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『馬鹿と間抜けが集って』の『金集め』 "Ici les Enfoirés"
このビデオ ↓ にはフランスでは有名すぎる「馬鹿者、間抜け」が集っています。



歌手や俳優だけでなく、リベリ Franck RIBERY やセバスチアン・シュバ、いや、シャバル Sébastien Chabal もどこかにいます。この発見難易度は1.3 ぐらいに設定しましょうか。

ココんちのテレビでプロモーションビデオを繰り返し流すチャンネルに設定しておくと、ここ数日、この歌が定期的に流れているせいで、鼻歌がこれになっちゃったぢゃねーか、な週末、いや、週はじめを迎えております。

この歌ですが、慈善団体 Les Resto Du Coeur (れ・れすと・でゅ・くーる、日本語ではハート・レストランと訳されているようです)が年に一度、発売するこの団体を支援する有名人が総出演の歌謡曲なのです。フランス共和国内に慈善団体は数多あり、どの団体にも団体の方針に賛同する支援者がいますが、1985年に当時人気絶頂だったコリューシュ Coluche というコメディアンが創立した、貧困者の、更には最貧困の中にある者のお腹の不足(=食事)と心の不足(=語らい)を助けることを目的としたこの団体には、支援者を集める著名支援者によるチャリティーショーと年に一枚のCD発売で確実な寄付金集めが適っているようです。創立者コリューシュは創立翌年の1986年6月にオートバイ事故で天国に旅立ってしまいましたが、創立者亡き後もこのボランティア団体はぐんぐん成長し、2001年以降は毎年冬(待降節中)のチャリティー番組と、復活祭直後のCD発売で共和国民の注目を逸らしません。うまい運営だと思いますよ。

そんなウマい運営に携わっている人々は自他共に認める「les Enfoirés レザンフォワレ、=馬鹿者、間抜けという俗語」の集まりなのです。傍観している私たちから見れば、プロモーションヴィデオに登場する顔々はあまりにもウルトラ超お金持、名声もある・・・というより、ご本人が歌なり芝居なりスポーツなりで神から比類なきタレントをいただいた方々なんですが、彼らは自らを「les Enfoirés 馬鹿者、間抜け」と称し、とうとう今年発売のCDのタイトルは
"Ici les Enfoirés" ほら、馬鹿者がココにいるよ
このタイトルの真意が通じるのも、フランス語圏がユダヤ・キリスト教生活文化圏だからでしょうか。第一に肩書きで他者を信用するしかない日本國でどう「愚か者」を信用します?
奢り高ぶった連中の集まりには誰も賛同しないンですよ、カトリックワールドは。
神さまからたまたまもらったタレントを社会で生かせて高収入を得るなら、そういうタレントがなく思うように生活できない人に分かち与えるのがキリスト教的平等観でありましょ?栄華を極めた者がどこまで自分をこれでもか、これでもか、と低めて他者に尽くせるか。それが伝わらない限り、欧州のラテンびとは「物的金持ちビト」には熱い視線を浴びせません。世の中というのは庶民で成り立っているんだよ。だから、世の中はそんなに甘くないのだ。

そうは語っても、この団体は有名無名こぞってアンチ・カトリックの集まりだったりもします。でも、育った土台にはキリスト教やユダヤ教の福祉や司牧の精神が色濃く流れているから、こうして宗教も違えば、出自も違う有名人が集まって、彼らができることを行い、寄付を募っているのです。

日本國にもチャリティ活動は数多ありますが、まだ募る側も応じる側も発展途上にありますでしょう?どこからどう育てていくか、まずそこから始め、同時の実りというよりも、数年後に確実に開花し、その後は毎年開花を繰り返せる「土壌作り」と「種蒔き」を丁寧に行うことです。富裕に見える年も怠らなければ貯蓄もできるのです。

YouTube にはこの団体のオフィシャルサイトがあります。http://www.youtube.com/user/lesenfoiresofficiel
どの歌も日本國の福祉環境にいざなうメロディとはかなーりかけ離れているかと思いますが、鼻歌にするとなかなかリズムもメロディもよろしくて、仕事がはかどります。数ある歌の中から、一枚選ぶとするならこちら ↓ かな。




そこはかとなく日本びとには胸にきゅうううんと来るメロディラインだと思います。
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by ma_cocotte | 2009-05-17 16:51 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(8)
Commented by sarah at 2009-05-17 20:35 x
ma_cocotteさま、シャローム
教皇のご訪問、お元気でご無事で本当によかったですね。
ヤド・バシェムでは、ホロコースト生存者の方々が、「わたしは、もとクリスチャンでした。」と、カトリックの修道院や家庭に匿って命を助けていただいたお礼を、教皇にお伝えになったそうです。
教皇がイスラエルを発たれる前のおことばに、ヤド・バシェムでの経験が一番印象に残っているとおっしゃっているのは、この、現実に生き残ることができた人々と言葉を交わされた経験のことだと思えます。
フランスやオランダの修道院や家庭の方々が、命をかけて救ってくださった。生存者の方々にとって、お礼を伝える機会を与えていただいたことで、痛みの軽減になったことでしょう。
ヨハネ・パウロ2世のように、「力が足りなかった」と謝罪されることが無かったのが残念という声もあります。
私は、『ナチスの暴走を許す事になった社会地盤』と、『命をかけて匿われたカソリックの社会地盤』の、天地・雲泥の差を強調・意識し子供たちに伝えていくことが、ずっと大切だと感じます。


Commented by lakeforest at 2009-05-18 07:46 x
なつかすぃ・・歌われている原曲はBarry Manilowの曲ではございませんか?!以下本題から外れますがごめんなさい(汗)。

彼がグラミー賞を取り、真っ白なスーツ姿でピアノを優雅に弾きながら、I write the song を歌ったことを思い出します。彼は売れる前、USでコーラの宣伝を手がけていたんですよね。

この映像では、生き生きとアレンジされていて、様々なかたが自分の色で歌われていますね。ご紹介ありがとうございました。もちろん、支援活動のエントリーも。
Commented by ma_cocotte at 2009-05-18 16:33
★ sarah さま、ヤド・ヴァシェムでの生存者との会話の様子は私も
拝見しました。当時、カトリック教会や世俗信者の家庭に守られた未成年
ユダヤ系の方々にはそれぞれ成長してからの捉え方があり、それもまた
フランスなどではしばしば取り上げられる歴史考察事項だったりします。
今回の教皇訪問について信仰のベクトルと国際政治のベクトルをどう
絡めて捉えるかも傍観する側が丁寧に熟考せねばならないことだと
思います。
国際政治面における相互理解はまだ「はじめの一歩」と拝察しますので
明らかな結果を見るまではまだしばらく時間がかかると私個人は見ています。
Commented by ma_cocotte at 2009-05-18 16:38
★ lakeforest さま、伺ったところで、それこそバビントンに続く消えかかった
脳内フロッピーが作動した気分です。そういえばバリ・マニロウの楽曲に
似ているかも。上の二曲目ですよね?
夕方のBGMはやっぱりバリ・マニロウ、ボズ・スキャッグズですなあ。

支援活動のエントリーですが、小さな赤ちゃんを抱っこして境界線を
越えるシスターがかわいらしくありませんか?赤ちゃんも通院のために
かわいいワンピースを着て。大人は病気を心配しているのに、赤ちゃんは
おでかけがうれしいのだろうな、と思いました。
Commented by sarah at 2009-05-19 12:24 x
善意で助けたのに改宗されたと後から訴えられたり、改宗してもらってクリスチャンとして育っところ戦後ぼろぼろになった’親’が突然現れたり、その後の補償の問題など様々ありますよね。
なぜ、カトリックの謀反息子の尻拭いを、息子が成人してからも要求されるのか、ということもあるでしょう。
(イスラエルの現状でも)政治とは汚れたものという観念自体にも成熟した発展がみられるべきだとおもいます。ユダヤの歴史でいうとバビロン捕囚からペルシャ王国のコレシュ王が解放し神殿の再建まで確保、イェシャヤフは「救世者」と呼ばれていると伝えています。ローマ帝国・ヘレニズム文化が入って来た辺りからユダヤ・イスラエル民族の統一構造に変化が出て来た。第二神殿後期、ユダヤ・ヘレニズム人としてユダヤ・エレツイスラエルと枝を分かれて育ったようですね。パウロがユダヤの金持ち家庭育ちであったか。ヘレニズム側だったかヘブライ側だったか。ラバン・ガムリエルの生徒であったか。など、歴史的事実そのものとしてはとらえがたいものがあるのは、ユダヤ教も初期キリスト教も同様。何が、教えであるのかを、様々なことから学んで行くものだと思います。
Commented by sarah at 2009-05-19 12:25 x
そういった意味で、政治というものはヘレニズム文化・デモクラシー・多神教などが産んで来た政治概念とユダヤの歴史での政治概念は異なると思います。では、何で2王国に分かれることになったのだ、エレツ・イスラエルを離れ、世界中に散ったのだ、というになりますが、そこで、中世・現代のヨーロッパでの試練も含め、現代のイスラエル国の建国に繋げて理解・学んでいくべきだとおもえます。
今回の教皇のご訪問も、宗教だけではなく、政治、概念としてはミッシオネリーも政治の一面だと思います。政治とは、人々の心に平和を訴えて行き、争いを防ぐために働くのが、本来の意義だと思います。イスラエルでミッショネルー活動をしないでくれ、ということは、ある意味、クリスチャンは息をしてくれるな、ということのように感じました。
その意味で今回も学びました。カトリックでは、イスラエルの建国の事実の理解がまだできないように思えます。プロテスタントでは、イスラエルの建国がイスラエル預言者のことばの実現の始まりと受け取るようですが。
Commented by sarah at 2009-05-19 12:31 x
どちらにしても、『聖地イスラエル』ではあるけれど、『ユダヤの国イスラエル』とは言えない・言いたくないようです。今回、教皇の警備陣の中に救急車の待機もありましたが、マゲン・ダビッドのついた救急車の同行を拒まれたそうです。コテルでユダヤ教のラビがユダヤでの聖と忌みの区別を要求されることと、教皇の聖地訪問のための警備でキリスト教での忌みを主張されることは、同じsphereで語る問題ではないように思えます。
国際法上もイスラエルの法律・判例上も、イスラエルは『少数20%アラブ人口等を含むユダヤ・ユダヤ民族の国』です。
キリスト教のほうで、この事実を消化すべきだと思えます。
テレビのバラエティー番組でさえも軽はずみな言動を止め、活発な成熟した会話をして行けたらよいですよね、本当に。

Commented by ma_cocotte at 2009-05-19 16:10
★ sarah さま、いただいたコメントですが、途中から事実と異なっていると
拝察します。
ヴァチカンは今回の聖地訪問において滞在先の習慣を尊重し、カトリックの
習慣を必ずしも主張していません。例えばユダヤ教関連施設やヤド・ヴァシェム
においてもユダヤ教の習慣に従っています。
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