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女人、聖域に入るべからず。 ''sacré'' ne se conjugue pas au féminin
2009年11月23日、フランス時間で午後一時手前、国営放送France 3 の全国ニュウスの中で、私個人には うっほうほうほうっほっほ なニュウスが飛び込んで参りました。それはフランス南西部のバイヨンヌ Bayonne 教区内で
l'interdiction pour des filles de s'approcher de l'autel
和訳すると、婦女子が祭壇に近づくことを 絶対禁止 となったのです。
これに対し、カトリック左派のマダムがご自分が通う教会の主任司祭が代わったことを境にこれまで侍者をよろこんでつとめていた娘二人が侍者になれなくなってしまったと、この命令が平等原理に反する毀損であると教会を相手どって訴訟を起こしたそうです。へぇええええ。このマダムに訴えられた教会さん、がんばってください。わたくしは100%、婦女子による祭壇おそばのミサごたえの絶対禁止に大賛成でございます。

この事実が明らかになったのは先週11月20日付の地方新聞 SUD OUEST 紙面 http://www.sudouest.com/accueil/actualite/france/article/775696/mil/5383943.html で、昨日22日が禁止令後初めての主日だったことでバイヨンヌ教区内の教会で捧げられたミサにおいて侍者が男児のみになった事実がきょうのお昼の全国ニュウスで流れたことになります。Edition du Lundi 23 Novembre 2009 : LES FILLES DE COEUR
ビデオ ↑ の中で主任神父さまがカトリックにおける召命 vocation と照らし合わせても今回の決定は正しい、なぜならイエズスさまは男性だったからだ、とおっしゃってますけれど、ご尤も、おっしゃるとおりでございます。いくら婦女子が侍者をおおせつかったところで、堅信後に司祭となることはローマンカトリック世界ではありえません。伝統を重んずるならば初聖体後の男児は侍者、女児は奉納のお手伝いです。この経験を繰り返し積んでこそ召命につながるのでしょうに。

私が子供の頃、学校聖堂においても祭壇手前の柵より向こうに入れたのは修道女方のみ。世俗婦女子たる者、祭壇より向こうの世界を公で語るべからず、でございました。ただし、第二ヴァチカン公会議です。
私個人は婦女子が侍者に加わることは今もって反対で、我が命尽きるとも今もぉいつもぉ世々に至るまでぇ、ずぇったいに反対、とます・もあ、まる!なのです。
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今回の、ミギのみなさま方におかれましては改良、ヒダリのみなさま方におかれましては改悪の長上判断について、教皇ブノワ・セーズが昨年11月30日に任命した新教区長 マルク・エイェ Marc Aillet 司教さまのせいだと騒がれ始めてもいます。新任地に教区長として就任一年にしてご自分のお考えを披露し始めるというのはカトリック教゛会では散見されることなので、騒ぐより「時満ちた」と眺める方が普通でしょう。ま、今年9月に新天地で主任となったココんちがお世話になっている神父さまは就任早々すぐに侍者から女児に遠慮願ってしまいましたけれど。Bravo, mon père!

ところで、エイェ司教さまは教区司祭出身ではなく、聖マルチノ共同体 La Communauté Saint-Martin のご出身です。第二ヴァチカン公会議後の教皇パウロ六世時代の修道生活、聖務日課を当時のまま現在も続けている男子共同体です。エイェ師をバイヨンヌ教区の長上さまとして選ばれた教皇さまのご判断に何の問題がありましょうか?

それにしても、パウロ六世時代ねぇ・・・おなつかしや。
この共同体の神父さま方も神学生も御髪は十分以上櫛を念入りに通した七三分け、万年スータンだとか。щ(゚Д゚)щ かっも~ん

le 23 novembre 2009, Clément
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by ma_cocotte | 2009-11-23 21:47 | 『?』なKTOりっくん | Comments(2)
Commented by 恵みのガブリエラ at 2009-11-24 21:21 x
そういえば、私がお世話になっている教会は
侍者=男児、女児=奉納。
別の教会では女児が侍者をしているのを見たことがありますが、
常ではありませんでした。何か事情があったのでしょうね。

子どもたちは周囲の大人を見て育つと言います。
信仰においてはなおさらでしょう。
ふと自分の信仰生活を振り返る(大汗)


Commented by ma_cocotte at 2009-11-25 16:23
+ 恵みのガブリエラさま、

女児の侍者奉仕については、小教区ごとの条件があるみたいです。
男女平等の立場の教会もあれば、侍者を欲する男児が足りないために
女児を補う形など。私は前者の立場を明言して女児の侍者を認めている
教会からは距離を置くことにしています。

先日も地元の伝統主義の方々と話し合った際に侍者の話題になり、
初聖体後から女児に侍者を認めたとして、その後、その女児が司祭に
なりたいと告白された時、親がどう指導するか、そういうことを認めている
教会の司祭方は教えてらっしゃるのか?と。理由を聞いたところで納得
行かぬまま泣く姿。こんなことは以前ならば無かった。
女児は奉納を繰り返すことが最良最善だと私個人は信じています。
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