<< ゆきやこんこ、あられやこんこ は い、動 い て み ま す。 >>
師走の前に、天使が通った。
先週末から11月の30日にかけて私にとって不思議なことがありました。
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土曜日の朝、南米はボリビアに住む友人が現地時間で金曜日の夕刻に突然倒れ、意識不明で入院したことを知りました。右脳に血液が通っていないことで左半身がまったく動かない状態で、入院先の医師からも48時間が勝負と宣告されたそうです。

あまりに遠く、連絡の取りようもないまま、彼女を知る共通の友人に知らせ、互いに祈ることを誓いながら数日を過ごしました。悪いことばかり想像してしまう自分が非情だとわかるし、心配ばかりして何もできない自分の非力に泣けるばかりで、時は止まることなく流れ、48時間もとおに過ぎてしまいました。

友人とはこれまで何度か、待降節や四旬節になると天国もクリスマスや復活祭のご慶事の準備で忙しいのか、天国に招かれてしまう、つまり亡くなられる方が多く、それも私達にとって善人と思われる方ばかりがこの時期に旅立たれると互いに語り合ったことがあるのです。私から見て友人はいくら背中を追っても追いつかないリーダーですから、この第一待降節を迎えるというタイミングで友人が意識不明になったというのは「もしかして招かれてしまったのでは・・・」と、彼女を必要としている天には申し訳ないですが、不安になってしまいました。なぜなら、友人にはまだまだこの世の中で生かされることがたくさんあると思うからです。

11月30日午後遅く、ボリビアは朝を迎えた頃だと思われますが、友人が退院することを知らされました。
驚きです。
金曜日に倒れた友人は翌日も意識がないままだったのに、三日目の日曜になって目を覚まし、まったく動かなかった左半身も動き、日曜の夜には帰宅の希望を話したのだそうです。

三日目に目を覚ましたなんて、いつかどこかで聞いたお話のようでもあれば、ルルドで聖母を見たベルナデットが数度危篤に陥ったにも関わらず、生還し、前にも増して元気になり、修道院のお仲間に「天国の門前で追い払われたのよ」と労作のたびに話していた逸話を思い出したりもしました。こうして生還した友人にはこれからも生きる使命があると確信します。

つくづく私達は「生かされているのだなあ」と、この数日の友人の身に起こった不思議で思い知らされました。

いただき、生かされたいのち、愛おしいです。大切にしよう。

待降節はクリスマスをよく迎えるための準備の約ひと月であるけれど、一説には14、5歳だったと伝えられるマリアも臨月に入り胎で動くいのちをどれほど愛おしく思ったことでしょう。私には偶然とは思えても、天においては必然なのでありましょうが、待降節を迎えると同時に友人を通していのちについて考える機会が与えられたこと、不足だらけの私にとって大きな恵みとなりました。でお・ぐらあしあす。


le 1er décembre 2010, Florence

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by ma_cocotte | 2010-12-01 02:25 | 『秋』 Rien de special | Comments(6)
Commented by 伊望 at 2010-12-01 13:37 x
まさに奇なる恵み、良かったですね!
Commented by ma_cocotte at 2010-12-01 15:26
+ 伊望さま

はい。
この時季に、友人を通して感じ取ったことはあまりに意味深いです。
友人は大変な経験をし、その中にありますが、彼女を知るひとびとに
どれほどの恵みが与えられたことか。
よい探究心がそれぞれのこころに宿ったように思います。
Commented by al_lamia at 2010-12-01 16:39
本当に良かったですね
まだまだ、お仕事があったのですね
順調な回復をお祈りします
Commented by ma_cocotte at 2010-12-01 16:58
+ al_lamia さま

はい。
この世に生をいただくことと、この世から天に迎えられることくらい
荘厳な神秘はないと思います。

与えられたいのち、いとおしみつつ、この世で使い果たしませう。
Commented by ガビィ at 2010-12-01 17:40 x
マ・ココットさん こんにちは

うれしい記事を読ませてくださってありがというございます。


<いただき、生かされたいのち、愛おしいです。大切にしよう。>

そうですね、私も今年は入院しました。

友人たちの祈りが、とてもとてもありがたいです。


Commented by ma_cocotte at 2010-12-02 04:51
+ ガビィさま

そうですね。
友人が倒れた直後から、彼女の友達はもちろん、彼女の急変を
知った方々まで祈りが広がりました。
祈りの輪の広がり方に私は驚きましたし、友人の日ごろの人徳あってこそ
あっという間に祈りの輪が広がったのだと確信もしました。
快癒が知らされてから、祈った誰もが喜んだこともまるで復活祭のようで、
この数日の友人にあったことだけで広く深くいろいろなことを考えることが
できました。

ガビィさんも入院するほどのご体調でしたからいろいろご苦労あると
思います。私は入院に至ったことが人生においてまだないので、
きっと私がいくらいのちの大切さを思ってもまだ本当のいのちの
重みを知るに至ってないような気がします。
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