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まだまだモメモメの主日勤務。 Travail dominical=le jour de vérité?
これまで何度か仏蘭西共和国において日曜日に勤務することが原則的に法律で禁じられていることについて触れて来ました。和仏辞書で日曜日と引けばディモンシュ dimamche とありますが、共和国内の生きた会話において日曜日はしばしばヂュウル・ドミニカル jour dominical と表わされます。これを再び仏和辞典で確かめますと「主日 しゅじつ」という日本語になります。主日というのはカトリックにおけるシャバアト、安息日で、ユダヤんの生活慣習、旧約聖書創世記の記述から続く「7日に一度、主を思うために完全に休んで祈る日」をさします。つまり、日曜日は主日なので、仏蘭西においては共和国民は基本働けないことに今も定められています。例えば市井の売店やパン屋さんや朝市の出店が主日に開店するためには前もって担当役場や警察などに認可を求め、委任・免状が返ったところで問題なく開店できますが、この仕組を怠った場合は罰金刑になります。他にも土曜夜から日曜日が終わるまで大型トラックは仏蘭西国内の高速道路を走行できないことになっています。国境手前のドライヴ・インで走行できる時間まで待機している大型車の群れを目撃された方も多々いることでしょう。ただし、こちらも関係役場に認可をもらえば動けます。典型例は日曜日に稼ぐ日本人を主とした観光客向けの遊覧バスですね。

1904年末に徹底政教分離法(ライシテ、laïcité)が発布され、1968年の学生革命で完璧に政教は分離されたかのような仏蘭西であってもまだこんな主日勤務障害が2009年になった今も残っておりますが、この慣習を撤廃しようと躍起になっているのがかの神聖賢愚帝サルコぢ一世なんであります。共和国内のマスコミに「仏蘭西の良心」つまり「仏蘭西の神」とまで渾名されてしまったニコラ・サルコぢなる神が共和国大統領なんかに身を窶していることで、彼が所属する政党において神聖賢愚帝サルコぢ一世は表向き代表の座から去りましたが院政、つまり上皇の状態で残っているのも市井があますことなく知っていることです。

サルコぢ一世が院政のまま残る政党 UMP は中道右派の位置づけになり、この主日勤務の問題についても Travail dominical とそのまま使っていますが、中道よりヒダリの諸政党におかれましては日曜日が主日なんてことを「信じている」人間もいなければ、決して「日曜日が主日である」と自らの党のタニマチに教えることはありえません。仏蘭西の歴史を顧みてカトリックの典礼暦や生活慣習と重なる慶弔習慣に関しては、カトリックから分けた新しい意味を編み出しています。例えばクリスマスや復活祭は「家族の日」。そして、この主日についても「7日に一度、家族の愛と絆を確認しあう日」です。

さて、神聖賢愚帝サルコぢ一世の一考ですが、主日である日曜日に他の先進諸国のように商店の開店を認めれば、国も個人も収益が増え、潤い、仏蘭西共和国が栄えるのだ、ということです。ただし、法を改めるにあたり共和国内一斉に日曜労働を実施するのではなく、まずは大都市圏と観光地で暫定実施してみるのはどうかということと、逆にこの日曜日の労働許可について労働者個人の宗旨や家庭事情で断ることができるというものです。近年、この問題はずっと取り沙汰されていたものの、今月に入って報道を賑わし始めたのは、大手スーパーチェーンを中心に暫定実施し始めた主日勤務を拒否した者を次々と解雇しているという実態です。例えば夫婦共働きゆえに日曜日しか家族で充実した時間を共有できないと判断した人々に突然解雇通告の手紙が送られているという現実です。
そして、もうひとつの問題が浮上しており、それは共和国内各地において主にイスラームの方々が以前から日曜日に食料雑貨店を開いていますが、日曜の開店条件を甘くすることでイスラーム系店舗の営業妨害になりかねないことで、実際に収益減を嘆くイスラームの方々が出始めたことです。これはイスラームに同情しきれないと言うか、ユダヤん居留区や商業地区の場合、土曜日に足を向ければ「死の町」状態で、花の都お巴里のマレ地区周辺などは日曜日に訪問すれば週日以上の賑わいだったりします。このあたりの収益のバランスを大都市の親方「三色旗」側は重々考慮して実施すべきではないかと、他人事ながら考えたりします。

ぐゎ、それにしても家族を思うがあまり主日勤務を拒否したところで解雇というのはあまりにお気の毒な話です。

今回もこの主日勤務可能にする決議案について、中道よりヒダリの諸政党や左右に関係なくキリスト教系団体は法改正に反対を表明しています。後白河サルコ上皇が裏に座すUMPはもちろん賛成。
私個人は主日勤務禁止のままで良いです。お金を使わずともそれなりに楽しめることってたくさんあり、日本國にずっと住んでいたら気付けないままだったと家族や友人との食事会や、彼らと共に大自然や歴史建造物訪問を繰り返しながら実感していることです。

一生懸命、週日6日間働く人が家族との時間を過ごすため、または宗旨上の義務で主日なる一日を一斉に休むことは共和国における真の平等ではないのかしら?今までどおり、日曜日に働ける方々に甘えていいンぢゃないかなあ。もちろん日曜に休んだヒトビトは、日曜労働をした彼らの安息日について尊重することで平等が生まれるかと思うのです。共和国と国民の金銭的な潤いを実感するために、家族との時間を過ごす主日を犠牲にするというサルコぢ一世のお考えにはまだ納得行かないままの私です。

le 17 juillet 2009, Charlotte
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by ma_cocotte | 2009-07-17 18:36 | actualité 現時点の現場から | Comments(2)
Commented by きなこもち at 2009-07-22 10:56 x
大手スーパーチェーンの主日勤務を拒否した者を次々と解雇しているという実態にはえげつなさを感じます。
日本でも24h年中無休のコンビニの出現を契機に勤務形態が一線を超えてしまった気がします。
(お正月などせめて三が日ぐらいはゆっくり出来んもんかねぇ・・・
なにも元旦からOPEN初売出しせんでも・・・(ぶつぶつ)
商売優先でますます風情が無くなっていくんでしょうか。
でもバカンスがある御仏蘭西はやっぱりウラヤマシイデス・・・
Commented by ma_cocotte at 2009-07-22 16:34
◎ きなこもちさま、でしょー、でしょ、でしょー?
「信じる」気持ちが基本のフランスで、こういう裏切りを繰り返すことで
疑心を育ててはいないかとガイジンながら心配です。
サルコぢの御世になって、フランスが他の先進国のように!
というスローガンの下、こういうことが起こってばかりです。私の地元は
PSが強いのでサルコぢは「嘘つき」扱いする市井のヒトが多いです。

都内の百貨店が定休を復活する話をしばらく前に聞きました。
私はそれでいいと思います。昭和の時代はお店にも「顔」があったのに、
今はどこもコンビニ化していて、コンビニ化に同化しないと「生き残れない」
というのも薄気味悪いです。

世間は不景気なのに、上の家族を思ったばかりに解雇という事実は
あまりにも気の毒です。
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