<< ...初めて見た 心と心が今はもう通わない >>
18日午前、一時間半も日本ばかり
それも、長崎から高見大司教さま司式のごミサ中継!
Messe à Nagasaki
Dimanche des Missions : Matinée spéciale Japon

http://www.lejourduseigneur.com/index.php/jds/Programmation/France-2/Messe-a-Nagasaki
毎週日曜の午前、国営放送France 2 では午前8時半から正午過ぎまで宗教番組 Les chemins de la foi が放映されますが、その内午前10時半から正午まではカトリック枠であり、午前11時から一時間はフランス語圏各地の教会での主日ミサが生中継されることが恒例です。ところが、きょう10月18日聖ルカの祝日が世界宣教の日ということで、今年は「宣教国日本のカトリック」を放送局が取り上げてくださったようです。屁理屈国フランスだけに、ごミサ中継前の30分、日本のカトリックを知るためのドキュメンタリー番組も放映されました。
Japon, l'île aux chrétiens
Dimanche des Missions : Matinée spéciale Japon

http://www.lejourduseigneur.com/index.php/jds/Programmation/France-2/Japon-l-ile-aux-chretiens
冒頭は16世紀から代々クリスチャンである平戸在住のご一家が紹介されています。

そして、ごミサ中継に、щ(゚Д゚)щ おいら、ヴぃっくり。
高見大司教さまのフランス語、ぶらヴぉ。裏飯屋。
お爪の垢をいただきとうございます。m(_ _"m)
福音朗読はパリーミッションの日本管区長であらしゃるシェガレ神父さまです。
この2番組共、仏蘭西共和国全土と7つの海の各海外県、ベルギーとスイスのフランス語圏にも放映されました。画面に映る女性のベール着用と両掌を合わせての祈る姿に欧州人は驚いたでしょうね。

le 18 octobre 2009, Luc
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by ma_cocotte | 2009-10-18 23:25 | 『?』なKTOりっくん | Comments(7)
Commented at 2009-10-19 06:48 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2009-10-19 13:57
+ 鍵06H48@19/10/09 さま
鍵さんのPCにReal Player は入っておりますか?
大司教さまのフランス語は「自然」でした。開祭、閉祭のご挨拶、説教、
日本人特有のドモリ方がありません。デュマタンかステラマリス御出身
でしょうか?
福音朗読がシェガレ神父さまでしたが、お説教をこれだけ息継ぎも
上手に詰まることなく感情を入れて語られるとは。
昨日の午後は地元の信者さん方からこの番組をご覧になったという
お話や電話まで私共にありました。高見大司教さま、仏蘭西デビュウ!
Commented by f・kouei at 2009-10-19 22:18 x
H司教もフランス語が堪能だとうかがいました。ただお歳なので随分忘れたらしいです。昔はローマでもフランス語が通用したらしいですが、今ではほとんど通じないと嘆いていらっしゃいました。
Commented by ma_cocotte at 2009-10-20 00:29
+ f・kouei さま、
H司教さまとは・・・
鹿児島の糸永司教様もモントリオールにいらしたのでフランス語には
ご不自由ないかと思われます。以前は教区に志願されても築地の
小神学校に入った場合、マリア会の暁星に小神学生が通われたので
フランス語とラテン語は不自由ないお力を持って卒業されたそうです。
ローマ旧市内は2教会、1聖堂でフランス語での典礼が認められている
そうです。今はやはり第一共通言語は英語、続いて現地のイタリア語では
ないでしょうか。私の場合、イタリア語をもう少しきちんと学ぶべきでした。
Commented by berucci-pete at 2009-11-07 14:29 x
今更ながら視聴しました。高見司教様はサン・シュルピスにいらしたのですね。
日本では聖体拝領前の信仰告白がNovus Ordoの規範版とは異なるテクストを採用していますが、翻訳がSeigneur, je ne suis pas digne de te recevoir... という世界共通のものになっていたのが印象的でした。日本版のテクストも良いと思うのですが、なぜこの違いが生まれたのか不思議に思っておりました。ほかにも叙唱前の司祭と会衆のやりとりも日本は短いですよね。文句はないけれど、なぜなのかはただただ不思議です。
長崎が「東洋のローマ」と言われていたのはいいとして、コートダジュールみたい、とかニースを思わせる、ってのは、ほーっ、なるほどね、と思いました。
Commented by ma_cocotte at 2009-11-07 16:53
+ berucci-pete さま、
私の場合、サン・スュルピスと聞くとまずパリ六区の教会を思い起こし、
次に糸永司教さまも留学されていたモンレアルの神学校を思い出します。
畏れながら高見大司教さまの発音にはカナダ訛りもパリ訛りもないと
思いました。で、パリのカトリック神学校で私個人がまず思い出すのは
パリ・カトリック学院、次にFSSPXの大学校です。サン・スュルピスに
神学校があったと記憶しておらず、調べてみたら、1905年のライシテ
以降、パリ郊外にサン・スュルピス付属の神学校が移転したことが
わかりました。
Séminaire de Saint Sulpice à Issy-les-Moulineauxが
おそらく高見大司教さまがいらした神学校ではありませんでしょうか。
以下、教会文化遺産やら生活文化やら見ごたえあるHPでした。眼福ですよ。
http://www.sulpissy.info/

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2009-11-07 17:02
+ berucci-pete さま、
典礼文の件ですが、今年3月、私がロオマに参りました時、ヴァチカンで
フランコフォン担当執務の神父様との会合に参加する機会がありました。
世俗と教皇様をつなぐ役割のおひとりであるこの神父さまがおっしゃるには、
翻訳の諸問題で日本語、中国語、ヴェトナム語など翻訳が難しく、
なかなか進展しないので、このことのために祈ってくださいと私たち、
仏蘭西の田舎教区の巡礼団のぢっつぁま、ばっつぁまに希望されました。
日本とは縁もゆかりも関係もないヒトも善意で祈ってくださることだから
いつか良い実りを誰もが見れる日が来るかと思います。
が、問題キーワードのひとつはspirito、仏蘭西語のL'esprit らしいですよ。

日本は鎖国して出島を造ったところでシナゴーグを置かなかった(?)
ことで世界から孤立した独自の欧米観があり、残念だと思う次第。
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