面ミサはトリエントミサではないということなのです。一方で1970年以降に生まれた人々には対面でなく背面のミサなのにトリエントミサではないとなると「そのミサは何というミサ?」となるし、FSSPXとこの団体の支持者が背面ミサであっても典礼が「第二ヴァチカン公会議以降に作られたパウロ6世ミサ」だから「伝統でもなければ、聖伝でもない」と噂を飛ばす可能性が高いので「教皇さまがあげた背面ミサがローマ典礼であり、この典礼は1570年以前は背面かつ現地語だったのだ」と各紙が説明しているのです。
ま、ユダヤ租界もなければ、日系ユダヤ人もユダヤ系日本人もいない日本國にはまったく関係ありませんね。はい。
欧州における第二次大戦終結は1944年5月8日、第二ヴァチカン公会議開催は1962年10月11日。嘘か真か、この18年と5か月3日の間、宗教を越えて世界の平和を考えたからこそローマ典礼がパウロ6世ミサという名で400年ぶりに陽の目を見たとも語られていたりします。果たしてパウロ6世ミサの制定は「ユダヤ人のせい」でしょうか?近代史を涼やかに振り返ればカトリックが第二次大戦以前のように自我を張れない事情があるとしか見えないし、報道で流れたように背面ミサを垣間見ただけでスイッチが入ってしまう方々が21世紀に入りほとんどが帰天していること、JPIIが在位中に先頭になって続けられた償いあってこそトリエントミサの認可手順が緩和されたという事情は私個人はわからなくもありません。もし第二次世界大戦なんかなかったらトリエントミサはずっと堂々と続けられていたかもしれません。
今年に入ってからのFSSPX 関連の話で、教皇さまが4司教破門解除は教会一致までの長い道程の中での一基点をひとつ置いたに過ぎないとおっしゃっていること、本当にそうだと思います。起点ではなく基点です。

拙ブログなんかで自己知識の披露に懸命だった匿名さんより、OR紙や一般全国紙の編集者の方がよっぽどカトリック教会にも、異教徒にも、一般社会にも気遣った記事を提供しています。どうやら「自己の平和」と「自己の満足」は必ずしも同じではありません。
自己が不満足になると予想しても、
世の平和のためにできることを個人がする
今回の件で身に沁みてよくわかりました、まる

le 7 mars 2009, Félicité
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by ma_cocotte | 2009-03-07 17:18 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
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