<< あ、そこには触れないで!...... 羅馬のと或る路地に、 >>
疑うも何も、つながっていれば信じられるはず。
少し前、5月の終わり、聖ピオ十世会(Fraternité Sacerdotale Saint-Pie-X、略称FSSPX)から2004年9月16日に追放された後、教皇さまの庇護の下、2006年9月8日仏蘭西は南西部ボルドー Bordeaux 郊外に開校した教皇庁立の善き羊飼い(=キリスト)神学校 L'Institut du Bon-Pasteur の校長であるフィリプ・ラゲリ Philippe Laguérie 神父さまのブログが久しぶりに更新されました。
Spécificité de L’ I.B.P. 善き羊飼い神学校の特徴
http://blog.institutdubonpasteur.org/spip.php?article108
どうも2006年9月の教皇庁立神学校を開校して以降、2年以上が過ぎた今も、多くの方々から学校のあり方、そこに集う司祭と神学生に疑いの目が向けられており、その投げかけられてくる疑問についての解答が今回のエントリーだったようです。

花の都はお巴里五区に聖ニコラ・デュ・シャルドネ教会 l'église Saint-Nicolas-du-Chardonnet というFSSPX が不法滞在したままの教会があります。フィリプ・ラゲリ師は1984年からこのFSSPXの活動拠点教会の主任司祭でしたが、主任司祭としての敬称は le Curé Laguérie ではなく l'abbé Laguérie ラベ・ラゲリと呼ばれていました。それはなぜかと申しますと、私たちがしばしば耳にするル・キュレ le Curé の敬称はその土地の教区長から小教区長 « curé de la paroisse » として任命された司祭に用いられるからです。花の都のド真ん中の教会の長上として活躍されたラゲリ師はFSSPXの長上から神学生教育を命じられたことで1998年、仏蘭西南西部ボルドーにFSSPXに志願した神学生と共に移住、2002年には当時ボルドー市長だった、いや、今もまた市長になったんだけど、アラン・ヂュペ Alain Juppé から聖エロワ教会 l'église Saint-Éloi の使用委任認可 l'autorisation d'utiliser をもらい、神学生を伴ってこの教会に引越ししました。ところが、この頃から神学校の長上としてFSSPX総長に何事も報告しなければなりませんが、神学生をFSSPX司祭にするための教育内容でラゲリ師と総長の間で違いが生じ始めました。それは私的書簡の交換によるものだと今は伝えられていますが、普通の教育ではなく信仰教育での違いなので、一点、一点それぞれが深い問題だったようです。結果、ラゲリ師は2004年9月にFSSPXから追放処分となりました。

さて、路頭に迷ったラゲリ師はどうしたかと申しますと、神学校地元の普通のカトリック教会司祭にボルドー教区長リカール Jean-Pierre Ricard 枢機卿と面談できるか訪ね尋ね、その司祭がボルドー教区に連絡し、教区長からの返事をいただいてラゲリ師と教区長が面談、その後、教区長からヴァチカンに話を持って行き、最後にラゲリ師は教皇さまに直接お目にかかり、これまでの赦しとラゲリ師の心にある喜怒哀楽すべてを教皇さまにお話しました。この面談にはひとつのポイントがあり、ラゲリ師は破門となったFSSPX創立者マルセル・ルフェーヴル Marcel Lefebvre 師への敬愛は今も、これからも変わることはないとはっきり教皇さまに告白していることです。

その頃からボルドーではボルドー市長がカトリック教会に何の相談もせず独断で共有財産をFSSPXに委任したことで訴訟を起こし、カトリック教会が勝訴しました。cf. ボルドー裁判所の公開文書→ Cour administrative d’appel de Bordeaux, 27 avril 2004, n° 03BX00370, Association Eglise Saint-Eloi 教会財産を取り戻した仏蘭西司教団側はなぜかこの教会を教皇庁に渡し、ボルドーの田舎の教会なのに教皇庁直轄の神学校として新たに開校、ラゲリ師を長上に師と共にFSSPXを追放された司祭に任せたのでした。これについては仏蘭西国内の一部世俗信者が教皇庁の判断を不服として署名運動を起こしていた事実もあります。ココんちの近所のマダムもそのひとりぢゃった(遠い目を2006年に焦点をあてるぅ)

で、開校から2年。
今年1月に、ルフェーヴル大司教から違法叙階されたFSSPX四司教についてヴァチカンから破門解除されたこともあり、ラゲリ師の執務室にはルフェーヴル大司教のご尊影も掲げられたようです。ウヰリアムソン師の歴史改竄発言問題もあり、今年前半、FSSPXから追放されたこの神学校が仏蘭西のマスコミにたびたび取り上げられたことで世間に知れ渡るようになり、神学校を「灰色扱い」する人々が増えているのです。そのような疑念について真っ向から反論せず、言葉ではなく態度で示そうと考えられていたラゲリ師が一筆書かざるを得ない判断をしたようで、それが冒頭の ご自身のブログエントリー になります。世間でこの神学校がFSSPXに再び戻るという噂が流れてもいるようで、それについてラゲリ師はルフェーヴル師の下でFSSPXと神学校に多分の共通があるけれど、一方で大きな違いがあるとし、1994年にFSSPXと神学上の解釈の行き違いが始まったと書いています。ルフェーヴル大司教の帰天は1991年3月25日なので、1988年にヴァチカンから破門されて以降、ヴァチカンにつながらないままの「羊飼いの羊飼い」であるルフェーヴル師の帰天からたった3年でカトリックのようでカトリックでない考えがFSSPXから発芽したことになります。ラゲリ師のエントリーには教会法や諸聖人の言動を出してその違いを述べてます。特に今年、破門解除された4司教のうちのひとりティシエ司教(文中には Mgr Tissier 、本名は Bernard Tissier de Mallerais )が主の復活と昇天の奇跡について否定を唱えていると証言しています。が、私の立場ではココでこれ以上、触れません。ラゲリ師はこの神学におけるFSSPXと考えを異にする問題ももちろん教皇さまにお話したことで、以下のとおり。
Que ce soit politiquement, enfin. Dès lors que le Saint-Siège nous a fait l’ honneur de nous reconnaître (et même s’ il ne l’avait pas fait ! ) notre position ne peut-être autiste.
ついに政治面においても、聖座は私たちとFSSPXの考えの違いを再確認し、私たちを受け入れてくださるという光栄を私たちに授けてくださいました。こうして私たちは自閉症の立場でなくなりました。
・・・なんと。ラゲリ師はFSSPX をカトリック教会における自閉症 autiste と譬えますか。

兎にも角にも、聖域に住まう者でない立場の世俗に住む者は聖域にいらっしゃる方々と同じ価値の魂を身体に携えていても、世俗にいる以上、聖域の方々と役割が違います。分相応にラゲリ師が教皇さまにお話した神学の面に触れずとも(てか、こうしてエントリーに公開されていることを読んだところで善悪やら正誤判断を私たちができません)、FSSPXから離れてヴァチカンとボルドー教区の庇護の下、開校から2年、ラゲリ師の神学校で司祭になるべく24/24、7/7奉献している神学生の中にはローマで修道生活している方々もおり、その様子は国営放送で紹介されました。cf. l'Institut du Bon Pasteur à Rome これを見れば、長上や養成の下、会則に従った修道生活を守り、各自が志望した教皇庁立大学で学び、フランスでは単独小教区扱い(つまり、他の小教区との共同司式などは教区長の認可 autorization et permis が出ないかぎり絶対できない)であるにも関わらず、ローマでは教皇さまが近隣の一般小教区と社会司牧面で協力するように、と思し召したことで、神学生たちは教会学校など手伝うこともできるのです。仏蘭西国内でも、枢機卿さまや司教様を招いて叙階式や堅信式が行われており、その高位聖職者方がヴァチカンにつながり、そこには教皇さまがおり、教皇さまの先には神さまがいらっしゃるのに、世俗の羊が何を疑うのでしょう?

le 10 juin 2009, Landry

確かに、神の牧者神学校に在籍し、ローマで修道生活を送る神学生方が Disputationes theologicae というブログを立ち上げたのです。cf. http://disputationes.over-blog.com/ 羅典語のタイトルは「神学論争」と訳してしまってよいのでしょうか?中を覗けば、L’herméneutique de Vatican II 、つまり「第二ヴァチカン公会議の解釈学」など le Concile Vatican II (第二ヴァチカン公会議)が画面いっぱいちりばめられておりますから、このブログが第二ヴァチカン公会議について disputer (口論する)、disputailler (つまらないことを長く言い争う ← ただし、古語)と捉えて怒髪天突いたり、逆にこの神学校は「隠れ反第二ヴァチカン」と喜ぶ羊さんが世界中に湧いて出て来るんでしょうが、両者の考えとも薄っぺらたい。第二ヴァチカン公会議の実りを見るためには検証は大切な作業であるし、このブログが軌道から外れて自閉し、独善解釈することはないでしょう。だって、彼らは世界中のどこでも小教区、教区に関わり、聖座につながっているのですから。
[PR]
by ma_cocotte | 2009-06-10 17:28 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< あ、そこには触れないで!...... 羅馬のと或る路地に、 >>