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いずこの、『フランシスコ』
アベムス・パッパム Habemus Papam の全文にはラテン語でFranciscum、フランシスクムとあります。日本のカトリック教会ではフランシスコ、英米語ではフランシス Francis、イタリア語ではフランチエスコ Franciesco、フランス語ではフランソワ François を公で用いることになったようです(欧州時間で3月14日正午以降)。スペイン語やら独逸語ではどう表記するのか、追ってわかることですから焦らずとも良いです。
cf. 新教皇の名称について
新教皇の名称は、教皇庁大使館の通知を受けて、今後は「教皇フランシスコ」と呼ばれます。(2013.3.15)

さて、2013年3月13日の午後7時10分。あのシスティナ礼拝堂の屋根に設えられた煙突から白い煙がもくもくと出ました。その後、アベムス・パッパム Habemus Papam という新しい教皇さまが聖ピエトロ大聖堂の正面の大バルコニーにお出ましになり、私たち世俗にごあいさつしてくださるという儀式がありますが、ベネディクト16世名誉教皇さまが選ばれた時は白煙から45分後にアベムス・パッパム、ところが、今回、フランシスコ教皇様がバルコニーにお出ましになるまで一時間と数分かかりました。この60数分という時の流れはテレビ画面前の世俗を「あってはならない妄想」に招くワケで、白煙から30分過ぎても何ら動きがない、B16とタイ記録になる45分過ぎても何ら動きがないとなると、ココんちのような下品な男女が集う家では「たぶん前もって用意した3サイズのスータンいずれのサイズにも合わない枢機卿さまが選ばれちゃったんだよ」なんて話になり、同時にテレビ画面からは、ココんちでは24時間ニュウス専門チャンネルのi>teleを視聴していたけれど、ミラノ大司教アンヂェロ・スコラ枢機卿さまが選ばれたのだという話をはじめ、はては招かれた仏人政治家に「スコラ枢機卿はカトリック民主主義(党)を支持している方ですから良かったですね。あなたに都合がよろしくて」なーんて話。こちとら、テレビ局がそういう確定をまことしやかに話すことで、脳内にはアンヂェロ・スコラ枢機卿様の「おぬしもワルよの」ピンナップ写真が走馬灯状態になってしまいました。

・・・・なんてお遊びを数分続けたところで、画面向こうのヴァチカンからの生中継画面は大して変わらず、午後8時丁度になり、ココんちでは私が「もしかしてお名前選択で時間がかかっているんぢゃないの?」という言葉を漏らしてしまったのでした。そして、さらに10分。バルコニー周辺の窓から灯りが漏れたところで、テレビ画面から小声で「Francesco? Francesco Salesio?」というつぶやきが確かに聞こえました。前者はアッシジのフランシスコ、後者はフランシスコ・サレジオという北イタリアと国境を接するフランス側に縁ある聖人です。そのささやきの直後、アベムス・パッパムの儀式が始まり、仏人であるトラン枢機卿の宣言で新しい教皇さまの名前が「フランシスコ(仏語でフランソワ)」であり、その名がイタリア共和国の第二守護聖人であるアッシジのフランシスコから取られたものであるという説明がテレビ画面から聞こえてきました。というわけで、アベムス・パッパムの儀式の最中に既にフランス語圏では新しい教皇さまが選ばれた「フランソワ」という名前はアッシジの聖フランシスコからいただいたものだ、と「唯一の由来」に確定されました。

ところが、面白いものできょうび三次元より信頼されている電脳世界における日本語圏では数日にわたり、フランシスコ教皇さまがイエズス会の修道司祭出身であることから、フランシスコと言う名前はイエズス会と日本に深いかかわりのある「フランシスコ・ザビエル」からいただいたものではないかという推測がいくつも流れました。おまけに、フランシスコ教皇さまは日本を贔屓しているという発言まで日本語で飛び出した。

これ、想像過多ではありませんかね。

というのも、フランシスコ教皇様のフランシスコはアッシジのフランシスコからいただいたもので、教皇様ご自身が世界の貧困を思うにはアッシジのフランシスコの生前の生き方に倣うことがよいと思いつかれたこと、さらにはアッシジのフランシスコという人物が貧困問題に向き合っただけでなく、神の被造物全てを愛されたことが教皇名を決める決定打だったのです。加えて、確かにイエズス会のフランシスコ・ザビエルは日本の大地に最初に足を踏み入れたカトリック宣教師ではありますが、イエズス会の精神について調べれば「ヒトが作った国境、ヒトが作った身分をとっぱらって我々は神の大いなる栄光のためにはたらく」のですよ。だから、カトリックの最長上、ロオマ教皇となられたイエズス会の神父様が地球のどこぞの一国を贔屓している・・・というのは身勝手な想像です。「えー、そんなぁ」と反論あるかもしれないけれど、イエズス会には「死体のごとき従順」もろもろイエズス会に受け入れられた者が生きるための基本とする言葉の数々があり、建前で眺めるならば、フランシスコ教皇さまは神さまが造られた地球そのものをわけへだてなく愛し、その地球の上にある不平等や格差をなんとかなくすことを大切に考えられていると生前のアッシジのフランシスコの精神と照らし合わせて、私たちが考えると、いろいろなことが見えてきます。

そんな観点を基本とするならば、原子力発電所の問題など地球と自然をいじめ続けている日本という国について、フランシスコ教皇さまはなんらかの意見を持っていらっしゃり、それは世界における上位の富裕国日本への甘い感情ではないこと、容易に想像つきます。





以下、カトリックの聖域になんら関係のない、俗世の婦女子がぶっちゃけ申し上げれば、ホルヘ・マリオ・ベルグリオというイエズス会の神父様は教皇に選ばれたところで、ペトロから先代までの265名の先の教皇方に「倣う人物」がいないので、「フランシスコ」という前例ないお名前を敢えて選ばれたのかしら?と穿った見方をしてしまいました。もしそんな思いをフランシスコ教皇さまが心に置いていらっしゃるならば、おそらくカトリック教会に大きな改革があるでしょうね。
それは、それは、もんのすごぉおおおく大きな改革。
わっはっは。そりゃ、楽しみだ。


le 17 mars 2013, Patrice



【余計な余談】

新しい教皇さまが「フランシスコ」という名前を選んだと見聞した途端、「ああ、イエズス会員だからフランシスコ・ザビエル」と想像する日本人もアレだけれど、「ああ、フランシスコ・サレジオ!」と口にする仏蘭西びともどうかしています。フランシスコ・サレジオは仏語読みでは「フランソワ・ド・サル François de Sales」と変換し、16世紀から17世紀にかけてこの世にいらした聖人ですが、19世紀になり、北イタリアはピエモンテの一司祭、ドン・ヨハネ・ボスコなる人物が修道会を創立し、その名にフランシスコ・サレジオからいただいた「サレジオ会」を選んだのです。そんなわけで、仏蘭西国内でサレジオ会とドン・ボスコの話をすると「ああ、フランスの偉大な聖人を盗んだひとね」と意地悪い返答がたまに戻ってきたりもします。欧州中華思想国フランスならではのイヤな愛国護国表現だったりします。(どーでもいいけれど)
アベムス・パッパムの儀式の翌日から、仏蘭西という国では教皇さまにアッシジのフランシスコを勧めたのはアベムス・パッパムで宣言のお役だったトラン枢機卿だとか、次期国務長官にはパリ大司教アンドレ・ヴァントロワ枢機卿が選ばれるだとか噂を流していますけれど、16日午後の段階でフランシスコ教皇様がアシジのフランシスコの名前を選ぶきっかけを作ったのはブラジルのサンパウロの大司教さまだと教皇様ご自身が説明されていますのでゴミ箱にポイ!のネタですが、次期国務長官については19日の着座式が済むまではわかりませんね。でも、
ヴァントロワ枢機卿さまではないと思うわ。(-。-) ボソッ

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by ma_cocotte | 2013-03-17 19:52 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
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