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あら、おたくも?
で、昨晩はどうなさいました?
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la fête des voisins
ら・ふぇと・で・ヴぉわざん
mardi 26 mai 2009

ココんちあたりでは2009年5月26日18時半から通りを閉鎖しての会となりました。ゆえに昨日午前中に通りの角にあるココんち前に市役所がこんなもんを置いていきおったわい。
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昨日は夕方まで雨が降り、止んだものの強い風と肌寒さで盛会にはほど遠く散会してしまいました。
ココ新天地に引越してまもなく3年になりますが、地元でこの企画が行われたのは初めてです。フランス語で言うところのLe lotissement、分譲住宅地なので、ほぼ同時に人が住み始めて3年を迎えるにあたりようやく実行に踏み切れたのかもしれません。

この la fête des voisins という政府推奨の企画を私は知らなくもありませんでした。が、この企画が誕生したのは1999年、花の都はお巴里の17区なので満9歳。どうもHLM(公団)を中心に年々、地方に伝播しているお祭り企画でもあるようです。cf. http://fr.wikipedia.org/wiki/F%C3%AAte_des_voisins

早い話、ご近所付き合いの強化イヴェントで、そこには弱者救済も含まれており、フランスの第三標語のフラテルニテ fraternité、=友愛よりソリダリテ solidalité、=連帯を共和国に集う民が自覚せよ、という願いを込めて政府が共和国民に一押ししているようです。http://www.immeublesenfete.com/

個人が尊重される国として知られていたフランスでだんだんとこのような他者との関わりを促す企画が政府も後押しして共和国民に勧められているのに、かつて「向こう三軒両隣」やら「水打ちするならお隣の分まで」が当たり前だった日本國では年々、町会イヴェントに勢いがなくなって来ているという事実。私自身が日本國でも新興分譲住宅育ちで、今も実家に戻るたび、ご近所との関わりが元気に生きていることを実感しますが、日本國全体を眺めると隣家との関わりさえなくとも生きていける環境の方が増えつつあるのでしょ?他人との関わりをできるだけ減らして生きて行ける。東京に近いにも関わらず私の実家あたりはその波に乗り遅れているようです。昨年、母の通夜も葬儀もご近所の方々が手伝ってくださいました。どの方も私の両親とほぼ同世代、昭和一桁から第二次世界大戦開戦までに生まれた方です。この分譲住宅を見つけて集ったのは若い夫婦ばかりで、各家庭に誕生した子が私を含めた第二世代。第二世代はほぼ全員、新天地に出たので、実家周辺は70台の高齢者居住区と呼べるかもしれません。現在も町会費を集めるのも当番制、ゴミ置き場のお掃除も当番。冬の間、拍子木を持っての夜回りも男性が続けています。盆踊りや運動会もあります。その会場となった運動場が高齢者施設建設のため閉鎖になるという回覧板が周って来たのも、偶然、私が帰省していた時で寂しい風が心を横切りました。母の葬儀の際、疎遠になってしまったご近所の方々に挨拶できて良かった。あの時を思い出すとなんとなく映画「三丁目の夕日」のような独特の連帯を感じ取って、親の世代の先人に感謝もできました。母のおかげですね。こういう生活環境をウザったく思うのが「今の日本人」だとするなら、私は祖国でも「ガイジン」なのかもしれません。紙切れだけの日本人。

さて、おフランス。
中道から左派の方々がフランスの暦の色を変えようとしています。生活文化の面からフランスを眺めると宗教離れが進んでいるとは言え、拭い去り切れていません。ところが、移民や難民の受け入れが続いていることで、どうもフランス古来の、キリスト教と関わる暦に違和を唱えるフランス国籍者が増え始め、彼らに同情し、自分が新しくなり彼らと交わろうとするウルトラ・フロンセ(先祖代々フランスびと)もいます。そんなおフランスの方々は復活祭やクリスマスも「家族のお祭り」という中身に変え、共産思想の人でもクリスマスは「家族の絆を強める日」と目をらんらんと輝かせるのです。昨晩の la fête des voisins (適訳が見つかりませんが、「ご近所祭り」?)も社会党員が長上の市町村で、長上が種を蒔き、役所の職員が水をまき、根が市内に網羅しており、中道より右の世界では根の張り方が今ひとつのようであります。

フランスでは神聖賢愚帝サルコぢ一世が「理想と平和」のコミュノタリズム Communautarisme 再建を促していたりもしますが、近所との連帯による居住区の活性を促す意図ならばともかく、かつてのゲットーの復興にならないことを祈るばかりです。・・・と、ココんちあたりを眺めると、ガイジンの私が住みやすい空気ではなかったりします。私には残念だけど、彼らには満足なのかも。う~ん、難しいけど、私ゃ、おフランスではガイジンだもの。・・・となると、私は日本國でもフランスでもガイジンにゃのだ。私っていったい・・・・?



ε= (´∞` ) なにがボン・クラーヂュ、シュシュだ。...Bof


le 27 mai 2009, Augustin de Cantorbéry
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by ma_cocotte | 2009-05-27 22:30 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
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