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絶壁におわしますロカマドゥルの聖母は「海の星」なのだ。
さて、ロカマドゥル。
ロカマドゥル Rocamadour は中央山脈の南、トゥルゥズの北、大西洋に向かうよりは地中海に向かう方がちょっとだけ近いような、つまり共和国の内陸の岩山脈地帯の絶壁に造られた村です。ロカマドゥルの絶壁の頂上から海は見えませんが、なぜかロカマドゥルは仏蘭西共和国海軍の巡礼地であり、年に一度、海軍人がロカマドゥルに集ってのお祭りがあるのだそうです。
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ま、ちょっと考えてみると、聖母は【行く手示す「海の星」】と譬えられますので、納得でしょうか。

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古くはシャルル・マーニュの甥であるブルターニュ伯ロラン Roland ↑ が732年のポワチエの戦いでの戦勝を感謝してロカマドゥル聖域に置かれている黒い聖母子像にお礼参りした記録があり、その後はフィリップ美男王の三男であるシャルル四世(彼もまた仏蘭西語ではCharles le bel シャルル美男王と呼ばれる)やヂャン二世 Jean le bon 、ヂャン善良王も巡礼、更には聖ルイ王 Louis IX が母と共に繰り返しロカマドゥルを巡礼した記録が残っているのだそうです。

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洗礼者ヨハネ像の背後が聖ルイ王、左が母ブロンシュの肖像画


あ、ルイ十一世も巡礼に。
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んなわけで、昔から軍人に馴染みある巡礼地だったことで今も海軍に巡礼の習慣が受け継がれていると思われます。
今年、ロカマドゥルの聖域では9月4日から12日までが聖母週間 Semaine Mariale でしたが、クライマックスの二日間にあの小さく狭い聖域に共和国中から海軍人が集ったことになります。その事前準備だったのでしょうか。9月6日午後三時過ぎ、聖域でこのような方々が聖堂から現れ、私達のそばを通り過ぎていきました。

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海に縁があるので、聖母聖堂の天井から船の模型が下がっているのです。
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le 21 septembre 2010, Matthieu
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by ma_cocotte | 2010-09-21 16:32 | 『巡礼』 Rien de special | Comments(4)
Commented by al_lamia at 2010-09-22 15:51
お彼岸なのに、30度を超してる静岡です
質問でございます
「シャルル・マーニュの甥であるブルターニュ伯ロラン」って
叙事詩のロランの角笛もモデルさんですか?
確かスペインまで行って、アラブと戦った?
Commented by ma_cocotte at 2010-09-22 17:01
+ al_lamia さま

そのようでございますよ。>叙事詩ロランの角笛
ウヰキ http://ow.ly/2HXzx に以下のとおりありました。

====== 十 ======

『ローランの歌』はシャルルマーニュの甥であるローランを称える
約4000行の韻文十音綴から成る叙事詩で、ノルマンディ地方で
用いられたアングロ=ノルマン方言の古フランス語を用いて
書かれている。レコンキスタの初期の戦いともいえる、シャルル
マーニュ率いるフランク王国とスペインのイスラム帝国の戦いを
描いた物語である。
Commented by JOYママ at 2010-09-22 21:41 x
まぁ、「アングロ=ノルマン方言の古フランス語を用いて」なんて、
なんと難しい・・・で、アングロなんてつきますと、やはりエゲレスと言うか
イングランドとの関係が深いのでしょうか?
・・・自分で調べれば良いのですね(失礼)
何故か子供の頃に「ロランの角笛」なんぞの本がありまして
最後に残ったロランが裏切りでイスラムに負け、最後に命がけで吹いた
角笛が〜〜〜何ぞと覚えて居ります
ん〜〜〜余子供(小学生)向きの本ではないですよね
でも、とても印象深かったので大人用の本を読み直しもしないで
記憶にありました・・・チーズとロランと共にロカマドゥル、興味深いですね
Commented by ma_cocotte at 2010-09-23 00:06
+ JOYママさま、

そうですねぇ。
ただの妄想ですけれど、ロランがブルターニュ伯という称号
だけでなく、本当にブルターニュ半島に住んでいたとするなら
言語含めてアングロサクソン側との共通生活文化が多分にあると
思います。

近年の対イスラーム諸問題などから8世紀のトゥール・ポワチエ
の戦いは今もしばしば議論に出る鍵歴史だったりします。

ロカマドゥルは王家と戦に関わる巡礼地でもありますが、
結局のところは素朴な世俗の土着信仰ゆえ、今に続いて
いるみたいです。仏蘭西国内で第三番目の人気巡礼地というのも
実際、数日を聖域のプログラムに沿って生活してみると
納得です。
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