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+ 11月11日の前日に +
神父さまとライシテ Laïcité の話題になりました。
ライシテ Laïcité とは政教徹底分離(法)と和訳するらしいです。仏蘭西共和国の場合、ライシテと聞くとまず1905年12月に制定された政教徹底分離法を各自が思い起こしつつ論を進めることが多いです。
なぜ11月11日の前日、神父さまとライシテの話題になったかと言うと、翌日のミサについて私が質問したからです。「翌日のミサ」というのはすなわち第一次世界大戦戦没者の慰霊ミサです。以前、南仏の小さな町に住んでいた頃、11月11日の第一次世界大戦休戦記念日も、5月8日の第二次世界大戦終戦記念日も、旧市街の教会では慰霊ミサが行われていました。こんな感じ ↓
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ガイジンの私はこんな小さな町でも戦没者慰霊のミサをささげているのだから、その町より大きいと思われるココ新天地の教会でも戦没者のためにミサをささげるのだと仮定して神父さまにミサの開祭の時間を質問したら、神父さまから「ミサはありません」と即答だったのです。それは四十台に入ったばかりの神父様の一存ではなく、市長から依頼がないからあげられないのです。こんなところで政教徹底分離したはずの仏蘭西なのに政教一致なカラクリが見えてくるのです。仏蘭西の都市形成の歴史から各市町村の中心に役所と教会があり、どの教会にもその土地の第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦没者と行方不明者の名前が掲げられています。
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つまり、この世の終わりまで、教会を破壊するような暴君が仏蘭西に現れない限り、戦没者の家族が天に召された後も市町村民が代々、お国のために闘った隣人のために祈りを捧げるという伝統が共和国内に満遍なくあります。
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ところが、おらが町のマダム市長サマは旧市街にある3つの小教区のいずれにも慰霊の依頼をなさいませんでした。もちろん、11月11日午前、旧市街の広場で行われた慰霊式典 にマダム市長サマはマダム県知事サマと共にお出ましあそばされていますたよ。神父さまとは先週、仏蘭西でも話題になった隣国イタリアのプロ無神論不可知論者夫妻による独善闘争 の裁判沙汰に触れ、もしかしたら我らが地元のマダム市長サマも彼らと同類ではないだろうか、という推察に至りました。でなけりゃ、普通、伝統に則って共和国を守るために命を捧げた隣人のために祈りませんか?ちなみにこのマダム市長サマは故ミッテラン大統領やウルワシのセゴ姐と同じPS(仏蘭西社会党)所属です。が、PS出身の市長全員がミサを依頼しないという話は共和国では珍しく、多くのPS出身市長さん達は本人の思想より市民の思いを尊重して依頼するそうです。
イタリアの無神論不可知論夫妻による「磔十字を目にするだけで不快だから世間から取っ払ってくれ」という訴えをEU法廷が支持した件も、イタリア本国内では80%を越える国民がその判決に納得していないという事実もあるわけで、個人思想や願望を披露するために伝統を押さえつけようとすることはココんちの地元の場合は市長としての力、イタリアの場合は支持団体を背後にした医師という優位な社会的立場を悪用して、アルカイーダ(=三角形の底辺)にいる平民に従属を強いていることになりませんかね。

さて、神父さまとのライシテの話題の第二ラウンドが病院におけるライシテの矛盾でした。
徹底政教分離とは言え、現代の仏蘭西共和国内の公立病院に聖堂を置き、司祭を住み込ませることは法律で決められています。公立病院の規模によってはカトリック聖堂だけでなく、新教礼拝堂もあり、カトリック司祭や牧師先生だけでなく、ユダヤ教のラビやイスラームのイマムも病院内で住み込み、天に旅立つ患者さんのために働いています。
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こちら ↑ はココんち地元の公立病院のカトリック聖堂です。歴史上、新教勢力の強い土地でもあるので病院敷地内には新教礼拝堂も建立されています。
こちら ↓ は病院聖堂の聖母子像。
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ガイジンの私にしてみれば、公立病院内に特定宗教の礼拝施設と祭司が存在するだけでも「どこが政教徹底分離ぢゃいっ!?」と矛盾を突っつきたくなりますが、このポイントから更に仏蘭西の公立病院におけるライシテの謎があります。

11月11日の前日、私が雑談した神父様の従兄も教区司祭であり、現在は共和国中西部の県庁所在地の大きな公立病院の住み込み司祭です。彼のように病院や学校、刑務所のために働く司祭を仏蘭西語でオモニエ aumônier と言います。この従兄神父様ですが、教区内でも知られる「万年スータン司祭」なのです。つまりいつでもどこでもスータンという前ボタンが十数個ついたくるぶしまで裾が広がるワンピースをお召しなのです。となると、数年前に共和国内でスキャンダルと化した公立校にスカーフをかぶったまま登校したことで退学になった姉妹の件を思い起こしてしまいますが、なんと、仏蘭西の政教徹底分離法では公立施設にオモニエとして奉仕する聖職者が目に見えてわかる宗教アイテムの着用が許されているのです。と、こ、ろ、が、学校教員や病院の医師・看護師の身分で聖職者や修道者が働く場合には目に見えてわかる宗教アイテムの着用が禁じられており、カトリックの場合は聖職者のローマンカラーやスータン、修道女の制服、そして聖職者も修道者も十字架を見せるべからずなのだそうです。そーいや、先日、国営放送France 5 でカトリック修道女生活を紹介するドキュメンタリー番組が放映され、その中でパリ市内に住む医師免許を持つエルサレム会の修道女が公立病院で勤務を続けているものの、勤務中は白衣の下に十字架を隠している場面が映りました。

ココまでのライシテのネタでも、同じ施設に聖職者や修道者が集うても、オモニエと医師・看護師という肩書きの違いで制限の違いがあることがわかりましたが、これでも政教が徹底分離された国の中の公立施設の話です。

そして、更に、仏蘭西のライシテにおける摩訶不思議。
例えば、こうして公立病院内にカトリック聖職者が住み込み、毎週日曜日に病院内の聖堂でミサをささげたとしても、公立病院の敷地内での布教宣教は絶対禁止なのだそうです。もちろんこの条件は他の宗教の住み込み祭司についても同様です。そんぢゃ、なぜカトリック聖職者や他の宗教の聖職者が公立病院に住み込んでいるのかというと、それは死に行く患者さんのために最後のお仕事を司祭として行うためです。カトリックでいうところの「病者の塗油」、一昔前の「終油の秘跡」を滞りなく全てのカトリックに生きる患者に行うためです。新教においては宗派によって死を目の前にした信者に行う儀式はさまざまでしょうけれど、ユダヤ教における死に行く患者さんへの儀式はもしかしたらカトリック以上に重んじられた儀式でございますね。
神父さまの話では、公立総合病院の、特に精神科や心療内科の患者さんが時にカトリックに興味を持ち、話の機会を持ちたいと希望するのに、公立病院側は政教徹底分離法を理由に、このような患者が希望する司祭との交流の機会を作ら、いや、作れないそうです。で、この件をお話なさる際、日頃はとても穏やかな神父さまもちょっとプンプンな口調だったのでした。

Laïcité ライシテ。カタカナでたった四文字ですが、和訳すれば「政教徹底分離」やら、「非宗教性」やら。仏蘭西におけるライシテの中身は超ウルトラ複雑かつ矛盾だらけで、以上の話なんぞはまだ序の口だそうです。

le 13 novembre 2009, Brice
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by ma_cocotte | 2009-11-13 18:09 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)
Commented by まるくす at 2009-11-14 15:37 x
ライシテはどうも概して逆なような気がするなあ。だから、アメリカ的宗教の自由(なんでもOK)からはライシテがわからない。カリフォルニアで、わたしゃパブリックな学校でも十字架掛けて教えてるが、おフランスでは叱られちゃうのかしら。
Commented by macocotte at 2009-11-15 00:12
+ まるくす先生、その点でもミョウチクリンと申しましょうか。
世俗が胸元に十字架やおメダイのペンダントをつけるのは問題ありません。
これはユダヤんならダビデ十字、イスラームだとアラビア語のチャーム
など、いずれも勤務に支障ありません。
ところが教壇に昇ったり、または外来や病棟、役所や郵便銀行受付業務に
おいて司祭やシスターがつける十字架や、ユダヤ教のキッパ、イスラームの
スカーフは禁止です。
ところが、1968(=学生革命)あたりを境にカトリック聖域の私服化が
進み、いちおう仏蘭西のカトリック教区司祭、修道者には私服着用の
場合は世俗の目に見えるところに十字架のピンバッチなどをつける
義務があります(守っていない聖域に住むヒトもいます)。

はっきりしたのは上記のような国定祭日における慰霊行事において
市長の依頼で教会が受け入れる形であることですね。

住み込み司祭ならスータン着用が許され、医師資格を持つ司祭や
修道者の制服着用は禁ず。
ですが、フランスのライシテの場合、公共施設に磔十字はありません。
この点はイタリアや南ドイツとは異なりますね。
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