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員 数 外 の 夏 。
数日前に「官僚たちの夏」というドラマを見終えました。
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見終えたところで、このムカムカは何だろう?と思考を巡らす数日が続いていたりします。ドラマタイトルに「夏」という文字が入り、お彼岸に最終回を迎えたということで、この視聴後感想をなぞらえると初秋を迎えたさわやかさというよりは、晩夏の酷暑で最後の汗を知るような感覚が心に残っているとでも申しましょうか。
あのドラマの意図はいったい何なのぢゃ?
ドラマの設定は東京、戦後10年目にあたる1955年(昭和30年)から始まり、最終回は小笠原諸島返還あたりだったから1968年(昭和43年)前後だろうと思います。NHKなら兎も角、民放にしてはかなり硬派かつ男子向けドラマだとアンチ・ヂェンダフリなアチシ(←水の江滝子さん風に発声してくらしゃい)には思えたけれど、婦女子の立場で各官僚さんのご家庭のシーンでの様子を楽しみつつ、「~ながら視聴」をしてはおりました。いちおう自分はぁ(←と、昭和40年頃の一高生っぽく)、冷蔵庫もテレビも炊飯器も洗濯機も平民に行き渡ってからの誕生でありますので、そのような家電製品が存在しなかった当時の生活を、当時の市民史と照らし合わせながら知れるだけでも感動でありました。
が、
だ。このドラマですが、途中に衆議院議員総選挙が入り、前後編となり、選挙前までの放映分が第一部、選挙後が第二部と名付けられました。しかも、第二部になり、時代は東京オリンピック後の日本國になりましたが、なーんか目の前で展開されている様子がおかしいというか・・・。変だなあ、違和感あるなあ、と思いつつも毎回見続けていたら、際集会でドつぼに嵌められたというか。
なんだ、あの終わり方は?
第一部終了までは元・公方さまの髪型以外はユルせる範囲の時代考証であり、ストーリーでもありました。実際、ワタクシ事ではあるけれど、親戚に繊維業も鉄鋼業も政治、行政に関わる者もいたので、私が彼らから聞いていた話と多々重なる部分がありました。けれども、第二部はおかしいぞ、明らかに何かがおかしいぞ。・・・そのモヤモヤがこうして週末にまで残ってしまったのでした。

何がおかしいって、第二部以降、通産官僚の過労死があり、政府と官僚の癒着によって第一部前半で振り回された中小繊維業経営者が第二部最終回でもう一度、政府と官僚に振り回されたことで、最後にその振り回された繊維業者のざこばさんが「政府や官僚に振り回されるのはもう御免だから、タイに移住し、一からやり直して自分の名を残す」と言い残すのです。・・・・・えと、ここから先、実際のドラマの方はどう締め括られていたか、
「私の記憶にございません、荒船委員長」
です。↑ わかるかな?わっかんねーだろうな。( ̄ー ̄) ニヤリ
兎にも角にも、ざこば師匠のこの台詞で、私は身も心も ぽかーん 状態に陥りまして、これってフィクション?何か恣意的なものを感じてしまってならないのです。政府と中央省庁への不信感を視聴者に与えたところで The End、海外移住まで宣言させての民衆の底力をアピールしての The End 。なんかおかしくない?(← きょうびの女子高生風に)
このドラマのエンドロールを眺めていれば、某商社のアドヴァイスがあることがわかりますが、政府も官僚も信じられないから民間企業の海外交易のみを信じれば「こんな目に遭わずに済む」とでも三角形の底辺に集う者者に訴えたいのか、それとも、民主党が自民党に代わって政権を取ることを既にテレビ局と製作者側が想定していたから、第二部で政府と省庁の癒着によって振り回されるのは庶民だと視聴者に知らしめ、この10月からの政治改革を肯定的に眺め、応援しよう、と締め括ったのでしょうか。

ああ、単なる私の深読みかもしれませんけれど。

ま、たかがドラマですからね。
われわれがぁ、肌身で知る昭和四十年代とは違う、ということだっ、以上っ。
↑ 本郷三丁目界隈の喫茶店で漏れ聞く東大生の発言っぽく。
が、されどドラマです。
いくら1968年、今から41年前でドラマの幕が閉じたにせよ、小笠原返還のためにエイメリカに巨額投資したことで、沖縄返還にどれほどの金額が国庫からエイメリカに流れ、それを推進したのが須藤(実際は佐藤栄作氏でしょ)総理で、結果、ドラマには描かれてはいないけれど1974年にノーベル平和賞をいただいていることになります。穿った見方をすれば、このドラマによってこの平和賞をゲットできたのもこういうテーブルの下があったからだ、とツルツル脳の私なんぞはかなり強い力で手を引っ張られて、その思考が正しいという世界に誘われているようにも思えました。

ああ、単に私の思い込みでしょうけれど。

・・・・てか、このドラマですが・・・、昭和四十年代の東京駅から新橋駅あたりを知る方ならば、「本郷もかねやすまでが江戸のうち」だから東京大学は江戸ぢゃないとご存知の方ならば、多くの方が私のような違和感をあのドラマを見終えたところで持たれるのではないでしょうか。私はまだ原作を拝読していませんが、原作もこんなオチなんですかあ?そりゃ、こめかみを人差し指でポリポリだなあ。
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霞ヶ関に最も近いテレビ局がこのドラマに関わっているというのが片腹痛いところでありますな。
と、ドラマの中の片山氏風に ↑

le 26 septembre 2009, Côme et Damien

そーいや、埋立地に引越したテレビ局のドラマで、救命救急が舞台になっていたけれど厚労省のせいだってエイメリカ帰りの医局長が学会ではっきりと言ってたっけ。これも印象操作を感じましたねー、まる
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by ma_cocotte | 2009-09-26 17:26 | 『?』な日本國 | Comments(4)
Commented by rice_shower at 2009-09-26 20:39 x
原作は大昔に読みましたが、“日本株式会社のモーレツ社員物語”って印象だったかなぁ。  面白かったとの記憶は有るが、内容はすっかり忘れた。
そもそも日本のTVドラマって、低すぎ、浅すぎ、拙すぎ。
米の政治モノだと『West Wing』(邦題:ホワイトハウス)なんて、反米系の私が「ホワイトハウスで働きたい!」と思ってしまうほど、実に丁寧に、
重層的に、それでいてワクワクドキドキに仕上がっている。 病院モノの『ER』は今更言うまでもない傑作。(ってseason8までしか観てないけど)

政官財学媒、全てが劣化していて、民度はこれに相応し(相関、相乗し)、メタな視点を失い、人々は日々を亀のように生きるだけ。
Commented by ma_cocotte at 2009-09-26 21:39
◎ rice_shower さま、
なるほど、日本株式会社(=中央省庁)のモーレツ社員(=官僚)なんですね。
今回のドラマ化でエンドロールに大手町の某商社の名前が監修として
出て参りますが、どーにもこーにも最終回の最後の最後で、中小の
繊維業者が二度も政府と通産省に振り回されたことで、お国への失望と
タイに移住することでの未来を語ってThe Endというのが、私には腑に
落ちないというか・・・偶然(としか平民の私には言えませんが)、この
ドラマを第一部と第二部に二分したのが衆議院議員選挙と政権交代
でしたが、それにしても政府と省庁の癒着と、この権力への決別を
述べる中小業者、そして通産省の役人(民間だったら中間管理職)の
過労死・・・・ううううううむぅ、とうなるばかりのここ数日です。

いくら大商社だって霞ヶ関無しには生きていけないだろうに。(-。-) ボソッ
Commented by rice_shower at 2009-09-27 08:52 x
物産なら10年近く前に、中国ビジネスで一緒に仕事をしたことが有ります。(私の勤めていた中小メーカーが物産を介してプラントを輸出)
全体は小生が仕切っていましたが(身の程知らずが私の売りでしたので!)、中小企業ゆえに対応できない所(マンパワー、資金等)を、実に効率的且つ包括的に援けてもらい、さすがやのぉ、と感服したものです。

霞ヶ関について思うことは、今は、図体のでかい木っ端役人ばかりで、日本株式会社時代の猛者が居なくなった、ということでしょうか。
Commented by ma_cocotte at 2009-09-27 15:51
◎ rice_shower さま、
となると、やはり(最早、絶対とは言い難くなりましたが敢えて)、

  絶対つぶれることのない政府と省庁の内部浄化

ですかね?
我が友人は国立大学卒業生は民間に就職せず、まずは滅私奉公せい!
という極論の持ち主です。まあ、一理あるかな?と月謝が私学に比べて
安い当時は思いましたが、今はどうでしょうね?
と或る政治にも関わる宗教団体が持つ学び舎では省庁、一流企業に
信者卒業生を大量に送り込むことで布教していたりもしますし。

政治家の質の問題もあると思います。学歴区別がいけないことだとは
わかっちゃおりますが、あ、え、て。(^_^)
結局は心魂の器量の問題なのかなあ・・・・(-。-) ボソッ
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