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今日から、ラマダン。 Le ramadan commence samedi en France
今年もイスラーム世界のラマダン(節制月)が始まります。
ラマダン رمضان ‎、le ramadan は、イスラームの生き方の基本である六信五行のうちのひとつで、五行の第四戒である斎戒にあたります。約一か月後のラマダン明けのお祭りの夜イィドリ・フィトリ عيد الفطر ‎、la fête de l’Aïd el-Fitr まで夜明け"lever de l'aube"から日没"coucher du soleil"まで食欲だけでなく性欲などすべての欲望から逃れ、自らを穢れのない状態にすることにあります。ただし、体液による穢れ(例えば女性の生理)があった場合、斎戒が成立しないため、その日数分は日を改めて行わなければなりません。確か夜明けから日没の間は喫煙もならず、ところが、空腹ゆえにもし唾液が口腔内に発した場合、それを飲み込めないために路傍にツバを吐くことが欧州人との揉め事のひとつになっていました。今はどうなんでしょう?そして、移民第二世代より後、仏蘭西で幼児教育から受けているイスラーム教徒の子女がラマダンでも日中にガムや飴玉を食すことが増えたことを嘆く親御さんがかなりいましたね。実際、私ゃ、その手の愚痴を聞いていますが。

イスラームの暦は太陰暦に基づいているため、年々、太陽暦を元にすると十一日ずつ短くなります。この斎戒月はイスラーム暦(ヒジュラ暦)の第九月にあたります。今年のラマダン月ですが巴里あたりで午前5時15分頃に夜明け、午後9時頃に日没となるそうです。うーん、ココんちは巴里より南ですが、今のところ日没は9時半手前くらいですね。この30分、断食している人々には長く感じられるのではないでしょうか。そもそも赤道近くの砂漠地帯でイスラームという宗教が生まれたので、発祥の聖地近辺にお住まいの方々には一年中どの季節であろうと日照時間に差がさほどありませんけれど、欧州に移住したイスラーム信者にとっては(傍観している私には)日照時間の差は大問題です。11日ずつ短くなると言うと、来年以降の数年はもっともつらいラマダン月を味合わなければなりません。お察し申し上げます。

さて、仏蘭西ですけれど、約350万人から500万人のイスラーム信者が共和国内にお住まいです。この150万人の差はありすぎぢゃなーい?と思いますけれど、イスラームの方々って移民であれ、難民であれ、欧州中に親戚が分散しているケースが多く、しかも地中海側のマルセイユ、大西洋側のボルドーの国際港のアフリカ方面へのフェリーの往来は飛行機に匹敵ですし、節約を好むアフリカ出身者は自家用車または国際バスでスペインを横切り、ジブラルタルまで行き、そこからフェリーで対岸に行きます。これが一番安いらしい。移民本人から聞いているからウソではないと思う。つまり、150万人の動きはそれこそ彼らの祖であるアブラハムのノマド生活を連想したりもしますが、ちょっと違いますね。(アブラハムは一族を連れたノマド、仏蘭西のイスラーム移民は親戚の分散による放射旅行ですからして)


こうして仏蘭西に居を定めているイスラーム信者のうち、今もラマダン月に断食を守る人は70%だそう。
22日朝の国営放送France2 のニュウスではマルセイユのアラブ居留区の様子が紹介されましたが、マルセイユには約200,000人のイスラーム信者が住んでいるそうで、今年の場合何が心配かと言うと、この熱暑で日中の労働に差し障りが出そうなことだそうです。
なるほどー。___φ( ̄^ ̄ )
少し前というか、今も確かにイスラーム移民の失業者はかなりいるし、イスラーム生活慣習においては既婚女性の労働が必ずしも喜ばれないこともあります。が、一方で以前は旧フランス植民地から、今は主にトルコから労働移民を受け入れていることがあり、特に建築業界で力持ちの彼らを頼っていたりします。そうかと言って雇用主の多くは欧州人ですから、ラマダンを雇用主はしないし、仏蘭西の暦はカトリック典礼暦が元なのでイスラームに優しい暦ではありません。こりゃ、難しい現実ですが、今朝のニュウスに登場した工事現場の責任者である欧州人の話では、彼らの様子を観察しつつ休憩をうまく取り入れるとのことでした。それにしても難しい、大変ですよ。だってラマダンは水分摂取も厳禁ですから。

ラマダンが始まりましたし、熱暑は木曜夕方あたりから収まってはいるものの夏は夏ですし、日照時間に変わりはなく午前5時から午後9時まで何も摂取しないイスラーム信者さんがたんと其処此処彼処におります。これまで私が仏蘭西で垣間見たラマダン月を思い起こせば、アパルトマンの窓から女性のヒステリックな声が聴こえてきたこともあれば、路上でほんの些細なことで男性同士が相手が動けなくなるまで殴りあいを始めた現場を見たのは数え切れないほどです。一方で仏蘭西共和国の教育施設や就労施設にいればラマダンを理由に欠席することさえできませんが、異教徒の中でもまるでなんら節制していないがごとく穏やかに振舞うイスラーム男女もいます。個人差あれど、安直に一絡げにして「だから、イスラームは・・・」と賛美したり、批判したりするのも考えものです。

イスラームの世界においても富裕と貧困の格差が開いたことで、富裕層のラマダン月の過ごし方が決してイスラームとして褒められるものではないという批判もありますし、ラマダン明けのお祭りに壁も扉も精神的に取っ払って、一銭でも自分より貧しいものを招いて施しを与えること(つまり自分も誰かから施されるのが現実)を万民で祝う宴に紛れ込むのも楽しかったりします。

彼らのためにも「慈悲深い神 Dieu "Miséricorde"」が穏やかな暑さの夏に変えてくださいますように。

le 22 août 2009, Fabrice
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by ma_cocotte | 2009-08-22 17:06 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(9)
Commented by Lucia at 2009-08-24 09:47 x
パドヴァ大学医学部卒業後、同地の病院で医師として活躍しているシリア出身の友人は、イタリア人女性と結婚しています。ある日お宅を訪問した時、彼らは昼食を準備して下さいましたが、その食事を頂いたのは私一人で、ご夫妻は、同じテーブルを囲んで和やかに私と談話しながらも、何も召し上がりません。なぜなら、まさにその日がラマダーンの期間中だったからです。彼は他の時でも、楽しい談話中にも、にっこり笑って、「これからお祈りなので失礼」と席を立って、隣室に一人入って行きました。
カトリックでは以前は金曜日には肉を絶つ小斎がきちんと決められていました(とはいえ、イタリアでは、戦後かなり後まで肉は贅沢品で、それこそ週一回食べられる家庭も少なかったそうで、裕福な人たちに節制と犠牲の精神を促すために小斎があったとも聞きました)が、今では一般家庭でもレストランでも金曜日にも普通に肉料理が中心になっています。
肉体労働者にとって、日の出から日没までは水も飲めない夏季のラマダーンは大変なことだと思いますが、70%のイスラーム信徒はそれを守っておられるのですね。そのために倒れたり体に変調を来たす方はおられないのでしょうか?
Commented by ma_cocotte at 2009-08-24 18:09
◎ Lucia さま、
現実においてはラマダーン中の日中で、公衆において歓迎されないことを
見ることは多分にありますよ。
明るい面から眺めれば、日没の間にいただく食事もデセールも腹持ちが
おそろしく良いので、夜明け直前にラマダーンのために作られたお菓子を
いただけば日中、体調を崩すことはないのでは?とも思われます。

私もかつてインドネシアが関わる会社に勤務した経験があり、インドネシア
出身の役員や社員はそれぞれが方位磁石がついたカーペットを持ち、
それぞれが祈りやすい場所で勤務中でも時間が来ればお祈りしていましたし、
イドル・フィドリの際は異教徒である社員も私宅に招かれてお祝いの膳を
頂戴しました。

フランスですが、公立校や企業でも食堂で金曜日には魚料理が選択できる
ようになっていたり、一般食堂でも金曜日のランチメニュウは魚を出して
いたりしますよ。ですが、今は魚の方が肉より贅沢品の場合もあります。
金曜日には「肉を絶つ」より「贅を絶つ」と自らを戒めるカトさんがフランスで
散見するように思います。
Commented by Lucia at 2009-08-25 09:48 x
溜め食いをするのは、健康上甚だよろしくないと聞いていますが、生まれた時から(はて、乳児にまでラマダーンの規制はないでしょうね?)の生活習慣だと、内臓の方も適応してくるのでしょうか?
イスラームでは、アルコール類は一切禁止ですね。それを使った料理も摂ってはいけないのでしょうか?
でも人間は、一度も経験したことのないもの(こと)に対しては、それを食べるな、飲むな、と言われても、大した苦痛ではないようにも思えます。何回か食べたり飲んだりして、その美味しさを知ってしまうと、それを絶つのは苦痛になってしまうのが人間かも知れませんね。

確かに、イタリアでも日本でも、地方によっては、お魚の方が、ある種の肉よりは高価だと言えますね。まさに、「大好きなもの」、「欲しいもの」を絶つことで、欲望を抑える方が意味があるでしょう。
Commented by ma_cocotte at 2009-08-25 17:18
◎ Lucia さま、ラマダンの間の特別なお食事のせいで、多くの方が
この時期に太ります。
イスラームはお酒だけでなく、アルコールが入ったお酢も使いません。
もてなす場合は細心の心配りが必要です。(ユダヤの方に対してよりは
幾分楽ですが)

四旬節の中、羅馬に滞在しましたが連日、昼夜共肉食のみでした。
修道院でも、です。が、不平をもらしたのは私のみで、他の仏蘭西人から
「四旬節だよ」と注意されました。
Commented by Lucia at 2009-08-26 10:16 x
確かユダヤ教の方たちは、お肉を食べるにしても、どうやって動物を殺すかという方法まで制限されているんですね。イタリアで、農場を持ち、牧畜もご自分たちのためにやっている家庭で、ユダヤ教の方から鶏肉を頼まれたからと、その儀式に則って準備していたのを見たことがあります。日本では皆さんどうやっておられるのでしょうね。
フィレンツェでの私の定宿の修道院(今年学生寮は閉じたそうですが)では、ずっと金曜日の小斎を守っていました。茹で卵かチーズが主菜でしたが、修道院でも毎食肉食と言うところがあるのですね。そこでは逆に、食べたくなくても出されたものを食するのが犠牲と言うことになるのですね。
Commented by ma_cocotte at 2009-08-26 18:40
◎ Lucia さま、
ユダヤんではレビ記、民数記、申命記などの記述のまま全てを行います。
日本でも同様ですよね。トラディショナリストであればあるほど輸入製品など
コシェル表示が重要になります。フランスだとコシェルを扱うお店は正式の
認定看板が掲げられています。
小斎ですが、キリスト教伝統に則ると卵もチーズもいただけません。
日本での私の母校の寮では四旬節だったか「はんぺん様のものばかり出る」
という噂がありました。フランスだと公立校でも金曜のメニューは卵や乳製品
抜きに選択できますから、修道院より公立の方が伝統習慣が維持されて
いるかもしれません。

私のローマ滞在は土曜から金曜朝まででしたが、金曜の移動のためにお弁当を
準備してくださいましたけれど、モッツァレラのサンドイッチ、燻製ハムのサンドイッチ
の二つが入っていました。が、シスター方がどのように金曜日を過ごされているのか
わかりません。同行の司教さま(教区司祭出身)は両方とも召し上がって
らっしゃいました。
Commented by Lucia at 2009-08-27 09:32 x
1966年のことですが、イタリアに最初に行ってびっくりしたのは、カトリック大学の宿舎で、神父さま方も一緒の食事だったのに、神父様やシスター方さえも食前の祈りをされなかったことです。カトリック女子高出の私は、まず12時には全員が起立して「お告げの祈り」を唱えて、それからの昼食前にも、食前の祈りを唱えていたので、「あら、どうしましょう?」という感じで、一人で祈っていました。
でも、留学してミラノ・カトリック大学の女子寮に入ったら、寮長が先唱してちゃんと食前の祈りをしていたので安心しました。
どんなに周囲の状況が変わっても、毎日食事を頂けることに感謝する気持ちだけは忘れないでいきたいですね。
小斎日には卵もチーズもいけないということは知りませんでした。貧しい食事、という意味なら、イタリアでは農家では昔から鶏は飼っていたから、食べることがあったのかも…。といっても、本当の貧しい家族は、スープとかトマトであえたパスタとパンが食されていたようですね。だからパンは今でも安いし、食事に招かれてパンに手をつけないでお惣菜を食べるのは失礼にあたると、昔イタリア人の神父様から伺いました。
Commented by ma_cocotte at 2009-08-27 16:46
◎ Lucia さま、それは驚き!ですね>1966年
私ども夫婦が今もご指導いただいている神父さま(教区司祭)は必ずどこでも
聖別してからお食事に入る方です。フランスには食前のお祈りの聖歌もあります。
食前食後にしても家族や仲間うちなら誰かが意向を述べての祈りなど
心に響くものがありますよね。

卵と乳製品はおっしゃるとおり大斎ですね。ごめんなさい。
小斎の基本は肉を断つですね。
フランスでは貧しくなくても前日の残りのパンが翌朝に出るから、カフェに
浸さないと食べられないのです。パンを焼いてクルトンにしてスープや
サラダに入れるのも日常です。毎朝、焼きたてのクロワッサンやパン・オ・
ショコラを好んで買っているのは独身者です。私もそうでした。
先日、私は別のエントリーで主日の正餐について書きましたけれど、

http://malicieuse.exblog.jp/11781296/

修道院の食卓では金曜日の我慢と、金曜日を入れて3日後の少しだけ
贅沢というメリハリが良いのではないでしょうか。ローマでも修道院での
日曜の夕食でデザートがいつもの果物や缶詰ではなくケーキが出ました。
うれしかったです。
Commented by Lucia at 2009-08-28 08:25 x
フィレンツェの学生寮でも、日曜日の夕食には果物と手づくりケーキとがつきました。それを全部食べるには量が多いので、どちらかを翌朝のために取っておいたものです。しばらく行かないうちに寮が閉鎖されたと伝え聞くにつけても懐かしく思い出されます。
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