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この食卓に招かれた『ひとびと』は幸い。 Heureux les invités au repas du Seigneur!
三月の或る日。その食卓に招かれました。
この食卓に招待されたことを誰に話しても、「あなたはなんて幸せな人でしょう。私の分も楽しんで来てください。」と送り出された私です。その食卓は誰もがご相伴にあずかりたいというお願いが世界中からひっきりなしということもあり、私は早朝の待ち合わせになりました。
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↑ 招かれた食卓に向かう私たち。午前7時15分 ↑

地階の食卓で待つ主を垣間見れるという待ち合わせ場所 ↓ に参りますと、
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早朝だと言うのに既に隙なく身支度を整えた威厳ある執事が笑顔で迎えてくださり、「この食卓に招かれるなんてどれほどの幸せ者でしょう」とつぶやきつつ食卓に向かうための垣根戸の鍵を開け、そこから先は赤いおべべに白のシュルプリ、そして両手で蝋燭を持った10歳にも満たない男子が先頭となって私たちを食卓まで案内してくださいました。後で聞いた話では、この少年はこの食卓に住み込みで務めているのだそうです。
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私たちが招かれた食卓の前にも食卓があった!どうも中南米風の食卓である(笑

その食卓の主の名はペトロとおっしゃる。世界の果てまで知られる人物だとかで、今では世界中の国々の愛称でピエトロ、ペドロ、ピーター、ピエール、ピョートルなどなど呼ばれているそうです。このペトロさんが心から信頼する人に招かれ、その食卓があまりにすばらしかったことで、その時を共有したすばらしい思い出を忘れないためにも自ら繰り返し、ペトロさんが信頼したヒトから受け継いだように、ペトロさんが信頼した人にその食卓のすばらしさを伝え、ペトロさんから信頼された人もその食卓のすばらしさを互いに信頼し合える人に伝え、今に至っているのだそうです。世界の隅々まで支店が数々あれど、まさにココは第二支店、元祖の総本店は地中海東岸のエルサレムという町にあるのだとか。そんな由緒ある食卓に招かれたことで、ペトロさんから連なる信頼の中にある方もそこはかとなく緊張しつつ食卓を準備し、あまりにも悦ばしいご慶事だからと、朝も早いというのにパンとワインを集った私たちにふるまってくださいました。「ペトロさん、貴方がいなければ私たちはここに集うことはありませんでした。貴方の存在をこの世にくださった貴方が全きに信頼する方に感謝します」と。それを聴いた私たちも互いに「La paix de Christ 主の平和」と握手し、頬寄せ合い、存在を確認しあったのでした。そして、この食卓のすばらしさをあなたたちも人々に知らせてください、と地上に送り出されて、しばし。

せっかくですからもう一度食卓の上の階でいろいろ見て学びましょうよ、と回廊で食卓を仕切ってくださった方々を待っておりますと、大人、青年と呼ぶには初々しすぎる、おめかしした少年少女たちが次々と現れまして、
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こうして ↑ 男子は男子のみ、少し離れたところに女子は女子のみとはっきり分かれてガイドさんだか責任者のお話を聴いているので、最初は大英帝國からの団体かと想像しました。が、よおおおく凝視すると大英帝國のパブリックスクールならば男子のそばに女子はいないはずだけど、きょうび21世紀になったから「二校共同企画ぅ?」と妄想しました。ところが、もし本当にパブリックスクールだとすると男子の手に帽子がないし、男子の髪型が鞭でお尻ペンペンされてもおかしくない子や、スーツの着こなしがどこか「抜けて」いる・・・おかしい・・・と思い始めたあたりで、「あの子達はフランス語をしゃべってるよ」と私が参加した巡礼団の中からひそひそと情報が。更に数分後にはご子息のひとりをベネディクト会に捧げたムッシュウがあつかましくもピエタ像の前で、スーツ姿の少年のひとりにどこから来たのか質問したら「花の都は巴里の16区、Notre Dame de Passy 」だと教えてもらったと教えてもらった私。それも何のためにかと申しますと、Confirmation 、そう、堅信です。なんとこの学校に受け入れられたお子たちは13歳前後になりますとヴァチカンにて枢機卿でもある(大)司教さまから堅信の恵みに与れるンですと!щ(゚Д゚)щ おいら、ヴぃっくりしました。
「そんなの平等どころか不平等ぢゃん」と私がつぶやいたら、司教さまが「できるんだからいいぢゃん?」とすかさず突っ込み。私たちが一足先に聖ペトロ大聖堂に足を運んで数分後、大聖堂内にオルガンの音が響き渡り、フランスではしばしば耳にするなじみある曲です。共和国内で司教さまが司式される際、そして、昨年9月に教皇さまをお迎えした時、入祭で繰り返し唄われていた 聖歌 です。知らない聖歌ではないから、私が参加した巡礼団の人々がそれぞれ鼻歌のように唄い始め。ココはロオマ、ヴァチカンなのに不思議です。そして、その荘厳なオルガンの音と人々の歌唱に合わせ、先ほど大回廊で見た少年少女たちが緊張した面持ちでの行列が始まりました。
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この行列のカーヴの仕方で気付かれることと思いますが、堅信式が行われたのは主祭壇真後ろの聖堂、カテドラ・ペトリCathedra Petri です。偶然とは言え、食卓に招かれた幸せを噛み締めつつ、馴染みある聖歌を鼻歌しながら大聖堂を見学できたことで私たちはいっそう幸せを感謝できました。Deo gratias!

お子たちの堅信式の写真を撮ることは遠慮いたしましたが、先日6月7日、同じカテドラ・ペトリでフランス語によるごミサが23(ヴァントロワ)枢機卿司式で捧げられ、KTO でご覧になれますのでぜひ。
Messe de la Sainte Trinité
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00045464&vl=video_nouveautes
電脳域における日本語環境で、啓蒙主義の司牧に熱心なあまり形式を軽んじているフランスの典礼と批判が飛び交っていますが、みんなたちがご覧になっての印象はいかがでしょうか。決してエリートの聖俗が集ってのミサではありません。このビデオのごミサの典礼文も聖歌も聖ペトロ大聖堂全体に響き渡っていたことになりますが、カトリックの世界において恥と日本語で貶されるような雰囲気が醸し出されているでしょうか?

ヴァチカンでの食卓、ヴァチカンでの秘跡のよろこびを知った者は、後になってそれを分け与える。こうして2009年3月、ヴァチカンで堅信にあずかったフランスのお子たちも将来、家庭を持った際に血のつながらない子を引き取り、自分と同じ喜びを分かち合えるように育てる子もいるでしょう。フランスのカトリック教会で結婚をする場合、その準備において世界にちらばる不幸な子供たちを夫婦となる男女が引き取り育てることも強く勧められます。それができるご夫妻が実行していること、フランスにいれば自分が顔を逸らさない限り知ってしまう事実はそこら中にゴロゴロしていることです。

le 14 juillet 2009, Camille de Lellis
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by ma_cocotte | 2009-07-14 19:40 | 『巡礼』 Rien de special | Comments(0)
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