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年に一度の、おめかしの日。
一方、昨夕、盛大に祝われたパウ朗 のストレス解消相手でもある、ヒトの良いペト郎爺にとっても、きょう6月29日はお祝い日なのであります。
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来る日も来る日も世々に至るまで、ココ ↑ でこうして ↓ 万民を待ってくださるペト郎爺であります。こうして遠方からファインダーを眺めたところで、ペトロ上空に気付いてヴぃっくり。ボスコ丼がペトロ、ピオ9世より上にいらしてよろしいの?
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午前8時前に大聖堂に入れば、このように人影のない、ペトロ爺に会えまする。ペトロさんを右に曲がったところにヨハネ23世が永眠されています。

さて、パウロ年の閉会から一夜明け、今朝は9時半から聖ピエトロ大聖堂でごミサ。
運良く、KTO の生中継を拝見できました。眼福。
SOLENNITE DES SAINTS PIERRE ET PAUL : MESSE ET IMPOSITION DU PALLIUM
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00045641&vl=video_nouveautes

ついでに、このごミサ後のアンヂェリュス
Angélus de Rome
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00045651&vl=video_nouveautes
朝の自然光が降り注ぐ大聖堂でのミサ、うるうる。この自然光に抹香の煙が立ち上ると生きながらにして天に昇る道を確かめられるような錯覚に陥る私であります。で、入祭の画面で気付きました。ペト郎がいつものペト郎ではにゃいではにゃいかーいっっ!

魚屋の、いえ、漁師のおっちゃんが、おめかししてる~ ゚+。:.゚ヽ(=´▽`=)ノ゚.:。+゚

こちら ↓ は一年前のきょうの朝の「おめかしペトちゃん」。右端をご覧あそべ。
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こっそりとカメラにVサインを送るペトロ爺 ← 大嘘。

ペトロが羽織られているプルヴィアーレはもしかしてこれ?→ Trésor de Saint-Pierre
ペトロ像のお召し替えは前日の日没前?それとも当日の夜明け前に行われるのでしょうか。おそらく聖職者方、修道者方でプルヴィアーレをかけ、ミトラ 教皇冠を恭しく戴冠するのでしょうけれど、それは私たちにしてみれば年に一度、お雛さまや武者人形をおうちに飾る時のような心のうれしい昂りを秘めた準備作業と似て遠からじなのかもしれません。
Pierre ペトロという方はどうも文武両道の「イイとこのボン」パウロとはまったく反対のキャラと申しましょうか。昨日のアンヂェリュスでも教皇さまがペトロについて「漁師のおっさん un homme pêcheur」という鍵語を出されていましたが、漁師だったペトロがイエズスさまと出会い、逆さ十字刑を選ぶまでの生き様を振り返ると、年に一度、こうして教皇としての美しすぎる装束に包まれることについて「それくらいしてあげようよ」と私は思ってしまいます。 今年は特に、昨年までとは違い、3月にローマに行け、ペトロの墓前でごミサにあずかれ、その時、司教さまがお説教で「もしペトロがいなかったら、今ここに集う私たちは?」と問いかけられたことがずーっと心に残ったままです。仏蘭西語だけかもしれませんが、漁師 pêcheur も(宗教上の)罪びと pécheur もペシュウルと<ほぼ>同じ発音です。なんか意味深?と思ってしまうのはぺの音の微妙な違いに気付けない凡な私だけなのか?そして、ペトロのフランス語表記ピエール Pierre も小文字で pierre と書けば「石」の意味で、「聖書サマの言うとおり、あれれのれ」のフランス生活文化なのです。

ところで、毎年6月29日に最も近い土曜日にフランス共和国内各地のカトリック教会では叙階式が行われます。花の都おパリでは6月27日に10人の新司祭が誕生しました。
Les ordinations sacerdotales
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00045645&vl=video_a_la_une
同じ6月27日、オーストリア、スイスと国境を接する南独逸はヴィグラツバッド Wigratzbad にあるFSSP(1988年、ルフェーヴル派が破門になる直前に教皇に直接助けを求めたことで教皇庁認可となった1962典礼のみを守る男子修道会)の神学院 聖堂にて叙階式が挙げられました。5人の新司祭のうち4名がフランスびと。
Liturgia : Ordinations de ce matin à Wigratzbad (FSSP)
このブログ ↑ はパリ市内の大司教区に認可され1988年以降、1962ミサをあげている教会スタッフによるものですが、FSSPの叙階式の写真がなんと美しいこと。・・・それはあったりめーだですが、一番感動するのは最後の写真ですね。叙階式直後、新司祭から祝別をいただく習慣。この日だけ霊的兄たちと生まれたてのホヤホヤの立場が逆転します。文中に教皇さまとのつながりある叙階式であり、カザフスタンのカラガンガ補佐司教、セレリナの協働司教であるアタナシウス・シュナイダア師の按手、司式とあります。それにしても、眼福。 

そして、きょうの朝、スイスはエコンにて聖ピオ十世会が叙階式を行い、8人の新司祭が誕生したそうです。この叙階についてヴァチカンは違法と既に宣言しています。
France 2 20H : ORDINATION PRETRES INTEGRISTES
聖ピオ十世会は今年度はスイス、独逸、エイメリカにおいて27名の新司祭を誕生させたそうで、ヴァチカンに連なる独逸や仏蘭西の教区司祭誕生数に比べても聖ピオ十世会の方が勢いがあると総長フェレ司教がお説教の中でおっしゃったそうです。ご指摘のフランスの教区司祭ですが、今年は90名の叙階だそうで、昨年に比べ10%減だとか。

AFP : Moins de cent nouveaux prêtres cette année en France

叙階について数で勝負する時代がやって来たのでしょうか?ε= (´∞` )

le 29 juin 2009, Pierre et Paul
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by ma_cocotte | 2009-06-29 23:43 | 『?』なKTOりっくん | Comments(5)
Commented by Lucia at 2009-07-01 10:27 x
聖ペトロより上の方にピオ9世やドン・ボスコが上に位置しているのは、「後から来た者が先になる」→「後から来た者が上になる」ということでしょうか?イエス様ご自身がヨハネの子シモンを「ケファ=岩(ペトロ)」と呼び、その岩の上に教会を建てられたことを考えると、ペトロ像が一番下にあってもいいですね。
フランス語はイタリア語とは全然違って、イタリア語のpescatoreとpeccatoreが殆ど同じなのですね。その違いは、お説教の内容の差にもなるのでしょうか?
Commented at 2009-07-03 19:33 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2009-07-09 20:34
◎ Luciaさま
ペトロ(=石)(のお墓)の真上に聖ピエトロ大聖堂の主祭壇があるという
事実がカトリックにおいては重んじられていますよね。私個人は小、中、高と
この事実について繰り返し宗教の授業で教えられました。
地下の教皇さま方のお墓は印象的でした。偶然、私が座った席のすぐ
隣はベネディクト15世の墓所でした。日本にゆかりある教皇さまだと
後でわかり、デオ・グラシアス!事項でした。
ローマ訪問時に私が聞いた話ではドン・ボスコと同列に並ぶ諸聖人は
教皇直結修道会創立者の方々だそうです。ゆえに聖堂入口すぐ右上に
聖心会創立者マルガリタ・ソフィア・バラ修道女の像がありました。
http://malicieuse.exblog.jp/11180575
他もヴィンセンシオ・ア・パウロやルイ・ド・モンフォール、大テレジアの
聖像、ペトロ像と同じ高さで斜め向かいにロヨラ像がありました。
大聖堂左の門をくぐってすぐの聖堂の外壁にこれからいくつか聖像が
配置されるようでしたよ。
続きます。
Commented by ma_cocotte at 2009-07-09 20:34
◎ フランス語の母音の上につく ^ ですが、s の省略を表わすようです。
主にラテン語由来の名詞の s の略らしく、例えばhôpital(病院),
hôtel(宿), fête(祭)などがイタリア語やスペイン語と比べてわかりやすい
代表例ではないでしょうか?ペシュールという発音は ぺ の「え」の音が
発音記号では異なる表記になり、母音5音の日本人には区別が難しい
ですが、母音16音のフランス人には違いがわかる「え」の音みたいです(涙。
Commented by ma_cocotte at 2009-07-09 20:41
◎ 鍵19:33@03/07/09さま、
角度を変えて見ればピースサインに見える!
爆笑ですよね。
ペトロの人生を知れば知るほど年に一度のお祝い日のおめかしに
もらい泣きしてしまいます(なんて私だけかしら?)。使徒行録を今になって
読み返すと、現代社会における中間管理職の悲哀と連鎖でき、面白く
読めました(使徒行録は不惑以降の読み物かもかも)。パウロはエエ氏の
坊ちゃんで、回心までは贅沢快楽を存分に味わったでしょうが、ペトロは
天に昇って本物の幸福と安堵を知れた人物ではないかと私は想像するので
おめかしペトちゃんに泣けちゃうのかもしれません。
お父さまがペトロで、弟君がパウロだと二人合わせて「家庭の教会」ですね。
やっほー!
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