<< 門から外へはそう簡単に出られません。 路地裏に、別れる前の思い出が、 >>
記憶に留めるための難しさやら面倒臭さやら。
ココ ↓ はどこでしょう?
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羅馬巡礼の写真集を開いて時系列や番号で確かめると、Basilique Sainte Praxède (=Santa Prassede)、サンタ・プラッセェデ大聖堂で撮った写真と Basilique Sainte-Marie-du-Trastevere、トラステヴェエレの聖マリア大聖堂で撮った写真の間にこれら ↑↓ 二枚の写真があるのです。

小聖堂であることは間違いなく、上の写真を観察するとこれまた間違いなくベネディクト会に関わる聖堂なんであります。正面のモザイク画が美しいやね。三位一体の下に聖母がおり、左にベネディクト、右にスコラスティカでしょうか?聖母の下にお馴染みスタイルのベネディクトがおりますので、そうなると聖母の左はベネディクト以外でしょうか?聖堂内の絵画は「わーきれいー」という浅瀬で止まっちゃうとそれまでですが、構図に意味やら意図が含まれているので、深みに嵌ると美術だけでなく、文学やら神学やらあらゆる方向へ誘われ、知る喜びを実感できるのです。
で、上の写真を眺めつつついうっかり口が滑っちゃう余計な一言なんですけれど、この祭壇ぢゃ、典礼がなんであろうと原則的には背面ミサしかあげられません。思い起こせば Basilique Saint Paul hous les Murs (日本語に訳しますと、壁の外の聖パウロ大聖堂)もベネディクト会修道院と長屋ということもあり、小聖堂が背面ミサしかできぬ祭壇 のままでございました。ベネディクト会の何かお考えがあるのでしょうか。

そーいや、ベネディクト会で思い出した。
先月24日、かのカッシーノ山 の麓の町に教皇さまがお出ましになり野外ミサをあげられたんだわさ(となぜかケメコになる私)。こちらがビデオ ↓ 、イタリアの地元民向けの素朴な雰囲気のごミサです。
Messe à Montecassino
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00045132&vl=video_nouveautes
ベネディクト会会憲が書かれた修道院の麓ですのに、聖体拝領ではシスターやら世俗女性(だと思ふ。それとも私服の修道会のシスターでしょうか)が捧持者となられておりまして、おいら、ちょいっとヴぃっくりしました。神父さまや男性修道者が数多いらっしゃるのに、彼ら全員が聖体捧持なさらないにもかかわらずシスターや世俗らしき女性が捧持なさる・・・・ふむぅ。な~ぜぢゃあ?が、教皇さまが認められたことですから、まる

話戻って、この記憶にない写真二枚ですが、ベネディクト会にゆかりありそうなので、売店の店番がベネディクト会士だったサンタ・プラッセェデの小聖堂とまず思いつきましたが、写真の記録を見るとどうも既に私がトラステヴェエレ地区に入ってからの時間なんであります。が、トラステヴェエレの聖マリア大聖堂の歴史を眺めるとベネディクト会よりドミニコ会が関わっているようで・・・となると、この小聖堂はどこ?と。

この方 ↓ はベネディクト会にゆかりある聖ブルーノ Bruno ではないかと思うのです。
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白装束と言えばシトー会。シトー会創立者と言えばブルーノ。ですけれど、ベネディクト会の一派に白装束の男子修道会があるのも事実です。こちら ↓ はフランスはコンクでサンチアゴ巡礼者のための宿を管理されているベネディクタンの様子です。
L'abbaye de Conques dans l'Aveyron
http://tf1.lci.fr/infos/culture/0,,3427457,00-abbaye-conques-dans-aveyron-.html
本当にこの二枚の写真はどこでしょう?

この写真を撮影した日はローマ巡礼旅行第三日目で、この日は朝7時すぎからヴァチカンに缶詰ブロイラーで、午後は疲労マックスでサンタマリアマッジョーレやらサンタプラッセェデ、更にはトラステヴェエレに移動してサンテジディオ Sant'Egidio の創立メンバーのおひとりとの討論とその後のエキュメニカル祈祷会で、夕食は午後10時近くという超ウルトラスーパーハードスケヂュウルだったこともあり、翌日を含めて記憶がスコーンと抜け落ちた海綿様脳に刻まれたかのようです。← 年齢のせいだとなぜ言えぬ?
兎にも角にも、それは美しい教会美術遺産を拝めても脳内フロッピーがイカレちゃんだし、撮影禁止で写真を撮れなかった Basilique Saint Clément の美しいモザイク画も脳から消えつつあります。消えないでぇええ。どうしても撮影したい理由が私にあるならば、前もってこの教会の主任司祭に誠意ある書面を送れば認可が下りる可能性も無きにしも非ずなのです。それこそ、映画 Into great silence で映画監督がシトー会に撮影許可を求める手紙を送ったところ、院長さまから返事が届いたのが9年後で、映画が完成したのは監督がはじめてシトー会にアプローチしてから16年目だったという事実が既にございます。手続きも面倒臭いけど、待つのも根気がいるのがカトリックの世界のようです。ま、生きているうちに自身の願望がこの映画の監督さんのようにかなうというのは棚から牡丹餅の喜びでございます。
嗚呼、梅雨に入りますと葛桜が食べたくなります。
おいおいお。それにしてもこの二枚の写真はどこなのでしょう?

le 13 juin 2009, Antoine de Padoue偶然にも忘れ物の聖人アントニオさまの日だっぺ。
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by ma_cocotte | 2009-06-13 22:19 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(0)
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