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今は昔、パァパ・モビルが"人力御輿"だったついこの間のこと、
きょうの朝、国営放送France 2 の情報番組テレマタン Télématin の中、メモワール Mémoires (=思い出、記憶)という歴史検証のコーナーでなぜかしらローマ教皇ヨハネ23世 Le Pape Jean XXIII が紹介されました。
mercredi 07 octobre 2009
Jean XXIII Le Bon Pape Jean

http://telematin.france2.fr/?page=chronique&id_article=11408
正味五分ほどの短いコーナーですのに、よくまとまった進行で、脳みそツルツルの私には知る喜びがぢゃあらぢゃらでした。でお・ぐらしあす。

私個人はパウロ六世の御世以降のカトリック世界しか存じませんので、この番組の中でヨハネ23世の人生を知り、何か感動を覚えました。教皇に選ばれるまでのアンヂェロ・ヂュゼッペ・ロンカアリ Angelo Giuseppe Roncalli 師(後のヨハネ23世)の人生は波乱万丈と申しましょうか、お百姓さんの子供として生まれ、12歳にして親元から離れ小神学校に入学、俗世に決別したロンカアリ師は教区司祭となり、第一次大戦中は従軍司祭となり戦地に赴き、戦後は霊躁指導者となりました。1921年以降はルーマニアに赴任、1925年にはブルガリアに司教として移住、その後1935年から1944年までトルコとギリシャで教皇庁職員として働かれ、第二次大戦中はユダヤ人救済のため表裏両面で動かれました。首都ソフィアに住む約25000人のユダヤ系をナチスに送ったブルガリア国王ボリス三世に抗議文を送ったのもロンカアリ師でした。第二次大戦後、ロンカアリ師は駐仏ヴァチカン大使に任命され、ヴィシー政権を支持した司教方の処分について働かなければならなくなりました。マンド、エクサンプロヴァンス、アラス以上3教区の司教方が教皇ピオ十二世の名の下に辞職となったそうです。___φ( ̄^ ̄ ) へぇええ×100
そして、1953年、ロンカアリ師はヴァチカンに戻ることを命じられ、ヴェニス教区長上となり、枢機卿に任命され、1958年10月28日のコンクラーベで教皇選出、76歳で聖座に着座、そして第二ヴァチカン公会議開催を決断。どれほど聡明な方だったのでしょうね。76歳で元気な脳みそを維持されていたなんて羨ましい限りです。

さて、上のURLをクリックしますと、きょうの朝の番組の様子が流れますが、最初におそらくフランスにヴァチカン大使としていらした際の映像ですね。なんとお声を拝聴できます。次に1958年10月28日のコンクラーベ直後のヴァチカンの様子、教皇冠の戴冠式、そして1962年の第二ヴァチカン公会議開催当時の様子がご覧になれます。白黒とは言え、十二分に豪華絢爛。サン・ピエトロ広場の建造物や周囲の眺めは今とさして変わりませんが、十人以上もの男性がかつぐお輿に乗られ、大聖堂正面に向かわれる教皇さまのご様子など、オソレオオクモカシコクモ、
ナマでお見上げ申し上げたかったドス。
究極の非日常だんべ?
それにしてもなぜ、今日この日にヨハネ23世が取り上げられたのでしょう?

le 7 octobre 2009, Serge
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by ma_cocotte | 2009-10-07 22:46 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
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