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私は黒いけれども美しい Nigra sum sed formosa
仏蘭西共和国内の、特に南仏蘭西を中心に約180体の黒い聖母像が存在し、古くから地元民に崇敬されているそうですが、内陸とは言え、大西洋岸より地中海岸にちょっこし近いロカマドゥル Rocamadour の聖母も黒い聖母 Vierge noire 像でした。
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聖母の左腿に幼子イエズスさまが着座しているにも関わらず、聖母の両腕が幼子をまったく支えていないことがロカマドゥルの聖母像の特徴だそうです。ロカマドゥルの黒い聖母子像は聖域の7つの聖堂の中の聖母小聖堂にこうして安置されておりますが、「黒い聖母」については聖アンナ小聖堂の祭壇の上に着目すべきだそうです。
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聖アンナ小聖堂の扉は閉められたままですが、正規の案内人とご一緒すると扉が開けられ、小聖堂内を見学することができます。
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扉が開くと正面には聖母のご両親(母アンナと父ヨアキム)とミリアム(聖母マリアの幼名)が描かれたステンドグラスと、それを取り囲むような形の祭壇を見ることができます。

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キンキラキンの祭壇の上方は三部に分かれており、左から、

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NIGRA

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SUM SED

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FORMOSA


調べてみると正式には Nigra sum, sed formosa とカンマが入り、元は旧約聖書の雅歌1:5の
Nigra sum sed formosa filia Jerusalem
エルサレムの娘たちよ、わたしは黒いけれども美しい。
に由来するようで、仏蘭西語で調べてしまうと、更にはヴルガタ訳と他の訳では「et(=英語のand)」と「mais(=英語のbut)」の2解釈あるだの何だの、解釈のあり地獄状態に陥りそうになってしまいました。ま、並列なら「私は黒く、美しい」が良訳でありましょう。

聖母または聖母子の表現はステンドグラスを含む絵画や彫刻において、髪、顔、所作、色の使い方まで分析対象であり、知れば知るほど惹かれる魅力と謎があり、私もズルズル引きこまれているところです。

le 1er octobre 2010, Thérèse
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by ma_cocotte | 2010-10-01 22:45 | 『巡礼』 Rien de special | Comments(6)
Commented by ステファノ at 2013-05-24 23:01 x
黒いマリア像を見に行こうと思って
いたら、検索でこちらのページに
到りました。

Nigra sum sed formosa filia Jerusalem
エルサレムの娘たちよ、わたしは黒いけれども美しい。

ラテン語だと、filia は女性の第一変化名詞 で主格形
と呼格が同形ですが、「-よ」と呼びかけて
いるのだから呼格ということになりますよね。

上記の活用語尾は-aだと単数形の場合
ではないでしょうか?
「娘たちよ」ならば複数形ですから
活用語尾は-aeになりますよね?

それならば、filiaeになると思いますが、
filiaとなっているのは、単に誤入力なのでしょうか?
それともそういう活用があるのでしょうか?

それとも日本語の方が間違いで複数の
「娘たちよ」ではなく単数の「娘よ」なのでしょうか?

ちょっとした疑問ですが、教えていただければ幸いです。




Commented by ステファノ at 2013-05-25 00:06 x
自分で解決しようと努力してみましたが
ますます分からなくなった。

「正式には Nigra sum, sed formosa とカンマが入り」

と書いていらっしゃるが、私の乏しい知識によると、
,カンマはなくても意味は通じるので、
ヴァチカンのNova Vulgataに行ってみると↓

http://www.vatican.va/archive/bible/nova_vulgata/documents/nova-vulgata_vt_canticum-canticorum_lt.html

5 Nigra sum sed formosa, filiae Ierusalem,

とここでは filiae となっていた。
すると複数呼格「娘たちよ」ということになるが、
Nigra sum の後にはカンマは打っていない。
formosa,とformosaの後にカンマがある。

上記の「正式には Nigra sum, sed formosa とカンマが入り」
という根拠はどこからの引用なのでしょうか?
それを書いた人が間違っているんだろうか?
それともNova VulgataではなくVulgataの方では
そうなっているのでしょうか?
Commented by ステファノ at 2013-05-25 00:07 x
さらに、
<ヴルガタ訳と他の訳では「et(=英語のand)」と「mais(=英語のbut)」の2解釈あるだの何だの、
解釈のあり地獄状態に陥りそうになってしまいました。ま、並列なら「私は黒く、美しい」が良訳でありましょう>

確かに、sed には強調したり敷衍したりという意味はなくはないが
ごく普通の意味では「しかし」という意味だ。

ラテン語の「そしてet」という意味ならそんな紛らわしいsedを使わずに
普通に聖ヒエロニムスはetと書いたのではないでしょうか??

ならば、並列ではなく「私は黒い、しかし美しい」と訳すのが
正解と言うべきものではないでしょうか???









Commented by ma_cocotte at 2013-05-25 17:49
+ ステファノさま、はじめまして。

私はラテン語について存じませんので確かで正しい返事ができません。
ごめんなさい。
旧約聖書の雅歌1:5を各国語で調べ、もし脱字があればわたしのタイプミスです。
仏語で申し訳ありませんが、以下のサイト、参考になりますでしょうか。

http://www.bible-service.net/extranet/current/pages/1308.html
Commented by ma_cocotte at 2013-05-25 18:17
+ ステファノさま、

拙文を読み返してみましたが、貴殿が抜粋した文章をきちんと読み返すと、
私は「仏蘭西語で調べてしまうと、」と前置きしておりますし、
【(もし)並列なら(ば)「私は黒く、美しい」が良訳】と書きました。
ですが、このエントリーのタイトルは

私は黒いけれども美しい Nigra sum sed formosa

です。私は並列が正解と書いていませんのでお含みおきください。
Commented by ステファノ at 2013-05-25 21:23 x
>私はラテン語について存じませんので確かで正しい返事ができません
>私は並列が正解と書いていませんのでお含みおきください。

了解。お返事ありがとうございます。

私はラテン語の初学者です。
ミサで歌わざるを得ない典礼聖歌が嫌いなので、
グレゴリオ聖歌を歌おうと思い、
もう2年も「独習者のための楽しく学ぶラテン語」
という本を独習しているが未だに初心者。

この本の問題には回答が付いていないので、
いつも正解が分からないままで欲求不満が爆発。
独習者には楽しく学べない本。

そんでもって自分の学力で分からないことに
出くわすと正解はどうなんだかつい人に聞いてしまう
という悪い癖がついてしまったんです。

指摘しようという事ではなく、
もしご存知なら教えてもらおうと思っただけです。
又、他のページも拝見させていただきます。
御礼まで。
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