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静かに、隠れたまま
花の都は巴里から遥か西、人口三千人ほどの小さく、あまりに静かな町サン・ロオラン・スュル・セェヴル Saint-Laurent-sur-Sèvre に年間約二万五千人もの来訪者があるのも、前ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世 Jean-Paul II がルイ・ド・モンフォール Louis de Monfort なる聖人 ↓ をご贔屓にされ、1996年の来仏時にわざわざこの小村までおみ足運ばれたことで以前にも増して来訪者が増えたと言われています。(故に現在は来訪者が減少方向にあります)
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ルイ・ド・モンフォールは生前、3つの修道会(司祭を含む男子修道会、女子修道会、ブラザーのみの修道会)の創立に関わりました。その三修道会の本部がこの小さな町に点在していますが、ルイ・ド・モンフォールが帰天した場所が女子修道会内であったこともあり、彼の遺品など展示した資料館は女子修道会の本部内にあります。
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女子修道会 Les Filles de la Sagesse の昔の玄関 ↑ と現在の玄関 ↓
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現在の玄関の受付で資料館やルイが帰天した部屋を訪問したい旨を告げますと、入口を教えていただけます。世界中のどこであれ、修道院の建物に足を踏み入れる瞬時の緊張感は同じというのもこれまた不思議。
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こちら ↑ はルイ・ド・モンフォール愛用の机とロザリオです。他にも手刺繍、手縫いの日常お召しだったスータンや祭服など目の当たりにしますとミシンがない時代であったことを訴えかけられ、ぬくぬくと当たり前の便利さに浸って生きている我が身につまされるものがありました。
この資料館の途中右には中庭があり、その対面にルイ・ド・モンフォールが帰天した寝室があります。また、資料館を抜けると女子修道院の回廊があり、その壁面には現在、世界に宣教に出ている修道女方の活動報告パネルが展示されていました。各国の面積や人口など国勢とカトリック側の教勢がわかりやすく書かれており、勉強になりました。
その回廊の一角から修道女方のための聖堂に入ることができました。
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小さなドアから入り、数歩進めて右がこう ↑ 。こ、これが、修道院付き聖堂ぉ?
これにはヴぃっくり!ま・ここっつぁん!でした。ルイ・ド・モンフォールが創立した 男子修道会の聖堂 は20人も入れば酸素が薄くなりそうなほどの狭さでしたが、女子修道会の方の聖堂はへたすると市井の教区教会より広いです。上の一枚目の写真はこの聖堂右の小祭壇になります。

この修道女会聖堂も仏蘭西国内の聖堂らしく、天井や壁は白色に近い石造りでステンドグラスに特長がありますけれど、ま・ここっつぁん個人としては「おや?これは面白い!」ことが大当たりのパチンコ台のような聖堂でした。何が面白かったのかについては、また今度。

le 28 août 2009, Augustin
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by ma_cocotte | 2009-08-28 18:03 | 『巡礼』 Rien de special | Comments(0)
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