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羅馬の中の仏蘭西だけれど、
ココはヴァチカン。
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ロオマ旧市街はナヴォナ広場の近くになぜか仏蘭西語の表札。
玄関を抜けるとすぐ左に守衛室、そして眼前には回廊と中庭。
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ふむぅ、ココはロオマなのに、この眺めは花のお江戸は六番町の耶蘇女学校はたまた富士見町のレスピーチェステルラムな男子校が醸し出す雰囲気を思い起こすとはナゼユエぢゃ?
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あれ?イエズスの聖心の御像とはスリーピッカリィだわさ。


これで、ヂャンヌ・ダルク像があれば神田九段なんだけれど・・・・。うむぅ

いずれにせよ、世界のどこであれ、果てであれ、お仏蘭西由来の耶蘇文化がプンプンと匂うこの建物はSéminaire Français de Rome 、羅典語ではPontificium Seminarium Gallicum (略してPSG(!)、故に神学生サッカー杯ではこの略号で出場)、和訳すると「教皇庁立仏蘭西神学院」になりますでしょうか。← ただし、私訳です。
この神学院の創立は今から156年前、それ以前はクララ会の修道院だったそうです。主(あるじ)が変われど歴史の名残はそここにあり、院内の聖堂の片隅にも、ほら。
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今年9月からの新年度において、司祭7名、仏蘭西共和国内教区出身の神学生45名、他に共和国内の在俗会から63名、世界中の仏蘭西語圏から12名の留学生がこの建物の中で生活しているそうです。基本、共和国内の教区神学生は教区長推薦による派遣になり、各自が希望した羅馬市内の教皇庁立大学にここから通うことになるので、Séminaire の訳は神学校ではなく神学院が適当でありませう。ここで生活する神父さまや神学生の様子や簡単な歴史背景は以下のビデオでどうぞ。10分ほどですが、毎度お仏蘭西、うまくまとめております。
Séminaire Français de Rome
http://www.dailymotion.com/video/x9lzrz_le-seminaire-francais-de-rome
感動。特にビデオで紹介される院内の図書館の様子、たまりませんなあ。なんだか図書館独特の香りに抹香を混ぜた匂いを容易に想像できるというか。お昼寝はココですな。

さて、不肖ま・ここっと。
今年3月25日の夕刻に、この神学院の中に入る事ができました。
ま・ここっつぁんは日本国籍者ですし、東西南北上下左右のどこから見ても極東亜細亜びとの私も、共和國内の或る巡礼団に加えていただいたことで入れました。そういうヒトが決めた国境や国籍などで入場の合否は問われないのだとか。信頼はその次元に在らずなんだそうでございます。でお・ぐら~しあす。
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その日は3月25日で、Annonciation du Seigneur、お告げの祝日でしたので、小さな神学院聖堂にて畏れ多くも畏くも枢機卿さま司式のごミサにあずかりました。子供のような素直な心が発した感想はロオマ滞在中毎日のごミサの中でザ・ベストなミサでした。典礼文に忠実、途中では神学生がベネディクタンのごとく祭壇前にて円陣を組み、前屈みでのラテン語での朗唱あり。
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た、だ、し、両形色のコミュニオォンOKのごミサざんした。そりゃ、内輪のお祝い事ミサですからして、伝統的にアリエル。このごミサ終了直後に南仏はオランヂュ生まれのマダムと二人で「これよ、ね?これ」と互いの素直な満足感を確かめ合ってしまうほど。とっころが、翌日夜の反省会でココんち地元教区にどっぷり漬けの左巻き切れのインテリおマダムさまがこの神学院でのごミサが共和国の日常から程遠いと司教さまの御前でぶちまけましてねぇ。こんな留学生がロオマから共和国に戻って来たところで共和国の現実において何ができるだの何だの。聞いている途中から世俗の巡礼者からヒソヒソヒソという声が漏れ、マダムの意見に賛同する者もいれば、「そりゃ、違う」とつぶやく人々とま・ここっつぁんも。そして、最後まで黙って彼女の声高で長ったらしい演説を聞いていらした巡礼団の団長でもある司教さまが、各教区長から羅馬に派遣された神学生たちが本来の持ち場に戻ったところで教区民のためにならないようなことをすると思いますか、ポワンのメッルシ!(← 仏蘭西人が断言かつ命令する時、相手に反論させまいと使う常套手段の言葉)。司教さま、一本!マダムの発言はご自分個人の思想が先になって、カトリック世界の召命の神秘を軽んじての演説になってしまいました。まるで教区神学生のローマ留学生活が何から何まで無駄で無益であると言わんばかりの演説をぶちかましたのに、翌朝、巡礼最後のごミサで司教さまは典礼のキリエ、クレド、アニュスデイなど全てラテン語朗唱で捧げられました。前夜の反省会では最小限の言葉にとどめ、翌朝こうして態度で示された司教さま司式のごミサに宿舎聖堂の最後尾の席にいらしたマダムはミサの間、ヘノヘノモヘ子。オランヂュ出身のマダムと私はうつむきながら目を合わせて、( ̄ー ̄) ニヤリ と勝利のV。
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そうそう、このインテリおマダムさまの思想ではヴァチカンやロオマはじめとするカトリック教会芸術も無駄、不要であり、本当のカトリックは例えばシャルル・ド・フーコーの精神に生きる簡素な修道生活が理想だとまで司教さまの前でおっさってましたねぃ。マダムのような目に見える簡素が信仰の証に等しいという思い込みはカトリックの一部であって全体ではないだろうに。しかも、マダムさまったら見た目にとーってもおしゃれ上手。もし過去の教会芸術遺産に封印し、ヒトが定めた国境やら国籍やら身分を基準にヒトが決めたエラいヒトがこの世での公開基準を定めるならば問題があろうけれど、カトリックはその定めの外にある。だけど、カトリック世界の中の決まりに絶対従順と恭順がカトリックを知るこの世の全ての民にあるわけで。ヴァチカン博物館を見物すれば案内人が必ずカトリックではない異教の日本企業のおかげでこの状態があります、と説明します。ヴァチカンが億万長者と勘違いしている人間は残念ながらカトリックの中にもたくさんいるのです。ヴァチカン市国の財政は仏蘭西共和国地方中堅都市の財政と同等だそうです。
カトリックの世界観に曖昧な頭でっかちなカトリックが増えたよね、
ヒトが決めた枠組を越えて。(-。-) ボソッ

le 5 novembre 2009, Sylvie

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今世紀に入り世界の巷で見かけるモザイクがこの神学院聖堂の正面、祭壇奥の聖母像を挟んで両壁面にもありました。ルルドのバジリカ大聖堂の正面にも同じ雰囲気のモザイク画壁一面に描かれておりますが、東欧出身のイエズス会士の作品で、モザイク画にちりばめられた石は地球上の全大陸から集められた石だそうです。
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by ma_cocotte | 2009-11-05 17:33 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(0)
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