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深夜の帰宅。早く目覚めた翌朝は、
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出国前のいつもより少しだけ贅沢をして、近所のパン屋さんまで。
袋を開けると、
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まっこと、おいしうございました。

花の都は巴里の空港駅を午後7時20分 に出、列車を一度乗り換えて午後10時半にココんち地元駅に到着。翌日の日付に変わる15分前にココんちの玄関前に辿り着きました。往路で確かココんちから駅まで30分ほどで歩けたと話したのに、なぜ帰路では駅からココんちまで一時間十五分も費やしているのでしょう?

ええ、ええ、駅前にタクシーが一台も停まっておりませんでしたのよ。
待てど暮らせどタクシーは来ない。こちとら、30kgはあろうスーツケース二つに日本國で買い求めた炊飯器のごっつい箱を持っていたし、日本國を出てからの長旅を考えてタクシーで帰宅しようと決めておりました。呆然としている私達の背後を次々と駅まで迎えに来た家族が運転する車が通り過ぎていき、ほどなく閑散。駅構内に戻ったところ、どうやら私たちが乗った列車がこの日の最終列車らしく、ホームにはひとっ子ひとりなく、おそらく駅員さんの控え室と思われる窓の灯りも数分後には消え、駅員さんが運転していると思われる車が専用門から出て行くのも見止めました。この状況で
タクシーなんて来るわけないぢゃん?
日本國の首都圏で育った私にとりましては、終電が出た直後の駅周辺はタクシーを待つ人々の行列と次から次に発着所に現れるタクシーとそのタクシーのドアが閉まる音が脳裏に浮かびますが、こういう様子は大都市に限られることなのだとようやくわかりました。いちおうココんちの地元駅は県庁所在地駅なンですがねー。県庁所在地の駅でこの現実、いやはや、仏蘭西ってこーゆーとこなんですわ。

しっか~も、です。
私が空港駅から乗った新幹線は仏蘭西の極北の大都市リル Lille から南西部の大都市ボルド Bordeaux までを結ぶ長距離線で、空港駅には定刻より10分 遅れて到着。乗車後、自分の席(空いてて良かった!)に着席後、チケットを眺めると乗換駅に21時22分に到着し、21時47分の列車に乗り換えることになっています。25分の余裕があり、これまで前回二度の状況を振り返るとホームは別ホームなので、大きな荷物を持っている自分はエレベータを利用しなければ移動が不可能です。これは限りなくアヂャパーな現実ですが、私の前の現実は乗換駅に到着したのが21時43分。乗り換えの列車に飛び乗った途端、ドアが閉まりましたのでした。・・・成田から巴里までブロイラー12時間に加えて、この運命。既にヘーロヘロなのに、到着駅ではタクシー、ないのことよだったのね。

駅前には私たち以外にもうひとりの犠牲者♂がおり、どうもこの土地の方ではなく、出張のため最終便でいらしたようです。その方は宿泊先のホテルのチェックインの時間が数分後に控えているとのことで携帯電話を駆使して、この街のタクシーに電話をしてもいずれも留守番電話。仏蘭西において留守電に「今、駅にいるので来てください」と頼んだところで、もしタクシーが本当に駅前に現れたら「デオ・グラ~シアスのインッシャッラー」です。私もいちおう受話器の向こうの留守電に依頼を吹き込みましたけれど、ムナシイので往路同様、真っ暗な道を歩いて帰宅することにしました。手荷物は往路よりひとつ多くなっているし、旅立ちと旅の締めくくりでは心身の重さは月とスッポンです。よれよれ歩きつつ、帰路のほぼ真ん中でもん・ここの提案で私が荷物と一緒に小学校前の広場で待ち、手ぶらのもん・ここがココんちまで行き、車で小学校前まで戻るということにしました。

もん・ここがいなくなって10分ほどでしたでしょうか。
突然、私の鼻から血がドボっと出始め、あっと言う間に両手は血でねっとり、地面には血の址が点々と。なんとか血だらけの手でデイパックからハンカチを取り出し、ハンカチもマッカッカになったあたりでもん・ここが迎えに来てくれました。

そんなわけで、駅到着からココんち到着まで一時間以上費やしてしまったのさ。

私としましては往路だけでなく復路も映画八甲田山級でかな~り波乱万丈だと思うンですけれど、午前一時手前に就寝したのに翌朝は6時間後の午前7時に目覚めてしまいました。「私ってなんてタフ」と自画自賛したものの、ちょっと考えたら日本時間では足すことの8時間=午後3時なので寝坊もいいところですわい。起きたらすぐ日暮れなんてがむしゃらに働いていた頃の日曜を思い出したりもしますが。帰宅第二日目は午前4時に目が覚めました。これまた目覚めてすぐは時差のせいだと思ったけれど、こちらの午前四時は日本時間の正午。ああ、お昼食の時間ね。とつぶやきつつ自分の卑しさに情けなさを覚えながらも、ヒトが生きるとは単純にこういうこと(食う寝る)なのかとふと思ったりもしました。

一か月ぶりのココんちあたりは既に夜明けと共に春告鳥がさえずり、日中は日差しも痛く、汗ばむほどの陽気であります。庭の薔薇も新芽を葺き始めておりました。春はすぐそこ。

le 5 mars 2010, Olivia
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by ma_cocotte | 2010-03-05 14:46 | Thé ou Café? | Comments(6)
Commented by daniele at 2010-03-06 03:09 x
はじめまして。時々拝見させていただいています。

今回は大変な目に遭ってしまわれたんですね。
しかも鼻血が出たのは、何か精神的なダメージのせいなのでしょうか。

しかしとにかくご無事で何よりでした。

Commented by まるくす at 2010-03-06 04:38 x
あはっ、大変な思いして帰ったな。はなぢは何だろ。ただの疲れかな。
しかし、まあ、我が家ほどいいのはなかんべ。復活祭に向けて雰囲気も満点だろうし。
東京ではなくロスアンヘルスですがこれからお昼です。でTwitter見たらトルコとアルメニアとか出てたので、あっ帰った。ええ、彼らは仲が悪いです。ここロスアンヘルスでも犬猿の仲。虐殺を忘れるなー、だとか嘘やーとか、車に国旗を広げて走ってます。
Commented by tama at 2010-03-06 09:44 x
無事お帰りになられて、よかつたですね。
お目にかかれなかつたのは残念でしたけど、こちらも転倒、怪我してましたので、出歩けなかつたし。
南の島のお写真で、良い体験なさつたな~と喜んでおりました。
鼻血は大丈夫ですか・
どこか、血管がきれたのかも。大事に到らないことをねがつております。
関西は今日からまた冬のぶり返しです。お水取りがおわらないとね~というのがこちらの季節の挨拶となつています。
ゆつくり、休養なさつてくださいね。ご苦労さまでした。
Commented by ma_cocotte at 2010-03-06 17:44
+ daniele さま、はじめまして。ようこそ。
実は、鼻血は同日の早朝午前四時(仏蘭西では前日になりますね)に
既に一度出てはいたのです。まったくもって恥ずかしい話ですが、
帰宅目前にひとりぽっちになったところで出なくてもいいのに・・・と
情けなくなりました。
Commented by ma_cocotte at 2010-03-06 17:49
+ まるくす先生、鼻血はもしかしたら空気の乾燥具合によるもの
ではないかと想像しています。齢を重ねるほど、自然に自分の身体が
追いつかなくなっていますね。こういう時にひっしり感じ入っています。
良い死を迎えられる準備をしなくっちゃ(笑。

昨日の朝、エイメリカにおけるトルコvsアルメニア問題について
トップ扱いで報道が流れていました。フランス国内もやたら苗字の
語尾がアン、アンだらけなほどアルメニア系が多いけれど、トルコは
何ゆえウソだと繰り返すのか傍観者としては理解に苦しみます。
正直になった方がEUに入りやすいのではないかなー?
Commented by ma_cocotte at 2010-03-06 17:53
+ tama さま、
南の島、良かったです。
すれ違う人々の笑顔に癒され、島民が互いに信頼し合っていることも
ひっしりわかり、自分もこの信頼の輪の中に入れたらいいのにと
思いました。
次回は京阪神探訪ができたら、と考えています。
季節の変わり目、どうぞtamaさん、ご自愛くださいませ。
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