<< 案の定、糸が引いて切れません。 Venez, Divin Me... >>
列福に、ゴー。 Benoît XVI veut béatifier Pie XII
どうやら来年、福者に列されることになりさふなのださふです。
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ル・パップ・ピ・ドゥーズ Le Pape Pie XII

Le Pape Pie XII を和訳しますと、教皇ピオ十二世。
1876年3月2日に生まれ、1958年10月9日に帰天された第260代ローマ教皇であらせられます。

お仏蘭西に流れている報道によりますと、列福候補者20名のうち、おそらく前教皇ヨハネ・パウロ二世 Jean-Paul II と、1984年にポーランドで国家警察官により暗殺され、37歳で殉教されたヂェルヂ・ポピエリュシュコ師 P. Jerzy Popieluzsko と同日に、ピオ十二世も列福されることになるようです。列福式の予定日は2010年10月17日です。
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↑ 1987年6月9日、ワルシャワにてポピエリュシュコ師の墓前で祈るヨハネ・パウロ二世 ↑ 
Photo : CPP/CIRIC


現時点ではユダヤん側の反応でして、既に AFP電 でパリのラビがヴァチカンがピオ十二世の列福を断念するよう希望していると流していますし、全国紙おル・フィガロ Le Figaro さまにおかれましても、フランスユダヤ協会が列福は時期尚早であるという見解を示したとしています。ていうか、20日は一日中、ニュウスを見れば「ぶのわせーず Benoît XVI 」に「ぴ・どぅーず Pie XII 」の単語が耳に入りまして、この二語でググれば20日夜の時点で286記事も引っかかります。一度はピオ十二世の列福に距離を置いたベネディクト十六世ですが、時満てり、機が熟したのか、それとも単に教皇さまのおこころが変わられたのかは Only God knows のやふです。というのも、19日土曜日に列福予定を知ったイエズス会のピィタァ・ガンペル Peter Gumpel 師が« Je ne savais rien ! »、つまり「私は何も知りませんでした!」と驚いたのだそうです。ガンペル師はピオ十二世の列福調査官であり、膨大な資料を作ったものの今年6月に教皇さまから「考えさせてほしい」とお返事をいただいたご本人でもあります。ガンペル師にとりましてはクリスマスを迎える前の吉報になりました。
ですが、ユダヤんとの間ではこれからしばらく、
こりゃ、もめもめに揉めますでしょう。はい。
いずれにせよ、フカビュー。

le 21 décembre 2009, Pierre Canisius

cf. 全国紙 La Croix におけるピオ十二世教皇列福関連記事一覧
   http://www.la-croix.com/dossiers2/sommaire.jsp?docId=2406901
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by ma_cocotte | 2009-12-21 06:17 | actualité 現時点の現場から | Comments(13)
Commented by Sarah at 2009-12-23 23:27 x
ma_cocotteさま、シャローム

今回はこちらではあまり取り沙汰されていません。ショア時のことだと、アウシュビッツの入り口にある"Arbeit Macht Frei"が盗まれたことに注意・関心が集まっているためでしょうか。ローマのコミュニティーでは、先の「ヴァチカンのarchivesを開く(2014年)前に、Pius XII のcanonization process が進められるべきではない」ということを主張しているということです。
Commented by ma_cocotte at 2009-12-24 18:49
+ Sarah さま、

文章にするには難しいですが、おそらく列福はカトリックの内側の価値観と
いうのがユダヤ「教」の判断であり、ユダヤ「社会」においてピオ十二世なる
人物がなんら変わることはないということではないでしょうか。
Commented by Sarah at 2009-12-27 01:26 x
ma_cocotteさま、シャローム

そうですか。残念です、全く理解できませんでした。
ma_cocotteさんが感じられる『ユダヤ「教」の判断』と、『ユダヤ「社会」において変わることのないピオ十二世』像というものは、どういったことなのでしょう。

ユダヤには義人のみ存在し、聖人という考えがありません。

ピウス十二世がカソリックの聖人になられないのはお気の毒ですが。行い・義人を信ずるユダヤ。古くはソドムを救うために神と交渉するアブラハム。ひとつの民族、ユダヤの民が残虐されているところで黙っている。信者さんたちが命をかけて匿われ命を救って来られていた時に、ナチス・ドイツに向かっていくつかの表明を除いては黙っていらした。ピウス12世を尊者福者聖人とされるのでしたら、それがカソリックの立場だとされるということ。

バチカンに匿われて生きられたユダヤ人たちのことに関して、イスラエルはピウス12世を『諸国民の間での義人』と評し感謝を表しているのに。せめてバチカンの archives を開かれればよいのに。今の状況なら2014年まで待たれればよいのに。今更の4年がなぜ待てないのだろう。残念な気持ちでいます。
Commented by Sarah at 2009-12-27 01:27 x
ユダヤは、宗教的にも歴史的にも、民族の信仰として、神以外が聖なるものとされること(人間が聖なる人物になったり、土地が聖なる土地になったりということ)が、全くありません。

『聖地イスラエル』と訳されるものも、Sacred Land やHolly Landではなく、Land of Holiness/Divinityであり、『聖なる民』と訳されるのもSacred PeopleやHolly Peopleではなく、People of Holiness/Divinity という意味であり、神の神性は、絶対に分かれません。

列福は、ユダヤからほど遠い価値観だと思えます。

前回書きましたように、ユダヤでモシェ・アハロンの頃から、祭司は代々アハロンの子孫が継承してきてたところ、ローマ帝国のヘレニズム強要によりローマ帝国・ヘレニズムが祭司を選び始め,人間(ローマ帝国)が祭司を選び始めることで、ユダヤ・ヘブライズムの統一が崩れて行きました。その祭司選任と同じ価値とされるのでしたら、ユダヤの価値ではなく、ヘレニズムの価値ですし。

どういう意味でおっしゃっていたのか、ma_cocotteさんのお考えをお聞かせいただけますか。

Commented by ma_cocotte at 2009-12-27 16:05
+ Sarah さま、

  >イスラエルはピウス12世を『諸国民の間での義人』と評し
  >感謝を表しているのに

ですから、列福なのでは?
ピオ十二世は列聖されるのではありません。
2014年以降に列聖の可能性があるかもしれません。

そして、Sarah さんの聖の捉え方はユダヤの考え方やユダヤから
見たカトリックの見方です。

ユダヤ教徒がカシェルのみをいただくのはなぜですか?
カシェルになされることが、カトリックの中においては時に「聖」と
いう漢字を用いて日本語で表現されているだけだと思いますけれど?

カトリックの聖人も福者も、神でもなければ、神に等しくもありません。

Sarahさんがおっしゃるように

  >宗教的にも歴史的にも、民族の信仰として、神以外が聖なるものと
  >されること(人間が聖なる人物になったり、土地が聖なる土地
  >になったりということ)が、全くありません。

  >列福は、ユダヤからほど遠い価値観だと思えます。

ですから、列福も列聖もイスラエルで取り沙汰されない。
ピオ十二世が単にヒトであるからです。
Commented by Sarah at 2009-12-27 19:02 x
ma_cocotteさま、シャローム

> そして、Sarah さんの聖の捉え方はユダヤの考え方や
> ユダヤから見たカトリックの見方です。

もちろんです。

ma_cocotteさんのお考え

>文章にするには難しいですが、
>おそらく列福はカトリックの内側の価値観というのが
>ユダヤ「教」の判断であり、
>ユダヤ「社会」においてピオ十二世なる人物が
>なんら変わることはないということではないでしょうか。

「列福は、カトリックの内側の価値観というのが
ユダヤ「教」の判断である」というma_cocotteさんのお考え。

わたしのユダヤの考え方から、
ユダヤの統一を崩したヘレニズムに関する意見と、
カソリックに在るヘレニズムの影響を、
ユダヤの価値だと混同ないで欲しいと思っています。


ユダヤの「司祭」(一般に言う「聖職者」)は、人間が善い行いを称えて選ぶ『義人』とは別です。
聖の域と、人間の域が、混同されません。
Commented by Sarah at 2009-12-27 19:03 x
>文章にするには難しいですが、
>おそらく列福はカトリックの内側の価値観というのが
>ユダヤ「教」の判断であり、
>ユダヤ「社会」においてピオ十二世なる人物が
>なんら変わることはないということではないでしょうか。

canonization は、
カソリックの内側の価値観というのが、
ユダヤ「教」の判断ではなく、
ヘレニズムの判断だからだと思っています。

ユダヤ社会において、ピウス十二世は、諸国の義人と、
ナチ迫害時のバチカンへの匿いへの感謝を表されています。
同時に、ショア生存者は、当時のピウス12世が沈黙を守られなければ、
状況は違っていただろうとおもっています。
わたしユダヤ個人としても、
あの状況で黙っていられたということは、理解に苦しみますし、
ショア生存者のarchives公開の願いをきく前に、
その沈黙をカソリックの公式立場だと、今、表されるのは、
残念でなりません。

canonization process を進められる前に、
せめて、バチカンのarchives を開かれればよいのに、と
残念な気持ちで一杯です。
Commented by Sarah at 2009-12-27 19:04 x

カシェルと、カソリックの聖に関しては、
根本的な神性のとりかたの違いなので、
ma_cocotteさんのお考え、わたしの考え、個々人のものですね。

そう、お考えなんだということ、解りました。

ありがとうございました。
Commented by Sarah at 2009-12-27 19:08 x
「ユダヤの統一を崩したヘレニズムに関する意見」

ー 「ユダヤの統一を崩したヘレニズム影響」

です。
Commented by ma_cocotte at 2009-12-27 22:36
+ Sarah さま、

私がこの項初めのコメントで「列福はカトリックの内側の価値観」と
書いたことに対し、Sarah さんがユダヤ教徒としての外側からの
考えを述べられた。いずれにせよ、ピオ十二世がヒトであったことは
この世の誰もが無神論者であろうと認めることです。

カトリックの聖人は、神でもなければ、神に値するヒトでもありません。
ピオ十二世がカトリック世界で高位の者だから列福されるのではありません。
列福、列聖の件について対象者の職業は関係ありません。

聖だろうが、福だろうが、尊だろうが、主のはしためだろうが、
カトリックの中での習慣に過ぎないのだから、イスラエルで
この報道が話題にならなかったのも外だからでは?と。人間ピオ十二世の
生前の言動についてはこれまでもこれからも議論されることでしょう。

「聖人」も、「義人」も日本語です。
福者や聖人が選ばれる際も「人間によって対象者の善い行いが
(称えられていなくても)認められていること」が大項目の中の
一小項目ではないでしょうか。
(正教会での列聖調査について私は存じません)
Commented by Sarah at 2010-01-25 18:10 x
ma_cocotte さま、シャローム

わたしがma_cocotteさんにお話ししているのは、
『ユダヤの価値』のことです。

ことのポイントは、

*** 『ヘレニズム影響に進んだユダヤ人』は、
*** 『ユダヤ・ヘブライから分かれていった、
*** ヘレニズムの人間だ』

ということです。

わたしが、ユダヤ・ヘブライの人間として、
カソリックの価値を、外から見ているのも当然。

ma_cocotteさんが、外からユダヤ・ヘブライを見ているのも当然。


ヘレニズムを選んだ旧ユダヤ人は、ヘレニズムの人間。
ユダヤ・ヘブライから見ると、外に出た人間です。
Commented by Sarah at 2010-01-25 18:11 x
そのポイントをあやふやに見始めると、
ユダヤの価値観というものを、誤解・曲折されてしまうので、
混同しないでいただきたい。

ユダヤは血ではありませんし、
神とイスラエル・ユダヤ民族の絆を信じる民族信仰と言えます。

>Sarah さんがユダヤ教徒としての外側からの考えを述べられた

と、私信のやりとりで書いた事を、発見のように言われても心外ですが。
それよりも、わたしは、『ユダヤ人』です。

わたしの・わたしたちの、ユダヤ・ヘブライ、
ユダヤのこと、ユダヤの価値観を、
ヘレニズム影響と、混同していただきたくない。
ユダヤの価値観を正しく知っていただきたい。
ヘレニズムで汚さないでいただきたい。

ユダヤの神性と、カソリックの聖が、同じなのだったら、
2つの宗教に分かれる必要はなかったでしょう。


Commented by ma_cocotte at 2010-01-25 22:18
+ Sarah さま、

カトリックの内側の価値観を省いたとして、どんな信仰を持っていようが、
唯物論者だろうが、無神論者だろうが、ひとひとりの所行を善行か悪行か
と見定める基準はどこにあるかです。
列聖列福なんてユダヤ教に関係ないから貴女ご自身が書かれたとおり

  >今回はこちらではあまり取り沙汰されていません。

なのではありませんか。
もしカトリック教会がピオ十二世なるひとりの人間について聖人にも福者にも
列することがないにしても、私個人はピオ十二世の列聖、列福が実現しようが
しまいが、別にどうでもいいです。「わたしたちの教皇ピオ十二世」
であった方だということは今までもこれからも変わりません。

竹下節子先生もピオ十二世の列福について触れられていますので、
ご参考までに。
http://spinou.exblog.jp/13481202/
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