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正義が真実を語るのです。"que la justice dise la vérité"
それは月曜日の朝でした。
日曜以外、私が毎朝「ながら視聴」している情報番組の中で30分置きに流れるニュウスの第二番、三番目で或る事件が繰り返し流れました。「何を今更・・・?」と内心思いつつ、時は過ぎ、お昼のニュウスでは各放送局とも二番、三番目ではなくトップでその或る事件に触れました。

その 或る事件 とはこちら ↓ の件です。
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Crédits photo : Eyedea Presse/Le Figaro

ご存知の方は写真を御目にするなり画面に10cm以上寄ってしまう、あの事件です。私が「何を今更...?」と思ったことにも納得くださるかと思います。なぜならこの事件は13年前のことで、この事件をきっかけに新たな召命の道を歩み始めた人々が多々おり、その中のひとりが今年はじめにココで紹介したマルセイユの移民居留区で働く元トレーダー修道士アンリ・カンソン Henry Quinson 師であることも話しました。cf. ヒトをヒトが決めた枠から出し「ひとつ」にまとめようとするヒト

この 或る事件 について、今一度。
1996年5月、アルジェリアはチビリヌ Tibhirine にあるシトー会修道院から武装集団によってフランス人修道者7人が拉致、誘拐され、その直後、イスラーム武装過激派集団GIA(仏語:Le Groupe islamique armé, アラビア語: al-Jama'ah al-Islamiyah al-Musallaha)より声明文が出され、誘拐から2か月後に全員の切断された頭部が発見されました。


...と、ここまでは共和国民のほとんどが知って13年を迎え、ココんちなんぞは車で30分ほどの所にこの7人のうちのひとり縁の町があるので、ふら~っと行っては町の聖堂の中の一本の柱に設えてある彼の墓銘 ↓ に黙祷を繰り返してきました。
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月曜以前にこの事件について具体的に耳にしたのは今年3月のローマ巡礼時で、宿舎にヴァチカンに勤務される神父さまがいらした際、その神父さまが教皇さまから任務を拝命する直前までアルジェリアを中心とした北アフリカの宣教に長く関わっていたとお話されたところで、ご子息のひとりをベネディクト会に差し上げたムッシュウがこの事件について、当時現場にいらしたであろうこの神父さまに質問したことでした。観想修道会に行った息子を思う親心があの時、ぐっと胸に来た・・・。


さて、なぜ13年前、アルジェリアで発生した誘拐事件が遺体発見をもって解決したと市井が信じていたにもかかわらず今になってニュウスで流れたのかと言うと、当時の仏(陸)軍将軍だったフランソワ・ビュシュワルテル François Buchwalter 氏がこの誘拐事件について新たな証言をしたからなのです。それはビュシュワルテル将軍がこの事件に関係あるヘリコプター操縦士に近い者(・・・既に遠くないかい?)から聞いた真相だそうで、アルジェリア国軍が怪しい野営地を発見し、武装集団と見做して空より発砲後着陸し確認したところ、フランス人修道士が全身に銃弾を浴びていたと教えられたのだそうです。

月曜日の朝から流れていたこの事件のニュウスについては以下のビデオをご覧ください。
▼TF1 : Les moines de Tibéhirine, victimes d'une bavure ?
▼France 3 :L’affaire des moines de Tibéhirine
▼LCI.fr : Algérie : Y a-t-il eu "omerta" sur la mort des moines de Tibéhirine ?
こうしてニュウスを見るだけで、彼らの墓所や棺が目に入るだけで黙祷してしまいますが、なぜアルジェリア軍の誤爆なのに斬首されていたかに焦点が絞られるわけです。アルジェリア軍がその誤りを隠すために武装集団による事件という話に変えるため、わざわざ7人の修道者の首を、いつものイスラームによる斬首の習慣を用いて切り落としたそうな。「いつものイスラームによる斬首の習慣」というのは頭、手足首をかみそりで切り落とす方法を指すのではないかと思われます。

単純な凡女の疑問ですが、誤爆を隠蔽するために修道者の首を切り落とすまで軍人がせねばならなかったのでしょうか?当初、7修道士の遺体の損傷が激しすぎて遺族にも遺体を見せられないとし、アルジェリア側は遺体を隠したまま棺を渡したそうで、今になって棺の中には頭部しか入っていなかったという意見も出始めてもいます。ただし、仏蘭西とアルジェリアの友好のために仏蘭西政府側もこの事実の隠蔽に加担したのではないか、という疑いもかけられ始めており、こうして月曜日夜明けと共に報道されて以後はじめての週末を迎えますが、ニュウス検索では今も400件以上引っかかり、どの全国紙HP版の一般コメント欄も大量の意見が送信され続けています。

それにしても根本というか抜本において、当時のイスラーム社会主義国家軍に「神」なんてまったく存在しなかったンでしょうね。もちろん、共和国側が加担したとするならその加担した連中の心にも良心なんてなかった。「魔が差す」という表現は瞬間を指すけれど、今回の報道を傍観するなら魔なるものが差すどころか、その人脈が醸し出す空間から神を追い出し、居座ってしまったのでしょう。

事件当時、シトー会側の代表を務めたアルマン・ヴェイユ Armand Veilleux 師はル・フィガロ Le Figaro 紙のインタビューに応じ、«Dites-nous la vérité !» 私たちに真実を話してください!と訴えかけています。他紙の報道を眺めても、文中に正義 La justice の文字が目立ちます。この件は長年のアルジェリア側のイスラームと仏蘭西側のカトリックの聖俗が複雑に絡み合った歴史背景にも着目せねばならなくなりますが、少なくとも仏蘭西側の線数百年の歴史における神なる存在は正義 La justice であり、良心 La conscience であり、平和 La paix であり、愛 La charité です。そして、神のみが全てをご存知であるのだから、今こそ正義が大地の私たちに顕示されるよう、七人の修道者のためにも、残された遺族のためにも祈りましょう、ですね。シトー会の兄弟方はただただそう祈っていると思います。
真実が明らかになりますように。
le 11 juillet 2009, Benoît  欧州の守護聖人ベネディクトの日に。


そして、7人の犠牲者のうちのひとりである当時の修道院長クリスチアン・ド・シェルヂェ Dom Christian de Chergé 師の遺言を以下に。原文は仏蘭西語、和訳は曾野綾子氏の『生きるための闘い』より引用いたしました。
さよならを言わなければならない時に……

 或る日それはやってくるかもしれない。それは今日かもしれない。アルジェリアに住む、すべての外国人を巻き込んでいるテロリズムの犠牲に私がなるとしたら、修道院、教会、家族たちに、私は私の生命が、神とこの国に捧げられたのだということを記憶してほしいのだ。すべての生命の唯一の主が、この残酷な別れと無関係ではないことを納得してほしいのだ。
 私のために祈ってほしい。
 このような捧げものに、私自身は何の価値も見いだせなかったのだが。誰にも関心を持たれず、無名のまま忘れ去られた他の多くの暴力による死と同様に、私の死を数えて欲しい。
 私の生命は、他の人の生命よりも重くも軽くもない。いずれにせよ、それは子供の時のように無垢ではない。私は悪の要素を自分でも持ち、そして何ということだろう、自分を盲目的に打ちのめす他にはびこる悪とさえぐるだったことを充分に知るほどに長く生きて来た。時が来たなら、神と人々から許しを乞うための透明な時間を持ちたい。同時に私をうち殺した人を許したい。
 私はそのような死を望んだことはない。このことはぜひ言って置かねばならない、と思う。
 私の愛する人々が、私の死について、確かに責任があると思って欲しくはない。それは私の喜びなのだ。「甘美な殉教」と呼ばれる私の死について、その犯人であるアルジェリア人にすべての責任を負わせようとするのは、あまりにも過大なことだ。殊にその犯人が、イスラムの信仰に従って行動していると考えている場合には。
 私はすべてのアルジェリア人に注がれる侮蔑というものを知っている。私はまたイスラムを嘲るような態度も知っている。そのために一部のイスラム教徒は、いっそう勇気を振るい起こすのだ。その過激派の原理主義的なイデオロギーが、宗教的に信仰と一致するがゆえに、良心の咎めを感じないのだとするのも安易過ぎる考え方だ。
 私にとってアルジェリアとイスラムは同じではない。それは肉体と精神の関係だ。私はこのことを度々主張して来た。
 今日まで私は学んで来た。母の膝の上、つまり私にとっての最初の信仰の場において身につけた福音の真の言葉の端はしを、私はアルジェリアそれ自身の中に見いだしたのだ、ということを。わたしはこれまでにもイスラム教徒に対して、敬意をかき立てられて来た。
 私の死によって、私がナイーヴで理想主義的だとして片づけて来た人々の意見のほうが正しかったと見えるかもしれない。「あの男がここに至ってどう考えるか、聞かせてもらおうじゃないか」ということだ。
 しかし、こういう人たちにわかってほしい。私の強烈な好奇心が、これによって充たされたことを。これこそが、私のなしうることなのだ、ということを。もしそれが神のお望みであるならば、御父の眼差しの中に浸ることによって、可能なのではあるが。
 そして、神なる御父と共に、イスラムというこれも御父の子供たちのことを、御父と同じ目線で考えて行きたい。キリストの栄光、ご受難の成果の光、聖霊の賜物に充たされて、その人知れぬ喜びが、常に人々との交わりを作り出し、相違を楽しみつつ、類似を作り出すことでもあるのだ。この失われる命は、完全に私のものでもあるが、同時に彼らのものでもある。さまざまなものの中で、或いはさまざまなものがあったにもかかわらず、この喜びの故に、この死が全く神の意志であると思われるために、私は感謝するのだ。これは今から先の私の全生涯を意味付けるものだ。そしてあなた方、過去と現在の隣人たち、この土地の人たち、私の母と父、兄弟姉妹とその家族、その他すべての人々にこの感謝を捧げたい。
 そして、私の最期の時の友人、その意味も知らず私を殺す人、にもこの感謝と別れを捧げる。なぜなら、私はあなたの中にも神の顔を見るからだ。
 私たち二人にとっての父である神が望まれるならば、私たちはゴルゴダの丘で最後にイエスと共に十字架にかけられながら、永遠の命を約束された盗賊たちのように、また天国で会おう。

 アーメン、インシャラー

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by ma_cocotte | 2009-07-11 18:51 | actualité 現時点の現場から | Comments(2)
Commented by Lucia at 2009-07-14 08:00 x
素晴らしい信仰心を証しする遺言書を掲載して下さってありがとうございました。私たちは人間である以上、誰かの手によって命を奪われれば、その相手の人の責任を追及したくなるものですが、純粋に信仰の目で見れば、命を与えられるのも奪われるのも、神様のお考えであると認めねばなりませんね。いつ、どのような形で死の瞬間を迎えるかは、私たち誰ひとりとして知らないけれど、神様が望まれなければ、魂が肉体を離れることはない。その時までに、あるいはその瞬間に大きな苦しみが与えられるなら、それはイエス様のご受難とご死去に重ねあわされることでしょう。私もそんな心の準備をして、その時を迎えられるようにと、勇気と力をお祈りしましょう。
Commented by ma_cocotte at 2009-07-14 16:35
◎ Lucia さま、事件から13年も経って、こうして事件についての再考を
世間がせざるを得なくなったこと驚きましたが、「神さまのお考え」あっての
ことですね。大いなる栄光のためにこの事件は必要だったと思う。難しい
ことですが、それがカトリックなのだそうです。最近、神父さまから改めて
この思考を教えられました。
クリスチアン・ド・シェルヂェ院長さまもマザー・テレサも他者の中のイエズス
さまをいとおしむ気持で、恐怖に値する現実の世界をただただ前進された
と思います。そんな勇気は私にはまったくありませんし、やはりこの処刑の
形については何度聞いても身がよぢれる思いがしますが、どうか魂が
今は天にあり、正義がこの世に示されるよう天と地が祈りあわねば
ならないと思います。どうも良心を見失った、この世の地位に固執した
人々の悪事のようです。でなければ、このようなことはできないでしょう?
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