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心と心が今はもう通わない
あの素晴しい愛をもう一度~ 060.gif060.gif060.gif




きょうの朝一番、起きたばかりなのに、気を失いそうでした。
加藤和彦氏の他界。

この歌 ↑ は...、
今は昔、やふやふ白くなりにけり・・・だったけれど、加藤氏の他界で思い出した!
毎週日曜、麹町の夕暮れの空に広がることがたびたびありました。
日曜学校のつとめを無事に終え、反省会に入ったリーダー達の中にギタアの達人が数名おり、会議中もギタアを放さず、つまびいているうちに男子リーダーが誰ともなく唄う曲のひとつがなぜかこの歌でした。

今朝、こんな悲しい知らせが届いたことでこの曲を聴き直してみたら、「心と心が今はもう通わない」のところでカオスに巻き込まれたかのようになりました。互いが生きているから心と心が通わないのでしょうか。それとも死を境に、相手の姿が失われたことで逆に心と心が通い合うようになるのでしょうか。

十何年も昔、信徒会館の会議室で気持良さそうにこの歌を唄っていたリーダー達も学生時代を終え、それぞれの召命を確かめ、それぞれのミッションに四方八方に散らばりましたが、今も年に一度、麹町に集まってはあのすばらしい日々を懐かしみつつ、外見変われど互いの心と心があの頃と代わらない情熱のままであることを確かめ、次の再会を約束し合い、それぞれのミッションに散っていくの繰り返しを続けています。
生きていれば、それができる。
十年近く前、教会学校担当でいらした神父様方と教会学校OB有志が始めたこの企画も、今は教会学校にお子様をあずけてくださるご父兄も手伝ってくださり、更には成人となった教会学校の子供達も集ってくれ、年々盛会になっています。マリアさまの心、それは青空、私たちを包む広い青空の下に。わたしたちの、心は、今もひとつ。

加藤和彦さん、今、あなたの心とあなたを思う人々の心が通い合っています。
私達があなたを思う心をわかってください。

le 17 octobre 2009, Baudouin


タイムマシーンにお願い しても、加藤和彦さんは戻って来ないのよね。(-。-) ボソッ
ミカではなくて ゾエちゃんヴァージョン ですけれど、どぞ。
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by ma_cocotte | 2009-10-17 16:09 | 『?』なたわ言 | Comments(10)
Commented by siojake at 2009-10-17 21:25 x
ネットに入ってヤフーの見出しを見て、頭真っ白。
そんな事があっていいの…としばしボーゼンとなりました。

キヨシローに続いて、また1人。時は流れていくのね。
Commented by ma_cocotte at 2009-10-17 22:45
◎ siojake さま、なんだか、なんだか、寂しいです。
Commented by いとへん at 2009-10-17 23:51 x
今朝方、わたしはやうやう白くなる、そんな時間に床に入り、先ほどニュースで見て驚いたのでした。そしてこちらで画像とともに流れる歌声と爪弾かれてるギターでもう一足先に木枯らし一番に巻き込まれてぐちゃぐちゃに乱されたです。私もこの歌に友達との思い出があって、1人涙している午後です。まさしく心と心が通わないって、時間と人の心は無情に変わってしまうことありますよね。あーステキな歌を作る人がまた1人去ってしまいましたね。寂しいものです。
Commented by ma_cocotte at 2009-10-18 00:18
◎ いとへんさま、
あの「心と心が今はもう通わない」という部分、まさに頂上目前の
気持のような盛り上がりなのに、きょうに限っては心臓をえぐられるほど
ドキっとする一言になってしまっています。同じフレーズなのに心の
動きがこんなに違うというのは、心がある証拠なのでは・・・と思ったり。

彼はいつも垢抜けた存在だったと思います。
上のビデオ、いいと思いませんか?
なんとバックコーラスが泉谷さん、山本潤子さん、尾崎亜美さんです。
ウクレレというのも新しい世界が広がりました。贅沢なビデオに
会えたところで、今はもういらっしゃらない。祈ります。
Commented by ma_cocotte at 2009-10-18 17:30
+  ココをご覧のみなさまへ

以下、Maggie と言う方のご意見です。
右サブメニュウの条件も読めず、全文無断転載。
以下、こちらも部分転載いたします。

======十
ブログについて 投稿者:maggie 投稿日:2009年10月18日(日)16時49分40秒   通報 返信・引用
ずっとおつるさんや頬白さんのブログを読み、ノムさんのブログでお勉強させていただき、最近ではRickさんも立ちあげられ、皆さん、真摯にご自身のブログを運営しています。
ブログってそういうものだと思っていました。
そして、私も遂にブログを立ち上げ、自分の感じたこと、経験したことなどを書いてきました。
でも、そういう方々ばかりではなく、毒気のあるブログもあるのです。
今回のま・ここっとさんのブログは実体験と妄想なのか、事実誤認なのか、虚言癖が高じてそうなったのか、私には理解不能ですが、そのブログを信じると痛い目に会います。
今回のウソを正当化するかのようなこともなさっておられます。
ま・ここっとさんのブログ 10月17日
「心と心が今はもう通わない」
(全文紹介)

======十

以下、Maggie さんのご意見転載を続けます。
Commented by ma_cocotte at 2009-10-18 17:43
+ Maggie さまいわく、

こういうブログで彼女を信じた人は、実にお気の毒です。
この歌は私の小学生時代の歌でした。(私の年齢がばれてしまいますが ^_^;)
思春期にはもう思い出のメロディ曲になっていました。
それが、十何年か前なんでしょうか???
私たちの年代では「平和を祈ろう」歌集Br.末吉作曲やプロテスタントのフォーク調讃美歌?曲をギターと共に歌っても、日曜学校のリーダーは歌謡曲は歌いませんでした。まぁ、個人の好き嫌いもありましょうが・・・
日曜学校に集う若者は、信者もいれば未洗者もいます。
しかし、少なくとも、キリストを信じたいと願う人々ではあります。皆さんはミッションに・・・少なくとも一人は躓きに・・・ただ、恐ろしいなぁと思ったのは、誰でも彼でも適性を確かめずに日曜学校のリーダーにつけてはいけないということですね。聖イグナチオ教会では・・・(-_-;)


Maggieさんの意見はまだ続くのでした。
Commented by ma_cocotte at 2009-10-18 17:52
+ Maggie さまいわく、

子供たちは純粋です。でも、結構、敏感に感じ取ります。子供時代に受けた傷は、深く残り、人を信用できなくなります。何だか、どこまでがフィクションで、どこまでがノン・フィクションなのか読むだけで疲れてしまいます。このようなブログには要注意です。
一太郎さん、イオタ・ローさんご注意を!!

======十

以上、Maggie さまがこそこそよそで書かれた意見ですぅ。

ε= (´∞` )Bof

私はMaggieさんと同じ年ではないので、ご自分の人生を私にあてはめて

  それが、十何年か前なんでしょうか???

グレゴリオ聖歌を唄い継げと私たちに強く推奨しておきながら、この矛盾した意見。
私個人はリアルタイムでこの歌が唄われた時代なんて知りません。
歌い継がれているから先輩たちは唄っていただけなんでは?それに、
フォーク調讃美歌も私は知らない。私の母校では唄ったことがありません。
イグナチオでも使っていません。Maggieさんひとりの経験は必ずしも
私達が経験していません。まして同い年でも世代でもない。

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2009-10-18 17:52
Maggieさんと言う方はこうやってこそこそとイグナチオの日曜学校を私のせいにして批判したり、私達が信頼している神父様方を恥だと決め付けたり、挙句の果てにイグナチオ教会に通う方々に私を例に出してイグナチオ教会やイエズス会に疑いを持たせようとしたり、いったいMaggieさんはイグナチオ教会に何を目論んでいるのでしょう?いくら知恵の実を差し出したところで判断するのも、痛悔するのも、本人の魂です。
教会組織も教会に集う人々も全てMaggieさんの思い通りになるといいですね。(棒読み
Commented by rice_shower at 2009-10-19 10:53 x
日本における自殺者の3割は、鬱病或いは一時的鬱状態故なので、坑鬱剤の投与で回避できると言われていますよね。
でも60まで生きられたのだから、もういいんじゃないかな。
清志郎も、今となれば、あのタイミングで逝ってよかったのかな、などと感じる今日この頃ではあります。

そう言えば、桑田圭祐が、『あの素晴らしい~』は「宇宙一好きな歌」と言ってましたっけ。
最近なら『パッチギ』、ちょっと前だと『ラブ&ポップ』(エヴァンゲリオンの庵野秀明監督)のテーマにも使われていました。
Commented by ma_cocotte at 2009-10-19 14:07
+ rice_shower さま、
「死」の神秘は究極の神秘だと思います。
二者にしかわからない秘密ですから。
最近思うのは、死を迎えるにあたり「心の痛み」と「肉の痛み」がその
クライマックスの手前にあり、肉の痛みが原因で心の痛みを生じることも
ありますが、心の痛みを先に発症(という言葉が適当かどうかわからない
けれど)し、肉の痛みが必ずしも後発しないという大きな違いがありますよね。
自分で傷をつける形で肉の痛みを肉体に招いた場合、死か生き続けるか
二手に道が分かれます。で、話が最初に戻って、それはもしかしたら
死の瞬間の神との契約であちらに迎えられる魂もあれば、どういう肉の
形かわからないけれど「この世でもう少し働いてみなさい」と戻される
こともある。
ルルドのベルナデットが3度目の危篤で他界しましたが、二度、生き返り、
何事もなかったかのように勤労を始めた際に彼女が「神さまに門前で拒まれた」
と笑い話にしていたそうです。例えば、昏睡に陥った方の中にも「戻された」
という表現を使って臨死を語る方がいます。
加藤氏の魂は拒まれずに招かれたのだから、私達は見送るしかないの
かも。

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