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ナマ「生き字引」、ココに現る。
きょうが【ぢょるね・でゅ・ぱとりもわあぬ Journées du patrimoine 、文化遺産探訪デー】ということで思い出したことがありました。それは一年前の9月第三土日の同じお祭り日に旧市街のカトリック聖堂で行われた司祭の祭服展示会に現れた老ムッシュウのことです。
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説明は教会の関係者ではなく、仏蘭西政府側の文化専門職のマダムによるものでしたが、

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例えばマダムが「この祭服はいつ頃のものか・・・」とつぶやくと、ムッシュウがすかさず「○×司教さまにいただいた祭服ですよ」と返答される。ムッシュウの脳内に記憶されている事項は専門職のマダムが得た知識よりはるかに詳細なのです。

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ムッシュウがなぜこんなにも詳しいのでしょう?
ムッシュウ曰く、「私は生まれてすぐこの教会で洗礼を受け、初聖体も堅信もこの教会、結婚もこの教会、数年後の葬式もこの教会なんだな」とニヤリ。なるほど、ムッシュウの人生=教会の歴史の一部であり、ムッシュウの存在そのものが教会の細胞のひとつなので、教会の記憶はムッシュウの記憶でもあるのです。

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ムッシュウにはそんなこたあ当たり前のことだけれど、私にしてみれば感動でした。


le 19 septembre 2010, Emilie
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by ma_cocotte | 2010-09-19 05:17 | 『?』なKTOりっくん | Comments(2)
Commented by JOYママ at 2010-09-19 16:30 x
この「結婚もこの教会、数年後の葬式もこの教会なんだな」とニヤリ。」で
私も思わず笑ってしましましたが、そちらはやはり宗教と人生の密接なつながりを感じますね・・・日本では明日から秋のお彼岸です
Commented by ma_cocotte at 2010-09-19 17:58
+ JOYママさま、

カトリックには七つの秘跡、仏語で言うところのLes 7 sacrements
というものがあり、それは洗礼、初聖体、告解、堅信、叙階または
婚姻、病者の塗油の7つです。最後の病者の塗油は一昔前までは
臨終間際の儀式でした。
仏蘭西は元々カトリックが国教の国だったこともあり、現在も
この7つの秘跡を元にした話が通じます(かなり通じなくなって
いるのが現状ですが)。
だからムッシュウの話は「私は全秘跡をこの教会で受けて、
残るひとつもそうだ」という意味が含まれます。

役人が多い仏蘭西で、一生同じ土地で終えるというのもありそう
でない話のように思います。

お彼岸ですねぇ。父から明日墓参と先ほど電話がありました。

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