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市長サマからご依頼があればお捧げいたしますよ。
きょう5月8日は、仏蘭西共和国においては Victoire 1945 、1945年の勝利と称す国定固定祭日です。 「1945年の勝利」の「1945年」という鍵語を聞けば、21世紀から10年を迎えたところで多くの方の脳裏にはまず「第二次世界大戦終戦の年」を思い浮かぶかと思いますが、きょうの共和国はまさにその第二次世界大戦の終戦を迎えた日です。日本國における第二次大戦終戦日は1945年(昭和20年)8月15日ですが、共和国では3か月と一週間ほど早く戦争が終結していたことになります。
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で、戦争が終結した日の午前中に戦没者慰霊を仏蘭西共和国でも行いますが、各市町村に設置されている第一次世界大戦、第二次世界大戦の記念碑前での役所と市民、警察、消防、軍による儀式とカトリックはじめとする宗教儀式の二種があります。

仏蘭西共和国内のどこでも教会内に足を運ぶとほとんどの教会にその小教区内で第一次、第二次世界大戦で出兵し、帰天または行方不明になった民の名前が刻まれた記念碑や壁があります。毎度、聖堂内の戦没者名簿を見るたびに、名前が刻まれた本人だけでなく彼の親兄弟もこの世にいない可能性が高くなりつつある今なのに、この教会の建物が何らかの形で無くなる日まで戦没者には縁もゆかりもない人々が同じ空間で祈りを捧げ続けてくれるとはなんと恵まれているのだろうとこの頃の私は思うようになりました。

で、5月8日は仏蘭西共和国の第二次世界大戦終結を記念する国定固定祭日ですが、私が南仏に住んでいた頃はこの写真 ↓ のように当日午前中に生還された退役軍人方や遺族が集って旧市街の聖堂で慰霊ミサがささげられていました。
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ところが、ココ新天地では去年も今年も旧市街に大きな聖堂が3つもあるのに慰霊ミサがささげられていません。ガイジンの私には不思議に思えたので、地元の神父さまに聞いてみたところ、市町村役場の長上サマ、つまりココんちあたりでは市長サマから教会に慰霊ミサの依頼があればミサをささげるとのこと。我が地元の市長は一昨年から仏蘭西社会党(Parti Socialiste、略してPS)の女性市長となったけれど、仏蘭西社会党の場合、カトリックと友好関係にある右派から限りなくアカい左派まで党員がいるので、一昨年までの男性市長サマはどうやらPSの中での中道右派だったようで、現在のマダム市長サマはPSの中のヒダリということになります。ふぅむ、完全政教分離、ライシテのお仏蘭西とは言え、どうも国では統一されてはおらず各市町村の長上さまの思し召しで慰霊行事さえも臣民は振り回されるようですな。聖職者は無論、一臣民に過ぎませんから市長サマに従うわけで。

共和国内の全市町村での記念碑に市長が献花する慰霊行事は必須でも、祈りをもっての慰霊は市長サマのみこころ次第というのは、やはりどうも日本國における政教分離とは中身が違う仏蘭西の政教分離のようです。

le 8 mai 2010, Désiré
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by ma_cocotte | 2010-05-08 20:29 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(4)
Commented by HOOP at 2010-05-09 00:39
大変ご不沙汰をいたしております。
今日はとても大切なお話を紹介して下さったので、
失礼も顧みずコメントさせていただきます。

こんなことは考えられませんか?
ヨーロッパでの第二次大戦は、
国家あるいは国家体制間の戦争であり、
ユダヤ教徒やもしかしたらムスリムの方達を別にすれば、
戦争の敵味方に宗教的な対立や違いはなかった、
言ってみれば、「慰霊」のミサを「戦勝記念日」におこなうことに
違和感を覚える人達がいたりはしないかと思うのですが、
どうでしょう?


違うよ! と言われても、そのまま受け取るしかない私ですが(笑)
Commented by ma_cocotte at 2010-05-09 04:44
+ HOOP さま、ようこそ。

どうなのでしょうか?
先程、英國での首相列席の式典の様子が流れておりましたが、英國では
国教会の司祭方が共にいらっしゃいました。
役所の儀式の中で戦没者の名前が読み上げられるたびに「La mort
pour la France(仏蘭西のために死んだ)」という台詞が続き、
この同じ文面が聖堂内の戦没者名一覧にも添えられていることが
多いです。

戦没者各自の信仰を第一にすれば行方不明者もいるし、各自の
帰天日も必ずしもはっきりしないのだから終戦の日に市町村内の
戦没者のために祈るのは可でも不可でもなく自然のようにも
私個人は思いますが。日本國だって8月15日に祈りたい気持の
あるヒトならば黙祷しますものね。
Commented by 伊望 at 2010-05-11 10:59 x
ご無沙汰しております。

フランスのライシテは面白いですね。

海外の教会を訪れ(礼拝のためであったり、観光のためであっても)戦死者の記憶銘板を見ると、いつも厳粛な気持ちになり、刻まれている人々に思いを馳せます。これは広島の平和記念公園・靖国神社・千鳥ヶ淵でも同じです。

全て善悪は別として、戦死者は国の為に命を捧げたのは間違いないわけで、その意味で彼らの為に祈ることは、可否の問題ではなくて自然な感情だと思います。
Commented by ma_cocotte at 2010-05-11 16:50
☆ 伊望さま、

仏蘭西のライシテ、面白い、摩訶不思議です。

例えば公立病院にカトリック司祭は常駐、これは法律で決まっています。
拙宅地元の公立病院にはカトリック聖堂とプロテスタント礼拝堂が
あり、司祭、牧師が住み込んでいます。
その理由はカトリックの場合、終油の秘跡(今は病者の塗油と和訳されています)のため「だけ」です。宣教布教は厳禁。
ですから、ユダヤ系が多く住む市町村の公立病院には
ラビも住み込みです。

日本の場合、神道だと生活宗教とは言え、信仰の深みのような点で
逆に曖昧になってしまうのかなあ、とこの頃ぼんやり思い始めて
います。
キリスト教だと出征前の彼らの生活態度を思うと、この世に
残る親族、知人がミサを・・・と欲するのはわからなくも
ありません。それを政治思想で「しない」と決める市長の
脳味噌もちょと怖かったりなんかして(笑。
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