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夢を体現し、夢を造り、そして旅に出た。
2009年4月16日午前11時少し手前、仏蘭西は中西部の都市ポワチエ Poitiers の北方にあるルゥダン Loudun という人口7,200人ほどの小さな町で、なぜか大司教さまと神聖賢愚帝サルコぢ一世がお鼻とお鼻をごっつんこ。
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Copyright © 2009 AFP

こんな小さな、線路も通っていないような町の古い教会 に神聖賢愚帝だけでなく、ぢスカールデスタン Valéry Giscard d'Estaing 元大統領やフランソワ・フィヨン François Fillon 首相はじめとする歴代首相、野党党首もおみ足を運ばれ、シモーヌ・ヴェイユ Simone Veil 女史もユダヤ教徒なのにご出現あそばされたのです。ちなみにセゴ姐は先約を理由に欠席。

それはなぜかと言うと、1923年6月6日この町に生まれ、2009年4月11日にこの町で息を引き取ったルネ・モノリ René Monory とおっしゃる元上院議長の葬儀ミサがこの町の聖ペトロ教会で執り行われたからです。
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Copyright © 2009 AFP

このルネ・モノリ René Monory なる方ですが15歳で家業である自動車修理工となり、若かりし頃は ル・マンの24時間耐久レース に参加したり、卓球では共和国のベスト15にも選らばれたり、海では12mmの糸で47kgのメカジキを釣り上げた記録も持っていらっしゃる。そういう方面で有名なったルネさんは1955年の市町村議会選挙で政界に入り、1959年には市長さんになってしまい、1961年には県議会議員に初当選。その後、県政において原子力発電所誘致やポワチエ郊外にフュチュロスコープ Futuroscope なる科学遊園地を創りました。そして、そして、1968年には上院議員として中央政界に入り、1977年に工商大臣Ministre de l’Industrie, du Commerce et de l'Artisanat として初入閣、1978年のジスカール・デスタン時代には大蔵大臣 ministère des Finances に任命され、1988年には文部大臣 Ministre de l'Éducation nationale 、1992年に上院議長 président du Sénat と、とん とん ととん。1997年2月には日本國にもいらしてるそうだ。1996年には全国にさきがけてインターネットを地元ヴィエンヌ Vienne 県内の全幼稚園・小学校に導入するという偉業を残しもしました。これはルネさんが元々自動車やバイクなどのメカ好きだったことでの目利きですね、こりゃ。

ココはフランスですのにこのようなエイメリカン・ドリームを実現したかのような成り上がり的人生を全うされた方がいらしたのですわ。正直、驚き。知る喜び。フュチュロスコープ創立なんぞ、ルネさんは「おフランスのディズニー」ですかねぃ。
ルネ・モノリ氏がこの世で体現した人生は神聖賢愚帝サルコぢ一世が目指している自己中の理想世界と正反対のように見えますが、フランス共和国で「小さくされている人々」にとりましてはルネ・モノリ氏の人生もフランスで生きていくための「希望という名のビタミン」かもしれません。失望が絶望に変わらず希望に変わるか。
上を向いて歩いてみようぢゃないか。
ま、どうゆう手段で成り上がったのかその面を今は見ないことにしよう。

le 17 avril 2009, Anicet
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by ma_cocotte | 2009-04-17 04:23 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
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