<< Si t'aimes ... 秋の始まりにいいかな?と思って、 >>
70年過ぎて、なお
きょう、市役所分室に参りましたら、役所の広場の記念碑に献花されていました。
b0070127_0511555.jpg

たいてい共和国内の役所前広場には第一次世界大戦、第二次世界大戦で帰天または行方不明になった市民の名前が刻まれた記念碑があり、それぞれの終戦記念日には式典が行われますが、きょうは第一次世界大戦終戦記念日(11月11日)でも第二次世界大戦終戦記念日(5月8日)でもありません。

記念碑を凝視してみましたら、1939年から1945年までナチスの残忍な行為の犠牲となって亡くなられた市民の名前が刻まれた記念碑だったのでした。記念碑の両側面も名前が刻まれています。
b0070127_0514064.jpg

そういえばここ数日、ペタン Pétain という音がテレビやラジオのスピーカーから繰り返し聞こえてもいたので、ヴィシ政権のフィリプ・ペタン Philippe Pétain の名を思い出し、調べてみたら、やはりあのナチスの傀儡と言われたヴィシ政権の創立から今年70周年を迎え、1940年10月から仏蘭西国内におけるユダヤ人迫害が始まったのだそうです。

以下、フィリプ・ペタンの手によるユダヤ人迫害についての書類を紹介した報道です。




仏蘭西は第二次世界大戦の戦勝国扱いではありますが、1942年11月以降終戦まで、仏蘭西国内は事実上ナチス占領下であり、ナチスに逆らった仏蘭西人も収容所に送られていたことなどは日本國ではあまり知られていないのかもしれません。現在も仏蘭西では80歳以上の高齢者にはナチスに占領された環境で働いた経験者もいます。もちろん強制収容所から帰還したユダヤ系もいれば、仏蘭西人も仏蘭西国内には今も多くいます。彼らのそれぞれの心痛を思うと第二次世界大戦は過去と置き去りにすることは難しいです。

le 7 octobre 2010, Serge
[PR]
by ma_cocotte | 2010-10-07 00:51 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)
Commented by JOYママ at 2010-10-07 10:57 x
ナチスとは違いますが、やはり第二次世界大戦前から
大陸侵略していた旧日本軍
そして、殆ど抵抗運動が無かった日本の体質
現在でも、やはり過去を切り捨てる事は出来ませんよね
私たちの世代ではありませんが、過去に行なった事は
しっかり見据える根性がないと、進展しないと思います
難しいのですが・・・・・
Commented by ma_cocotte at 2010-10-07 14:50
+ JOYママさま

第二次大戦中の日本国内は占領する側で「される側」では
なかったことから国内での抵抗運動が起こり難かったのでは
ないでしょうか?
第二次大戦後、米国の下にあった時代の日本国内では
米国に対しての抵抗運動はどのようなものだったのでしょう。

仏蘭西の場合、第二次大戦中はナチスに占領されており、
私が今住む町も、ナチスに占領されていた土地です。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< Si t'aimes ... 秋の始まりにいいかな?と思って、 >>