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見守られて。
忘れないうちに。
聖ルイ・ド・モンフォールが創立した、女子修道会本部の聖堂
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正面の祭壇の奥から天井まで三段のステンドグラスです。
コチラ → http://malicieuse.exblog.jp/11818830 の写真の方がわかりやすいかも。

ココんちの近所にも二階と三階の二段のステンドグラスと、一階の各小聖堂にステンドグラスという聖堂がありますが、このように祭壇背後の三段のステンドグラスが目に一度に入る美というのは感動です。おそらくこの聖堂も東を向いているでしょうから、午前11時頃、祭壇背後から祭壇に投げられる太陽とステンドグラスによる色彩美は言葉で表現しつくせないものがあるかと想像します。この光の世界に抹香の煙が当たった時の美しさと言ったら。言葉にできない。

この祭壇の手前、世俗席の左右の上方にもステンドグラスがあり、それはフランスの大西洋側の聖堂や海の向こうのイングランドやスコットランドの国教会の聖堂でしばしば見るステンドグラスのようにキリスト教の諸聖人が描かれたものです。

どこの聖堂を訪れてもステンドグラスとなっている諸聖人は表現違えど、共通人物が多く、聖家族(イエズス・マリア・ヨゼフ)に、ペトロ、ヨハネやヴェロニカ、アグネスに、ドミニコやフランシスコなど歴史ある修道会の創立者に加え、その土地ゆかりの守護聖人です。この静かな田舎の女子修道会聖堂でも、
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ペトロにパウロ、使徒や福音史家がそれぞれのシンボルと共に、
四大修道会の創立者方 ↓ や、
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クリストフォロ、ルイ王など仏蘭西人に馴染みある諸聖人も。
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女子修道会だからなのか、聖女方はまとめられておりました。
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聖堂の後方から祭壇前まで、聖人をわかりやすくグループにしています。
というのも、ここのステンドグラスには、彼ら定番に加えて、
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旧約の登場人物 ↑ もいるのです。ただし、右はイエズス・パパの聖ヨゼフ。
これはありそうでなさそうなステンドグラスでございます。ほら、
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アブラハムイサク ですよ。

なんだか旧約の預言者たちが並んでいると、エイメリカの裁判所の石造群みたいですね。
そして、もうひとつ
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天使たち

これもありそうでなさそうなステンドグラスです。三大天使に、守護の天使の四枚です。

「やさしさにつつまれて」という歌がありますが、上空から太陽を背にした諸聖人の美しい光が差し込んで、乳白色の聖堂を色とりどりに染め、その中で静かに祈る方々・・・・。

この聖堂一階の、おそらく修道女方のお住まいの域につながる扉の上には
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十戒の石版を持つ天使


これならば、悪はこの先に入れませんぞよ。

こんにち9月29日は大天使の祝日でございます。
おあとよろしいようで。

le 29 septembre 2009, Michel
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by ma_cocotte | 2009-09-29 00:32 | 『巡礼』 Rien de special | Comments(16)
Commented by Lucia at 2009-09-29 09:38 x
クリストフォルスもセバスティアヌスも伝説的な人として聖人の位から降ろされてしまいましたが、美術の世界では彼らの伝記もしっかり語り継がれていかないと、若い世代の人たちとしては困るかもしれませんね。
丁度、使徒トマスの祝日が、ピオ六世聖下によって移動されてしまったので、それ以前の歴史を学ぶためには、その事実も知らなければならないように。
大天使はキリスト教ではミカエル、ガブリエル、ラファエルの三位とされているけれど、ユダヤ教では四大天使だったと訊いたことがあります。でも、『新カトリック教大事典』では、やはり四大天使には触れられず、三大天使(9月29日が祝日)と守護の天使(10月2日が記念日)とありました。まさに今日が三大天使の記念日(以前は祝日と言っていたと思いますが…)ですね。
この世が悪に支配されないために、大天使ミカエルのお力を頼みましょう。
Commented by ma_cocotte at 2009-09-29 15:11
◎ Lucia さま、
クリストフやセバスチアンが聖人の位から降ろされたとは知りませんでした。
フランスの暦にはまだ祝日として残っています。(クリストフ→7/25
セバスチアン→1/20 )で、クリストフは地方聖人扱いですが、セバスチアンは
Mémoire facultative 義務のままです。
今も男児の命名で人気の二人です。
確か、共和国内の司教団のための保険が「クリストフ」という名前でした。
フランス国内のベネディクト会では以下のお祈りを唱える習慣も残っている
そうです。

"Christophore sancte, virtutes saut tibi tantae,
Qui te mane vident, nocturno tempore rident.
Christophore sancte, speciem qui eumque tuetur,
Ista nempe die non morte mala morietur.
Christophorum videas, postea tutus eas."

ユダヤ教で4人の天使というのは一人が堕ちたのではありませんでしたっけ?
私は三大天使と守護の天使を習った世代です。
Commented by Lucia at 2009-09-30 08:43 x
聖人の見直しをされたのは、確かヨハネ・パウロ二世聖下の筈です。
ですから、私が所有している聖人に関する書籍 Bibliotheca Sanctorum ではセバスティアヌスもクリストフォルスも削除されていません。

四番目の天使は勿論堕天使ルチフェルではありません。
ウリエルという名で知られています。但し、今『新潮 世界美術辞典』を見たところ、大天使としては、カトリックで一般に知られている三天使とウリエルの他に大天使としては「ラグエル、サラティエル、サリエル等がいる。」とありました。その考え方は「トビア記」に基づいているようです。

私は天使については専門的に研究してはいないので、その問題を扱った専門書も所有していませんから、詳しいことは申し上げられません。
Commented by Lucia at 2009-09-30 08:52 x
今妹からメールが入り、ウリエルの名はハイドンの「天地創造」に出てくるそうです。
先に書いた「トビア」についても妹からの示唆でしたが、新共同訳の聖書では「飛びと」ではないかと思って、今調べているところです。『新潮 世界美術辞典』には、原典についての記述は一切ありませんでしたから。
また分かったら書き込みます。、
Commented by Lucia at 2009-09-30 08:52 x
失礼!「トビト」です。
Commented by Lucia at 2009-09-30 09:14 x
「トビト記」12章15節に「わたしは、栄光に輝く主の御前に仕えている七人の天使の一人、ラファエルである。」と書かれていますね。そこから、七大天使という考え方が生じたのでしょう。ミカエルとガブリエル、そしてラファエルについては聖書にはっきりと書かれているから疑う余地もありませんが、他の大天使の名前については、色々な外典に出てくるのかもしれません。ma_cocotteさんも原典を探してみてください。
Commented by setsuko at 2009-09-30 12:29 x
こんにちは。はじめまして。
いつも楽しませていただいています。あ、勉強にもなっています!

すんごいステンドグラスですねー! 
写真をみているだけでも、首が痛くなりそうな(笑)。
Commented by ma_cocotte at 2009-09-30 15:43
◎ Lucia さま、
私がLuciaさんからいただいた前回のコメントを拝読してから調べたのは、
インターネット上でフランス司教団(CEF)が管理している名前一覧です。

http://nominis.cef.fr/

クリストフもセバスチアンも3世紀の実在の人物で、殉教者となっています。
聖人のままですし、セバスチアンの場合、Mémoire facultative なので
Mémoire obligatoire の次に重要な位置にある聖人です。
もしJPIIが聖人の位からこの2聖人を外したとしても、フランスではそれに
従わずに昔のまま残したということでしょうか。
そういうこともあるのですね。___φ( ̄^ ̄ )

Commented by ma_cocotte at 2009-09-30 15:50
◎ Lucia さま、
天使についてですが、私のような凡な立場ですと三大天使と守護の天使に
まず主眼を置いて、この三大天使と無数の守護の天使の役割について
思考を深めるのがいいような気がしています。ユダヤ教にもイスラームにも
天使が登場しますけれど、聖母崇敬についても、天使崇敬についても、
聖人崇敬についても一番大切なものはなんなのか忘れてはならないと
教皇さまはパードレ・ピオゆかりの巡礼地を訪問された際におっしゃってましたし、
昨年秋、或るミサのテーマがルルド150周年でしたが、そこで白柳
枢機卿さまも聖母が自ら判断したのではない、ベルナデットの前に
つかわされたことを忘れぬように、とおっしゃってました。
Commented by ma_cocotte at 2009-09-30 15:51
◎ setsuko さま、はじめまして。
素人の私による撮影なのであまり良い写真ではありません。
ごめんなさい。
実物はこの写真と比べ物にならないほど壮麗な雰囲気を醸し出しています。
ぜひ、いつかおみ足お運びくださいね。
Commented by Lucia at 2009-09-30 18:35 x
学問的にどう捉えるかということと、信仰の道において聖書をいかに読むかということは、同じではありませんし、私の書き込みは、ma_cocotteさんのお書きになったことを批判したわけではありませんので、お気を悪くなさいませんように。

聖人についての問題は、そのことが発表されたときに、美術史ではとても重要な聖人たちだったので、ちょっとショックだったことから記憶しているだけです。勿論、そうだからと言って、彼らの姿が聖画から消えるわけではありませんし、カトリック教会では皆さま、伝統の大切さも分かっておられるので、その名はこれからも使い続けられるでしょう。
Commented by ma_cocotte at 2009-09-30 19:12
◎ Lucia さま、
学問も信仰もあまり関係ないのではありませんか?
Luciaさん御自身が書かれた、

  >クリストフォルスもセバスティアヌスも伝説的な人として聖人の位から
  >降ろされてしまいました

という点において、実際はお二人とも聖人のままであり、実在の殉教者
であるということは現在もカトリック教会でなんら変わっていません。
彼らの生涯の中で伝説と思われるエピソードについては、この二人に
限らず、フランスだったら聖ドニやトゥールの聖マルチノについても
伝説と呼べるような言い伝えが残っているのですから。
典礼暦においてこのお二人の立場が変わられたに過ぎないのではない
でしょうか?
例えば以前はMémoire obligatoire だったのに Mémoire
facultative や各国または各地方限定の扱いに変更されたとか。
上にあげたフランス司教団のNOMINISで祝日から逆引きすると、
聖クリストフの祝日7月25日は大ヤコブの大祝日です。市町村名など
クリストフにゆかりある土地でのその日のごミサで大ヤコブに続いて
名前が読み上げられますよね。
Commented by Lucia at 2009-10-01 11:20 x
私が誤解していたのでしょう。私の専門分野では、聖人伝はとても大切な位置を占めているので、安心いたしました。お教え下さってありがとうございました。
Commented by berucci-pete at 2009-10-01 16:16 x
1969年、典礼暦の大幅な見直しがあり、伝説的要素に彩られていると思われた聖人が暦から削除されました。Christophe しかり、Valentin しかり。しかし、これは ma_cocotte さんがお察しのとおり、全教会で祝うべき暦から消えただけで、聖人としてのタイトルを剥奪されたわけではなく、変わらず模範とすべきと教会は崇敬を推奨していますし、お祝い日もそのままです。
JPII治下の2002年には1969年に削除されていたアレクサンドリアの聖カタリナが暦に復活した例もありますので、今後もそのようなことが起こりうるでしょう。
フランスに関して面白いのはシャルルマーニュの扱いです。対立教皇に列聖された Saint Charlemagne への崇敬は tolérée だそうです。昔のフランスの小学生の守護者で、1月28日の la Saint-Charlemagne は学校がお休みだった時代もあるようです。Aix-la-Chapelle あたりでも崇敬が認められているとか。
Commented by berucci-pete at 2009-10-01 16:27 x
(承前)
天使については、アングリカンでは4人目の大天使ウリエルも「聖」をつけていて、海外には「聖ウリエル教会」も存在しています。カトリックは聖人とはしていません。
びっくりなのは、聖フランシスコ・ザベリオが日本の守護者と決めたはずの聖ミカエルがいつの間にか解任されています。経緯はわかりませんが、現在の日本の守護聖人は、日本の聖母、聖フランシスコ・ザビエル、聖ペトロ・バプチスタ(二十六聖人)です。これもバチカン公会議の影響なのでしょうか? 公会議前の教育を受けた両親から、聖母の汚れなき御心と大天使聖ミカエルが日本の守護者と聞いていたのに、私が生まれたころにはとっくにそうではなくなっていた可能性が出てきてがっかりです。
Commented by ma_cocotte at 2009-10-01 20:44
◎ berucci-pete さま、
典礼暦の件はおそらくFSSPXとの和解において鍵のひとつだと思われます。
パウロ六世時代というより、JPIIの時代に列聖列福について大幅に
変更がありましたので、その変革に追いつけない世俗はアンチ第二ヴァチカン
派閥だけではないでしょう。
Charlemagne ですがB16が聖人から福者への移行を認めたそうです。
ですから現在は福者シャルルマーニュ Bienheureux Charlemagne
になるそうです。
聖ミカエルですが、私が知る限り、1985年頃は日本の第二守護聖人
でした。ですから、それ以降に省かれたのでしょう。わかる気がします。
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