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死刑台への階段
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絞首刑台の紐と、遠くに見えるは火葬炉の煙突。

仏蘭西はアルザス地方の、奥深い山中にあるナチスが建設した強制収容所址です。
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絞首刑台は谷の上、谷底に火葬炉の煙突が中心にある建物。
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この谷底の建物の煙突の左右は死刑執行日が決定した人々が待機する牢になっています。
絞首刑台と谷底を結ぶのは石の階段。
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お死刑執行日決定後、人々には食事も水も与えられず、彼らはこの階段の果てにある絞首刑台まで昇らねばなりませんでした。当時、死刑執行宣言された人々の体重は平均25kgほど、階段の途中で息を引き取る人が多かったそうです。もし階段の途中で息を引き取ると、ココに入れられてしまいます。火葬炉。
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そして、もし絞首刑台までたどり着くと、執行後、ここ。解剖室に。
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この強制収容所に送られた人々の国籍は40か国になります。
今でも、ここにたどり着くまでかなり不安になるような山道を通らねばなりません。1940年当時、ここはどれほど孤立した場所だったことでしょう。おそらく山の麓の人々が全て、この強制収容所の存在を知っていたかどうか。

敷地内にはガス室もあり、現在は戦時中に各地の強制収容所で亡くなられた方々の墓地もあります。
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墓石を見ていてつらくなるのは、あまりにも inconnu が多いこと。日本風に訳すならば「無縁仏」でしょうか。というより、身元判別ができない遺骨や遺灰なのだと思います。
欧州の場合、日本とは生活文化も異なり、死生観も違うことから火葬については禁忌に等しく、収容された人々にどれほどの恐怖と、無念を抱かせたことでしょう。

当時は斜面に段々畑のように建てられた17棟の収容施設も、劣化が原因で3棟ほど残るのみです。
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各収容棟にはこのような扉がありました。
何もこんなものを造らなくても、これだけの恐怖を与え続けているならば逃げやしないでしょうに。人間の心に宿った不信がこんな無駄な扉を造ったとしか思えません。

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さび付いた鉄条網もやがて風化するのかもしれませんが、ここであったことは決して風化させてはならないと思います。

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Camp de concentration de Natzwiller-Struthof
http://www.struthof.fr/en/home/


le 30 septembre 2011, Jérôme

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by ma_cocotte | 2011-09-30 22:51 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(0)
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