<< 独逸だって自由になったンです。 Perinde ac cada... >>
UBI CARITAS, IBI DEUS 国外追放から105年ぶりの帰国
こんにちは6月5日。聖母月から聖心月に移って早五日が過ぎました。
2週間後の6月19日、たぶん晴れemoticon-0157-sun.gif、いや晴れるに決まってる。その日、典礼暦で「聖心の祝日 la fête du Sacré-Cœur 」にあたる19日、長年ベルギーはブリュッセルにいらっしゃるマグダレナ・ソフィア・バラ修道女(230歳)が花の都はおパリ7区にござる聖フランシスコ・ザヴィエル教会 Paroisse Saint-François Xavier にお引越しなさいますことをココで畏れ多くも畏くも告知いたします。
b0070127_20114443.jpg
こちら ↑ がヴァチカンは聖ピエトロ大聖堂に入ってすぐ右上にいつもいらっしゃるマグダレナ・ソフィア・バラ修道女であります。
1779年12月13日、フランスはブルゴーニュ地方に生まれたマグダレナ・ソフィア・バラ修道女は21歳の時、女子教育のために奉献した 聖心会 la Société du Sacré-Cœur de Jésus を創立、1865年5月25日パリで帰天いたしました。マグダレナ・ソフィア・バラという名はラテン語表記であり、本当の御名はマドレェヌ・ソフィ・バラ Madeleine-Sophie Barat とおっしゃいます。

フランスに生まれ、パリで帰天された聖女のご遺体がなぜブリュッセルにおいでなのかと申しますと、どうも1905年12月フランスで完全政教分離法(ライシテ、laïcité)が発布される直前の1904年、棺がパリから追放 les expulsions en 1904 となりブリュッセルに移送安置されたそうです。
b0070127_20361555.jpg
http://www.oeuvre-du-sacre-coeur.be/Transfert-de-Ste-M-Sophie

生前から修道会と子女教育のため長旅を繰り返されたマグダレナ・ソフィア・バラ修道女が帰天後もおん身体が朽ちることなく、多くの人々から取次ぎを願われ慕われたことで、反聖職者主義を掲げるエミィユ・コンブ内閣 Les lois anticléricales du gouvernement Combes に疎まれて国外追放となり、亡命先のブリュッセルで1908年5月24日には教皇ピオ10世により列福され、1935年5月24日には教皇ピオ11世により列聖されました。お棺の中におわしますマグダレナ・ソフィア・バラ修道女は105年目にして今年6月19日祖国に戻り、聖フランシスコ・ザヴィエル教会入口右の聖心小聖堂 Chapelle du Sacré-Cœur に今度こそ巴里が平和である限り、永久に安置されることになりました。こうして、聖女がようやくひとつところに落ち着かれることで、誰もが聖女の「本当の永眠」に心を落ち着かせ、神に感謝の祈りを捧げられるのです。聖女の安らかな永眠のためにもずっと世が平和でありますように。
b0070127_21512530.jpg
カトリックにおいて聖人のご遺体は第一級聖遺物となり、今回のような国境を越えての第一級聖遺物が納められた棺の移動は近年あまりないことですので、6月19日、パリ市内または近郊にいらっしゃる聖心会にご縁あるみなさまがたはぜひおみ足運ばれませ。

パリ大司教区 http://catholique-paris.cef.fr/ によりますと、当日6月19日17時半よりパリ大司教アンドレ・ヴァントワ枢機卿司式による 荘厳ミサ があげられます。

深呼吸してゆったりとこのお話を考えてみますと、魂が抜けて40年も経った聖女の亡骸を、反聖職者主義を掲げる政治家共のせいでフランス国外に追放され、魂がお身体から去り145年、追放から105年経った今も遺体は小さくなれど腐ることもなく、塵にもならず、そのままであるのです。20世紀はじめ、魂が抜けた聖女のお身体を共和国民が慕うことを恐れた政治家たちはその棺を権力をもって消失することで自らを安心させ、恐怖に震える臣民に満足もしました。そうして今も世間で称えられる「完全政教分離」がフランスで実現しても、隣国に移った棺を憐れむ気持も、帰国を願う気持も、人々の思いと祈りは一世紀もの間受け継がれ、棺の帰国が実現しました。これから145年経っても聖女のお姿は、私たちが平和であれば変わりません。と、既に生きながらにして朽ち始めている我が手を私は眺めるのでした。
Cor Unum et Anima Una in Corde Jesu 
“一つの魂、一つの心“
祈りは届きました。

le 5 mai 2009, Igor

なお、聖女の棺が安置される聖フランシスコ・ザヴィエル教会はイエズス会の管轄ではなく、パリ宣教会 Missions Etrangères de Paris の管轄小教区になります。
[PR]
by ma_cocotte | 2009-06-05 20:51 | 『?』なKTOりっくん | Comments(2)
Commented by lakeforest at 2009-06-08 07:30 x
ご報告に心より感謝。
いつであろうと思っておりましたが、聖心の祝日になったのですね。荘厳ミサ・・・アジアの地よりお祈りします。
Commented by ma_cocotte at 2009-06-08 15:24
★ lakeforest さま
しばらく前、スリーピッカリの卒業生が拙宅にいらっしゃり、その時、
マグダレナ・ソフィア・バラの話になり、ブリュッセルにいらっしゃることを
知りました。なぜブリュッセルなのか今回、このエントリーを書くことで
調べ、いろいろわかり、深く考えさせられました。聖心会もパリ大司教区も
棺がブリュッセルに移動したことについて「追放」や「亡命」の単語を
用いられています。徹底政教分離法は今では美化されていますが、
法成立に至るまで政府が臣民に恐怖を与えての実現だとするなら、
それは「完全な美、理想」ではないと思いました。途上に過ぎません。
こうして聖女が祖国に戻れることは「平和の証」であり、戻られることで
徹底政教分離が理想に近くなれるのだと思います。
世界中の管区長さまが集われるそうですね。
また何かわかりましたらお知らせいたします。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< 独逸だって自由になったンです。 Perinde ac cada... >>