<< もし、今、花の都にいらっしゃる... 普通の、ドーナツ。 >>
魚の腹の中で穏やかな凪を待つこと。
永遠の都はローマでの日々がそろそろ終わりを告げようとしていた日、バスに揺られて30分ほど、線路際の鄙びた街道(とは言ってもアッピア街道)沿いで下ろされてしまいました。
b0070127_2151193.jpg
いちおうローマ市内の観光地で必ず見るパニーニ屋台のトラックが停まっているのでこんなところでも観光地のはずなんですが、線路と屋台を背にしたところで目の前にはこんな眺めが広がります。左奥の建物はおそらくフランシスコ会の修道院、真ん中は教会、そして、
b0070127_21535987.jpg
この教会の右手にはカタコンベ catacombe という地下世界へに入るための玄関があります。カタコンベは厳しく撮影が禁じられていますので何も紹介できないのが残念ですが、日本では墓所と知られるカタコンベですが、ここ、Catacombe di San Sebastiano は墓所というよりも地下社会そのものです。その生活空間は21世紀に生きる私たちでも「ココに住んでみたい」と思えるほど整っており、女子にとってはどこかかわいらしい雰囲気が漂う室なども残っていたりします。迷路のような地下道を通る間には欄間のような部分に記された魚の記号もいくつか見られ、地上での迫害から身を隠し地下で生きなければならないヒトビトの心の拠り所、勇気につながっていた話にはグッと来るものがありました。

おそらく地上の建造物の外観が醸し出す雰囲気より、これらの建物の地下空間の方がはるかに壮麗かもしれません。薄暗い地下での見学を終えると上の写真の教会内部の左側から地上に戻ることになりますが、ドアを開ければ、このような世界が目の前に現れます。
b0070127_22163945.jpg
あでやかな立体天井を持つ聖堂です。天井から落ちてきそうだけど落ちてこないのは首に刺さった槍のせいでしょうか。
b0070127_22184764.jpg
彼の名はセバスチアン、ここで殉教したひとりです。
このカタコンベ訪問をふと思い出したきっかけは先の金曜日に訪問した で、神父さまが赤い祭服をお召しになっていたことで「・・・はて?」とまず思い、その後、神父さまがその日の聖人が「シスト2世教皇と同志殉教者」である旨説明してくださいました。教皇シスト2世は3世紀、キリスト教迫害時代に生きた方で、カタコンベでの典礼の説教中に捕らえられ、8月6日、斬首刑に処せられました。この事件を知ったチプリアノという聖人は「信仰と勇気をもって神に身を捧げたのだから、死よりも不滅の生命のことを考えましょう。証する時は恐れるより喜ぶよう。私達は殺されるのではなく、栄光の冠を受けると知っているのだから。」という言葉を残し、自らも9月14日に斬首されました。

カタコンベという地下世界は成人した男女がキリスト教を信仰したことで地上から隠れた世界でもありますが、キリストの昇天から西暦313年のキリスト教が公認となるミラノ勅令までの270数年となると、地下で生まれ地上を知らぬまま地下で死んだ人もいたかもしれません。あのカタコンブの深さからすると地上の陽光が漏れた場所があるとは考え難いですし、もちろんそのような信仰故の命がけの隠遁生活は、地上とは言え、日本における隠れキリシタンの歴史にもあてはまります。国や政治のせいで、自分たちが生活道徳や慣習において世間や他人に迷惑をかけたり、何も悪いことをしていないのに隠れねばならなかったという矛盾を伴った運命には同情しますが、だからと言って軽率に自分のままにならない世間を批判する言動に出て良いものかどうか。ローマにおいてキリスト教が公認されるまでの迫害はすさまじいものでありましたから、当時の国家に反論することはイコール死を意味することでもありました。自身の社会的言動においては慎重にならざるを得ないし、死をかけての運動より、隠れてでも信仰を守る道を選ぶことの方がどういうわけか各自の心の中が平安だったのかもしれません。

きょうび世界の大部分には言論の自由なるものもあるし、人道人権も国際基準らしきものがあり、それから外れた国の方が数えやすかったりします。言論の自由の下に生きるものが声高に世間や現状への不満を表明することは平等に与えられた権利かもしれませんが、少し前、地元の神父様と世間で政治や教会を舌滑らかに批判する人々について話し合った時に神父さまから、そういう自分が不満を持つ時代に自分が存在することも神から自分に与えられた課題かもしれないから自分は「祈り忍びつつ時が来るのを待つ姿勢も神から自分に求められているのではないだろうか?」と言われたことがあります。うぐぐぐ、重い問いかけでござるぞでござったぞ。その言葉を聞いて世の中を見渡すと、まるで世間を船に見立て右に傾き過ぎだの左に傾き過ぎだの騒いでいる人々がいる一方で、そんな船のまわりの大海の魚たちは水の流れと戯れつつ、各魚の軸が安定していたりします。外見が壮麗な船に魅せられて乗り込んだところで、前後左右の大揺れで気分が悪くなるのは命ある人間、船体もきらびやかな内装も命がないから外傷を負うだけです。しかも、安い部屋を取れば、窓のない部屋だから視野狭窄。自分では船から去る勇気がなくても船の前後左右の大揺れで大海に再び投げ出されて大海の平安を知れるとは、船を揺らした海に でお・ぐら~しあす でんなあ。海ができたのは第三日目ぢゃった。船はヒトが造ったもんだっぺ?

かつてカタコンベの中で生きた人にしてみれば地上の迫害を想像するだけで心が不安になったでしょう。が、地下にいれば陽光は恋しくとも通路頭上の魚の絵を眺めては励まされつつ、将来、地上に抜ける扉が動いてそこから一条の光が差し込む日を希望を持って待つことができたでしょう。地上の不平不満に「なぜ私がこんな目に遭う」と叫びつつ突進する手段もなくはないけれど。今の時代を戦国時代に例えるとしたら、信長、秀吉、家康のどのタイプに自分はなるのだろう?「しのんで祈り時を待つ」と私に話してくださった神父さまは家康タイプになるのかな?

さて、もしあなたがカタコンベに隠遁せねばならない立場だとしたらどの道を選びますか?
カタコンベの中で地上の血生臭い騒ぎをよそに、黙って、祈り、時を待つ人々を、外見しか見れない私達がが「何もしてない」と安直に判断し、蔑むことはできません。だって、その人が何をしているか真意をご存知なのは天主さまだけだもん。ね?天に帰れるからと生命を安易に差し出すだけが美談ではありません。いただいた生命をいとおしみ、時が満ち、平和が実ったら、種をすぐ蒔けるよう心の準備を忍んで続けるのも一本の道でしょう。
しのびて、春を待て、雪は溶けて、花は咲かん
エエ歌やぁあああ。
偽を前に決して屈しないのも、義あればこそ。セバスチャンも、ステファノも、他のカタコンベや政情不安にまつわる殉教者方も、故に魂が天に帰ったのです。第二次世界大戦の折、ナチスによる餓死刑の犠牲となったマキシミリアノ・コルベ師はアウシュヴィッツでこんな言葉を残しています。
何も恐れることはありません。
悪くても命を奪われるだけです。
彼等に魂まで奪うことはできません。
自分がなぜ今、こうして、この時代に生きているのか。
わたしたちはさかなのよう、神さまの愛の中で泳ぐ~・・・だったっけ?
この聖歌をはじめて教わった、小学校の校庭朝礼を思い出しました。

なんか聖歌リレーしたくなって来ましたね。え?ドレミファドン?

le 14 août 2009, Maximilien

上から3枚目の写真、聖堂正面右が温かい黄金色で染まっているでしょう?
b0070127_21502578.jpg

小さなドーム天井から陽光射す小聖堂、ここでごミサでした。
[PR]
by ma_cocotte | 2009-08-14 20:41 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< もし、今、花の都にいらっしゃる... 普通の、ドーナツ。 >>