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仏蘭西びとも頭(こうべ)を垂れます。
時折、ガイジンは握手は知っていてもお辞儀を知らないと日本語で見聞することがありますが、欧米でも旧教徒がマヂョリティの国では高学歴だろうと無学だろうと日本人のようなお辞儀をします。
昨日8月15日はアサンプシオン Assomption と呼ばれる「聖母被昇天」のお祭り日で、この日に聖母が永眠し、天の門が初めて開かれた日だと仏蘭西では伝えられているようです。事実、普通の地上波のニュウスで繰り返し「今日はアサンプシオン、天の門が開かれた日です。さて~」と各都市での被昇天聖母祭の市井の様子が紹介されていました。

花の都お巴里でも聖母被昇天のお祭りが観光地でもあるノートルダム・ド・パリ近辺で数日に渡って行われ、メインイヴェントが14日夜の聖母子像が船に乗せられてセーヌ川を下りつつ、同乗された司教方がパリ市を祝聖別する儀式であるとするなら、クライマックスは昨日15日午後のシテ島界隈の聖母行列と、その直後のノートルダム・ド・パリでの 荘厳ミサ MESSE à NOTRE DAME Solennité de l'Assomption でしょう。
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Plusieurs milliers de personnes participent à une procession, le 15 août 2010 dans le centre de Paris, à l'occasion de la fête de l'Assomption célébrant l'élévation de la Vierge Marie au ciel Photo par AFP

偶然というかAFP配信の写真↑ でご自分の前を行列が通ると同時に頭を下げる世俗さんの姿が写っていました。日本でも村の鎮守や道祖神の前で手を合わせたり会釈するように、仏蘭西でも街中の十字架やら聖母子、聖人像を見つけると反射的に会釈するヒトがいます。他にもカトリックの生活習慣でこまごまとしたお辞儀などの所作が求められるTPOがありますが、これらの習慣がどう伝えられるかは本で学ぶのではなく、家族はじめとする先人の姿を見て、自分の心で彼らの姿から何か感じ取ったならば自ら倣うことで受け継がれ、今に至っています。これから将来も生かされるには他人にああしろ、こうしろ、と命じるのではなく、自らが習慣にすることで後進に繋がっていくのだと思います。


まあ、聖母被昇天の祝日を迎えるにあたっての諸行事はかなりというかカトリック色100%どころかカトリックという宗教が濃縮凝縮こってりなイヴェントですのに、日本國に限らず仏蘭西も大都市であればあるほど「宗教なんて毒だ。けっ」な人々が多く集い住んでいるにも関わらず、昨日の午後だけでもヴァカンス中で閑散とした巴里に千人も集まり、この行事に参列したそうです(今年のルルドにはこの祝祭日に合わせて三万人もの巡礼者が集ったとのこと)。
昨日の花の都お巴里はあいにくの雨だったそうですが、聖母行列もそぼふる雨の中決行されたと、15日夜のニュウスで紹介されていました。来年の8月15日はどんな天候であれ、今年のように爆弾予告騒動などなく平和な一日を誰もが過ごせるように祈るばかりです。


le 16 août 2010, Etienne
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by ma_cocotte | 2010-08-16 18:17 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
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