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西暦二千と十年、仏蘭西に新しくて古い修道院が建つことになったさうな。
こんにちは卯月十六日。我等がベーネデット ちゃちゃんがちゃん 十六世聖下におかれましては(ココで東を向いて最敬礼)お誕生の善き日、祝着至極に存知まするるるるぅ。ところで明日午前、聖下はマルタ島に行啓あそばされる予定でございますが、アイスランド國の火山噴火の影響で欧州内の空港のほとんどが閉鎖の状態に今日もあります。お仏蘭西の国際空港もこんにち午後2時まで完全封鎖とのこと。空がダメなら海路でローマからマルタまで(!)というのもちょっとした地中海クルーズであり、むしろパウロやマグダラのマリアの宣教を思い起こすのであれば海路がベーネ!でありませう。ま、先のサダメはOnly God knows でありんす。

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上つ方を慮るばかりでなく、こんにちは金曜日。万民にとって週に一度の小斎日、衛星放送Direct 8局では毎週金曜日の午前10時から「Dieu, Merci! デュウ、メルシ!」というカトリック番組が一時間も放映されるのであります。http://dieumerci.direct8.fr/
この番組はもちろん一般世俗向けの番組で、冒頭は一週間のカトリック関連ニュウスに始まり、続いて聖職者を招いての要理に基づいたカトリック生活指導を踏まえた討論があり、途中で青少年向けのコーナーが挟まれ、再び成人向け討論に戻るという飽きのこない番組構成になっています。きょう、この番組に招かれた司祭は聖ピオ十世会を追放された司祭ギヨーム・ド・タヌアン Guillaume de Tanoüarn 師でした。この神父さま、現在は花の都は巴里の二区にお住まいだそうで聖パウロセンター Centre Saint Paul の責任者であらせられるし、着目すべきはこのタヌアン師の叙階が昨年はじめ破門を解除されたFSSPX四司教のうちのひとりティシエ・ド・マルレ Tissier de Mallerais 師の按手によるものであり、タヌアン師が2004年にFSSPXを追放されたことでティシエ・ド・マルレ師より数年先にヴァチカンに赦され、現在は活躍の場をヴァチカンより広くいただいていることになります。こんにちもタヌアン師は番組にクラシックなスータン姿で登場されましたが、きょうび花の都お巴里では日に日にローマンカラーやスータン姿の聖職者や修道者が増えており、永遠の都ローマの日常に近くなってもいるようです。しかも、装束だけでなくトンスラなさる男子修道者が増えつつあり、これについてはローマよりパリが先行しているかもしれません。

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さて、きょう。こうしてスータン姿の司祭を画面で見、きょうびカト聖域の流行を思い出している最中に番組では仏蘭西南西部はボルドーとトゥールーズの間に位置する秘境になんとベネディクト会の新しい修道院が建立されるのでよろしかったらご寄付を・・・という内容が流れ始めました。2002年11月に南仏はヴォキュリューズのSainte-Madeleine du Barroux 修道院のベネディクト会士13名がはるばる大西洋に近いロ・エ・ガロンヌ Lot-et-Garonne 県の秘境に建つ廃屋に引越したことで新たな修道生活の場の「第一日目」が明け、先週4月11日、復活の主日の午後、この土地の一角に限りなく中世に近い修道生活を送る修道院を建てるための第一石 la première pierre が置かれたのだそうです。
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PHOTO CORINNE MALET

お写真のイカ帽、いえ、ミトラ(司教冠)を乗せた方は仏蘭西はアヂャン Agen 教区 のユベェル・ヘルブルトMgr Hubert Herbreteau 司教さまで、定礎式では « Haec est prima petra »… と全文ラテン語で唱えられたそうです。ちなみに「石」は仏蘭西語でピエール pierre という女性名詞で、pierre の頭の p を大文字にすると男性の固有名詞、つまり聖書に登場する重要人物「ペトロ P(i)etro」の仏蘭西語名になります。ラテン語でも「石」はpetra で a で終わっているので女性名詞ですね。勉強になります。
きょうの番組で紹介された定礎式の映像はまここっつぁんにとっては驚き、桃の木、山椒の木で、画面に登場する修道院長さまはじめベネディクト会士全員のおつむがそれは見事なトンスラだったのであります。ほれ ↓
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© AFP Patrick Bernard


動く画面でもご確認を、ま、どうかひとつ。


トンスラですよ、トンスラ。脳天ツルツルの輪っかっか。画面を眺めつつトンスラと言っても輪の刈り方にいろいろあることも知りました。21世紀も10年目に入り、この新しい修道院はローマはヴァチカンの教皇庁から直の思し召しによる再興とのこと。現在、この修道院には12名の修道士が住み、最年少は24歳だとか。
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http://www.jeconstruisunmonastere.com/

ここに集う修道士方は限りなく中世の修道生活を実践なさるものの、寄付を集める手段としてインターネットを用いることにした点は「今を生きるカトリック」の見本でございます。ホームページ公開から一年経った今は一日平均300のアクセス数だそうで、浄財も多々。建築状況報告と募金目的も兼ねた修道院のホームページのURLも目を凝らせば Je construis un monastère 、和訳すると「私が観想修道院を建設するのです」というダイレクトさ。ホームページを眺めますと、ベネディクト会でござーますから男子であれば宿泊 ができます。ちなみにこの修道院の 聖務日課 は午前三時半に始まり午後7時45分に終わるとのことですが、日本男児たち、いかがでございましょうか。次回の黙想はこの仏蘭西で最も新しいベネディクト会修道院で過ごされませんか。

le 16 avril 2010, Benoît-Joseph

一方、世俗では連日絶え間なくカトリック聖職者によるスキャンダルが流れ続けており、ここ数日はカトリック生活文化圏である南東独逸での被害状況数の報告ですね。思うにですが、悪いことをした聖職者や修道者は過去に則りトンスラし、血も抜いて観想生活を送られたらどうでしょ?教区司祭に観想生活は無理だべか。_| ̄|○ あ、甘い。

仏蘭西共和国内の秘境には今も観想修道会が点在しており、例えば現在も1962ミサを捧げ続けているフォンボンゴ Fontgombault なんて80数名の隠遁修道者数ですぞい。若者がうぢゃうぢゃ集っているのだそうだ。世俗の荒廃と聖域の貞潔のギャップが以前にも増して鮮明に区別できるようになったきょうこの頃だと思われます。
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by ma_cocotte | 2010-04-16 18:24 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
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