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先立つモノがなければ、
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これはいったい何でしょう?
しばらく前まではこの右手前の木箪笥の中に納まっておりました。

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何本かはこうしてお行儀よく並べられてもいました。
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そう、最初の一枚はココんちからそんなに遠くないところにある或る教会のオルガンのパイプです。
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どうしてパイプが外され、窓辺に並べられたまま埃だらけになっているのかと申しますと、オルガンの母体がこんな身体だからなのです。

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はらほろひれはれ。
教会のオルガンには見えません。どこからどう見てもドボチョン屋敷のオルガンです。

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死に体のままほっぽらかされているオルガンを蘇らせることはできないものかと思いますが、1908年の完全政教分離、1968年の学生革命を経て、カトリック信者数が激しく減った現在の仏蘭西では、いくら1908年より以前に建設された教会建築の修理は自治体とカトリック教会の共同義務と管理とは言え、救いに限界があるそうです。信者数が少ないカトリック教会を修復するより、信者数が増え続けるイスラームのためのモスク建設を優先する自治体が多いのもこれまた事実です。

このオルガンを抱える教会は観光名所なれど信者は高齢者ばかりで年々減少し、共同管理している自治体はこの聖堂を無宗教葬の会場として市民に貸していたりもします。信じられないけれど本当の話。

かつては勢いあったこの教会には上のオルガンより更に大きいパイプオルガンが薔薇窓の下にあります。
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このオルガンもボロボロで修復の予定はゼロです。

悲しくて悔しい話だけれど、先立つお金がなければ救えないのです。

le 28 mars 2012, Gontran

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by ma_cocotte | 2012-03-28 17:15 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(3)
Commented by kaocin at 2012-03-31 12:27 x
ドビュッシーのピアノ曲に「月は廃寺に落ちる」と訳されているものがありますが、数年前に石川県の羽咋市に行ったとき、海への道を歩いていて本物の「廃寺」を見つけ、ぎょっとしました。
そういうこともあるだろうと思うことと実際に見ることには、大きな差がありますね。
宗教の感覚は私にはよくわかりませんが、その教会、オルガンは歴史の中で人々の気持ちを救ってきたのでしょうね。しかも1908年以前の建築ですか! 
東京は、破壊と再建の繰り返しですから、うらやましい気持ちもあります。
最近は新しい活断層や東京直下震度7なんて予想も出ていますので、わずかに残っている古い民家も何年かのうちになくなってしまうでしょう。

しかし、お年がバレますよ、「ドボチョン」。
Commented by kaocin at 2012-03-31 13:21 x
追伸です。
その協会が「廃寺」だと言っているわけじゃないですよ!

お寺も檀家さんがなくて成り立たないところもあると聞いています。
と言いながら、私が何かしているわけでもない。
それでなおかつ残ってほしいと思うのは、ずるいですね。
Commented by ma_cocotte at 2012-03-31 17:14
+ kaocin さま、

日本と仏蘭西だと「政教完全分離」と言っても中身がまるで違い、
仏蘭西国内の宗教の方が日本国内の宗教の立場よりははるかに
世間から尊重はされている・・・・と今のところは言えます。

だけれど、1908年の建造物維持について政府と教会が折半で
見るという場合、時に自治体方針で軽んじられたり、売却されたり、
何より聖堂なのに無神論者の葬儀会場として貸し出すなんて
どんだけ「バチあたり」な自治体だとしらけた目で見たりすることもできます。

ドボチョンは夏休みになるとNETテレビで午前十時半からの子供劇場で
放映されていた記憶があります。日本テレビだったかしら?いや、NET
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