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時を待つ。時は来る。
昨日の水曜日。
ヴァチカンでの一般謁見で。
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Photo : O TEMPO

ウソもつけないし、偽善者にもなれない自分、正直な気持を吐露すればショックでした。
昨晩はこの時の様子の写真を6枚見ました。私が知るこの世の中が本当にちっぽけなのだと少しだけ実感しました。もっと強く実感せねばならないのだろうけれど、私には勇気がないので、情けなく思いました。

世界中の、神学を学ぶ方々から批判が飛ぶフランシスコ教皇さまの説教やメッセーヂの中身ではありますが、市井に普通に生きる婦女子のひとりである私にはとてもわかりやすいし、いつも必ず私たちにヒト釘刺しながらも、「さあ、一緒に努力してみましょう。行なってみましょう」と励ましをくださる。あまちゃんの台詞を借りるならば、
たいしたもんだとおもいます。
さて、昨日も満員御礼の垂れ幕が出そうな人出の一般謁見で、フランシスコ教皇さまが「幼児洗礼はできるだけ早く」とおっしゃったとのこと。このお話、カトリックとしては当たり前だのクラッカーなのですけれど、不思議なことに日本国という国の中のカトリックさんにおかれましては、子供のシューキョーは自分で選ぶのが良いので幼児洗礼を授けないという珍説がまかり通っていたりします。これぞ、ち、ん、せ、つ。

数年前にカトリック信者家庭の幼児洗礼は当たり前だと信じて疑うこともなかった私が、幼児洗礼が間違っているとカトリック信者さん(=成人洗礼第一世代のみなさまがた)にコテンパンに叩かれたトラウマがございまして、お話にならないのでそれを限りに対話を二度としないことに決めたけれど、数年を経て、フランシスコ教皇さまから直に幼児洗礼についての勧めをあらためて出してくださったこと は、でお・ぐらあしあす です。私本人だけでなく、私の知人まで加えて、見ず知らずのカトリック信者さんと名乗る方々にコテンパンにボコボコされている間、自分のこころが惨めにもなりましたし、自分からその場を離れたとは言え、こころの傷は完治していないように自覚しますが、こういう経験や痛みも意味連関を成しているのだと昨日のフランシスコ教皇さまの言葉でいっそうわかったように思います(未だわかりきったという悟りに私は至っていませんが)。

少し考えてみると、こんな当たり前のカトリックの生活習慣を一般謁見の席でのメッセージを使って、目の前の群集と世界中の民に知らせねばならないと言うことは、それは世界中のカトリックの民が幼児洗礼を忘れていたり、あえて我が子に受洗をさせないと成人であるオトナが自己都合あって独善で決めていることが事実であり、そういうオトナへの警鐘を教皇さまが愛をもってお口から出したのでしょう。だから、「幼児洗礼をできるだけ早く」と勧める言葉は決して「やかましいドラではない」のだぞ、っと。今までカトリックにおける幼児洗礼を早く受けさせるという慣習を知らなかったオトナは、フランシスコ教皇さまを通じて「知ってしまいました」ね。実行しませう、まる



le 7 novembre 2013, Karine



【付 記】
11月19日付のDaily Mail 紙(大英帝國)に、教皇さまが接吻した人物についての特集記事が掲載されました。記事の内容だけでなく、写真も豊富に掲載されております。以下、クリックし、ご覧ください。

'I felt as though my heart was leaving my body': Terribly disfigured man who was held by the Pope relives the moment that moved the world
Read more: http://www.dailymail.co.uk/news/article-2509678/I-felt-heart-leaving-body-Terribly-disfigured-man-held-Pope-relives-moment-moved-world.html



【追 記】
11月29日付の、日本語版CNN.co.jp の国際面でもこの件についての記事が掲載されました。
「法王は私を抱き締めた」――難病の男性の人生を変えた日
http://www.cnn.co.jp/world/35040610.html

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by ma_cocotte | 2013-11-07 17:35 | Vive le pape! | Comments(0)
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