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神無き国にはびこる「神話」
ココは地の果てアルヂェリアの、リビヤとの国境、チュニジアとの国境に近い、砂漠の中の天然ガス関連施設で起こった事件。
事件の結果はご存知のとおりでありますが、事件の終結らしきものが発表されたことで、さまざまな憶測が電脳域の日本語圏内で飛び交い始めました。

自分もいろいろ読み逃げしておりますが。
「イスラム原理主義のテロリストが日本が富裕国ゆえ
身代金目当てで今後、同様の事件が繰り返されるだろう」
という推測には「そりゃ、ハズレ」としかつぶやけない自分です。
なぜなら、イスラム聖戦の戦士(仏語ではジハディスト Jihadiste とよばれるようになった)の第一の目的はこの世の中すべてがイスラームとなることで、これを実現するために彼らは手段を選ばず地球全体のイスラーム化に励んでいるのですから。今回の事件で私たちは彼らが人質をとり殺人まで「犯した」と見るでしょうが、イスラームの原理主義世界からこの事件を眺めたところで、眺めているものも、最前線で戦った聖戦士も「犯した」なんて微塵も思いついていません。そんぢゃ、私たちが自分の良識をもってイスラーム原理主義世界の中で生きる人々に説教したとしましょう。説教した方が殺されちゃいますよ。単純な話、イスラーム原理主義世界の外の知識が常識扱いになっていることさえ、その世界の中の人間には納得いかないことであり、外の常識を穿ち、自分の世界の常識を世界全体に広めるのが彼らの信じる使命です。

事件の終結らしきものを境に、日本語で「宗教なんか信じるからこんなことが起きるのだ。宗教を失くしてヒトを信じましょうよ」なーんて意見も拾ったけれど、これもまた、イスラーム原理主義の中の一部の過激な世界では通じません。なぜなら、外の世界の「常識」であって、自分達の世界では「非常識極まりない」からです。何が非常識極まりないのかというと「宗教を必要としない人間」の存在です。イスラームというのは、イスラーム世界以外では「宗教」の枠に入れられていますが、イスラームは宗教ではなく習慣、法律も含む人間の「生」そのものだからです。つまり、私たちが「神を信じていません。ユダヤ教徒でもなければ、キリスト教徒でもない」という発言は必ずしも自分の命をテロリストから救済できる台詞ではありません。神を信じない人間は彼らには動物と同じです。具体的な宗教名を出さずとも、「私も神を信じるひとりです」と名乗った方が救われる場合もあるでしょう。

兎にも角にも、犠牲者の数で大騒ぎする日本という国と、生存者がいることで奇跡だと大騒ぎする欧米諸国との間に大きな基礎知識の違いがあることだけは確かですね。

殺すことでひとつの霊魂が肉体を去ろうが、テロ実行中に自らの生命がこの世で終わろうと、どちらの立場であっても、聖戦において殉教した者の霊魂は天国直行であることが約束されているので、これもまた、彼らに「罪」だと言い聞かせても理解に至ることはまずありません。殉教ほど美しく、来世が約束される行いはないわけで。これも私たちには理解不能な非常識であっても、彼らのイスラーム原理主義の中の一部の世界では「理解して当たり前の常識」です。

とまあ、ここ数日、日本語で飛び交うこの事件の意見を眺めつつ、意見文の中に「日本人」という枠組みで救済やら解決、政府批判もろもろ出ていると、限界が見えます。というのも、単純な話、イスラーム原理主義の中の一部の世界において、イスラームとして生きていない人間は、ヒトが決めた国境や国力、身分も、外見も関係なく、「同じ」です。日本という国が富裕国である、日本人は宗教を持たない、ゆえに他国の人間より優遇し、救われる可能性が高いという話は、極東の島国日本における「神話」に過ぎないと思います。

神が不在の日本と言う国にはびこる神話における「神」とは誰なのでしょう?

知りたいところです。

le 23 janvier 2013, Barnard


他にも電脳域の日本語で飛び交うこの事件の推測や意見、記事に首傾げてしまう話が多々あれど・・・


【追 記】
書き忘れましたが、今回の事件がアフリカの、アルジェリアと国境を接するマリと言う国でフランスが戦争を起こしたことが原因である、フランスのせいだ・・・という単純な意見も飛び交っているようだけれど、フランスや他のアフリカ数か国が援軍しているマリ政府軍の軍人さん、兵隊さんもほぼ全員がムスリムである点を忘れないでください。マリ北部を陣取る原理主義のムスリムとムスリムであるマリ国民の間の違いはいったい何なのか、丁寧に知ることが大切です。
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by ma_cocotte | 2013-01-23 18:01 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(10)
Commented by kaocin at 2013-01-25 12:11 x
数年前、ブラジルの有名な写真家(名前が出てきません!)が撮った、これまた場所を忘れましたが、アフリカ某所の難民の写真を見ました。
何もかも失って命さえも危ないにもかかわらず、互いに助け合って喜びも悲しみも分かち合う姿に、この写真家は優しい心を感じていたようです。
テロだけでいえば、テロは人を殺してあたりまえ。
グループへの入会儀式に自分の親を殺すという、いわば人間性の破棄が求められることもあるくらいですから。
「話せばわかる」は身内であっても難しいことです。
ニュースの内容はあまりに情緒的すぎるように感じています。
今はまだ、その背景や事情を理解することが大切なのではと思います。
もちろん、日本人だけでなく多くの人命が失われたこと、それによって、さらに多くの人が悲しむことを、忘れてはいけませんが。
たまたまだったのですが、ま・ここっとさんのブログから「傭兵」を見て、「ビアフラ」を見ました。
子供心にその悲惨さが刻みつけられたようで、この語には今でも何かしらのひっかかりを感じます。
アルジェリアだったんですね。

Commented by colo at 2013-01-25 23:00 x
日本人が宗教心が無いとは思えないけどね?
仏教、キリスト教に限らず、八百万の神々や神出鬼没の新興宗教、
鰯の頭も信心からだっけ? 触らぬ神に祟りなし。。。

 
Commented by ma_cocotte at 2013-01-26 03:33
+ kaocin さま

そうです、この点です!>ニュースの内容はあまりに情緒的

フランスのニュウス番組は現在も報告の域から出ていないように思えます。
昨日だったかニュウスの途中で仏人犠牲者の葬儀日時が伝えられは
しましたが・・・。
Commented by ma_cocotte at 2013-01-26 03:40
+ coloさま、

Wikiの掲載に過ぎませんが、以下、ご参考までに。

----------8<----------8<----------8<

読売新聞が2005年8月6日、7日に行った「宗教」に関する世論調査では、「宗教を信じていない」という選択肢を選んだ人が75%に上り、「信じている」を選んだ人は23%と、1979年の調査の34%と比べて11%減った。「神や仏にすがりたいと思ったことがあるか?」に関しては、54%の人が「ある」と答え、44%の人が「ない」と答えた(「宗教を信じていない」を選択した人でも47%が「ある」と答えた)。

(中略)

なお現代の日本人の大多数は、実際にはいわゆる宗教儀礼に参加してはいるものの、特定の宗教組織に対する帰属意識は薄く、自分のことを「無宗教」と考える日本人も多い。これは日本人が神や仏を否定しているわけではなく、何かしらそれなりに信じているが、特定の宗教組織に全人格的に帰属してはいないということである。

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自分について「無宗教」と考えるひとが他人の宗教に寛容であることと、
「(本人の)信仰」は同じではありませんから。
Commented by hiiragi at 2013-01-26 13:48 x
宗教組織に対しては信頼を失っているんとちゃう?
いろいろあったな、オウムに統一協会、カルト団体に
よる事件、、人間の作った宗教組織のトラブルは今も後を
経たないようですね

日本人の宗教観ってのは、統計とはちと違うよな・・・・・
日本人は、特定の宗派に属してなくても、神さまってのは
どこかで信じてるんじゃないのかなぁ・・・・・ 自然のなかに
神は存在してるというようなアミニズムってのかな??

お天とう様はいつも何処かで見守っているというような
素朴な信仰、、聖書にも在るギリシャ人も捜し求めていた
「知られざる神・・」につうじるような・・・・・・


Commented by ma_cocotte at 2013-01-27 00:22
+ hiiragi さま

(上にコメントをいただいたcoloさんと同じ方ですよね?
exciteブログではIPアドレスがブログ主に提示されますので
お知らせしておきます)

イスラーム教条原理主義のひとびとに、汎神を信じていると
もし日本人が申し出ても、同じ神を信じていることにならない
ことが問題なのだと思います。(イスラームは唯一の神のみを信じ、
同祖はユダヤ教、キリスト教です)
そして、彼らが日本人の宗教観に寛容にならないことも。

逆に上にも書いたように、日本人は自身の宗教があろうがなかろうが
他者の信仰について寛容です。
Commented by hiiragi at 2013-01-28 23:28 x
hiiragiです。
IP表示? そんなのも出るんですね
家族で共有してるもんで、書いてる人は
別人ですよ。 

イスラムの神と日本の神々は別物でしょうね
ユダヤ教とキリスト教の母体は一緒だと思うけど、
イスラームのアラーは、一神教といえども
違う神じゃないかな?!正妻の子と妾の子の
兄弟喧嘩のようですね・・・・・・・ 

 
Commented by ma_cocotte at 2013-01-29 16:42
+ hiiragi さま

イスラムの神(単数)と日本の神々(複数)は別であり、
イスラムにおいて神は唯一、ゆえに同祖の一神教であれど、
キリスト教の三位一体を否定し、この点ではユダヤ教と一致します。
正妻の子(イサク)と妾の子(イシュマイル)に分かれることは
旧約聖書の創世記に明記されていますが、いずれにせよ、
ひとつの神の下、この世で起こったことです。

ユダヤ教、キリスト教、イスラームは同じ神、唯一の神を
礼拝しています。
Commented by hiiragi at 2013-02-12 15:12 x
ma_cocotteさま

同じ神さま? ですか?
日ユ同祖論などでは、ユダヤ人と日本人の
つながりなどよくいわれておりますけれど、、

アラ~の神さまは、違和感・・・・ 感じますなぁ ・・・・・・
Commented by ma_cocotte at 2013-02-12 15:34
+ hiiragi さま

そうです。
ユダヤ教、キリスト教、イスラームは同じ神(=唯一の神)を
礼拝する、アブラハムを祖とする宗教です。

イスラームにおいてはアダム、ノア、モーセ、ダビデ(以上、旧約の
登場人物)、イエスは神の使徒ですし、旧約の律法、詩編と新約の
福音書は啓典のうちです。以上にイスラームではムハンマドと
クァルンが最高の預言者、啓典として加わります。
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