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六十年ぶりの天変地異
おとといの日曜日、仏蘭西共和国内は統一地方選挙【第一回】投票日でありました。
日本と異なり、共和国の統一地方選挙は共和国内の市町村長選挙を含みます。国内の市町村長さんが一挙に新たに選ばれると言って過言でない。

私は共和国内の投票権を一切持っていないのでココで話をするのもアレかもしれませんが、ココんちの地元の市長戦で共和国内の誰もが想像していなかったことが起こったのです。それは、この60年もの間、仏蘭西社会党選出の市長しか誕生しなかったのに、なんと今回、仏蘭西社会党以外の人物が第一回投票で第一位。そんぢゃ、今度の日曜日の第二回投票で「いつもどおり仏蘭西社会党員が市長に選出!」と思いきや、第一回投票でトップ当選した人物が50と数%の数値で当選したため、第二回投票無しに「新市長に決定!」してしまったのです。

そんなわけで、仏蘭西共和国内で最もシャビーな県庁所在地である私の寄留地の選挙結果は全国紙にも取り上げられましてございます。m(_ _"m)
落選した仏蘭西社会党からの候補者はもちろん現市長である女性で、この現実を受け止められなかったのか、日曜夜の国営放送、民放もろもろの選挙特番でのカメラ前生インタビュウをことごとくキャンセル。雲隠れの状態になってしまいました。選挙翌日の月曜日の朝から選挙結果の特別番組枠がテレビで放映され、これでもまた天変地異が起こったココんち地元での市民とっ捕まえインタビューが流れたけれど、老若男女の多くが仏社会党員と名乗り、この現実について信じられないの一点張りの繰り返し。

まあ、ココんちにおいても投票直前に、ココんちの有権者♂が考えあぐねているところに私が「あんたが誰に投票しても、この土地の長上は仏社会党員に決まっているけんね」とつぶやいたのも事実です。

私がココ新天地に引っ越してきて6年以上が過ぎましたが、我が寄留地の長上が常に仏蘭西社会党員であり、途中の大統領選挙にいたっては現仏蘭西共和国大統領フランソワ・オランド王のかつてのカウンターパーツだったセゴレェヌ・ロワイヤルさまが我が地元の本当に「女王」であることも知りました。が、まさか60年もの間、この、仏蘭西中西部に位置するシャビー極まりない町の長上が常に仏蘭西社会党員で、この土地が「仏社会党帝国はたまた王国」とあだ名されていることまでよく知りませんでした。

ですが、そう知ってしまうと、ココんちの地元周辺が「仏蘭西社会党帝国である」ことについて思い当たる節があります。そもそも今回の市長選挙で落選した現市長は、かつての市長の娘です。公正な選挙で選ばれた市長ではありますが、二世議員。市内の至るところに彼女の父親の名前が冠された公共施設があります(確認していませんが、通りの名前もあるかもしれません)。現市長も父親と同じ苗字。
私がココ新天地に引っ越してすぐ、地元のひとと関わると必ず苗字を聞かれる。地元民が「知っている苗字」と喜ぶのは仏蘭西社会党員として活躍した家庭の苗字。そうでないと「知らないわね」と言って、その後の付き合いも「ヨソ者扱い」のうちにとどまる。そういう受け答えが続いているうちに、こんなシャビーな地方の小都市(それでも県庁所在地ではあるが)日本國出身者がいて、その中には婚家が仏社会党員でこの土地では誰もが知っている家だとやたら他人にお話になる人物も現れた・・・正直、そんな名乗りを上げられてもこちらの内心では「だから、なに?」としかつぶやきようがないのでありますが、こんな小さくてシャビーな小都市ではそういう名乗りが「心地よく生きるためのよすが」になってしまったりもする、とヒトが持つ生まれながらの弱さを悟ったりもしました。

世界中のドコであろうが、ヒトが決めた境を取っ払って眺めるならば、ミギだろうがヒダリだろうが、一政党による政権が長期化すると、特権階級とそれ以外のヒトビトという分け目が生まれ出てしまう。それが、こんな田舎町で身にしみてわかったことです。土地の広さや名称が国だろうが市町村だろうが、どうしてもヒトが持つ生まれながらの弱さで「分けたがる」。

60年もの間、仏蘭西社会党政権からの長上が支配し続けたことで、仏社会党員を名乗る「家」の者が優遇され、ネゴがまかりとおる町に成り下がってしまい、どこがマルクス主義を基本にしているのかさっぱりわからなくなった市内を、部外者がしばらく前から「帝國、王国」と揶揄していたことになり、市内に住む選ばれた人々はその揶揄に背を向け、耳も塞いでいたのです。

仏蘭西社会党だから、という理由だけではありませんが、サルコぢ前大統領(彼は中道右派のUMP政党所属)の個人的おともだち贔屓政策に、社会主義の弱点が上乗せされたことで、ココんち旧市街の個人商店が次から次につぶれ、本来、旧市街は観光拠点、風光明媚であって当然なのに、旧市街の第一印象が「死の街」状態になっていました。兎に角、商売が下手としか言いようがない。私のような素人でさえ、集客のポインツがハズレまくりであることがわかるくらい下手。全国チェーンの大型店舗には廉価で何でも品が揃っていると市民はわかっていても、本当のプロがこさえる食品が恋しくなるのはヒトが生きている限り当たり前でありながらの贅沢なのに、ここの市長さんはそういうプロフェッショナルが生きていけない商売環境に追い込んでしまい、倒産させ、すばらしい人材をこの市から追い出し続けていたのです。

もともと仏蘭西共和国一の貧食、非グルメの土地ですけれど、一方で初の仏社会党から出たミッテラン大統領の時代の政策で、或る業種の企業本社がこんなシャビーな街に集約されたことで定期的にヨソ者がこの街に寄留するようになったので、そういう新参者が引っ越してくるたびに地元の代々の選民さんとの思想ギャップで大なり小なりの揉め事がボコボコ起こっていたことも事実です。私もまさにそのひとりである「ヨソもん」。

おとといの選挙で新たな市長に選ばれた人物は40歳の教員さんらしい。
サルコぢの院政に決別したボルロ Jean-Louis Borloo とかわいいかわいいラマ・ヤデ Rama Yade ちゃんが率いる会派に連なるそうで、選挙権のない私には関係ないこととは言え、新しい市長さんが神聖、いや、真正真性賢愚帝であるサルコぢとは(現時点ではありますが)つながっていない人物なので、つかの間かもしれませんが安堵しております。
兎にも角にも60年も仏蘭西社会党が頂点だった土地ですから、たった一期のみの「野党支配」かもしれません。それでも、この土地が仏蘭西社会党で当たり前とマンネリ化し、いつのまにかヒトが特権階級とそうでない者に分け隔てられ、そうでない者が特権階級の方々の後回し、下に置かれて当たり前になっていた土地に数年でも風が吹くこと、歓迎せずにはいられません。

こんな小さな町で何かと言えば「宅はこのあたりで知らぬ者はいない(仏社会党で)知られる家柄でござーますの」とそっくり返っていた連中、
ざまーみろ
であります。その証拠に、この選挙に関しての街頭インタビュウでマイクを向けられた者の第一声が「私は社会党員です、が・・・」
どんだけ田舎なのか、ヨソ者で何の支えもない私はついうっかり失笑してしまうココ数日なのでした、まる


le 25 mars 2014, Annonciade

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by ma_cocotte | 2014-03-25 16:43 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)
Commented by joyママ at 2014-03-26 16:47 x
なんとも、楽しく読ませて頂きました。
これからが、楽しみな行政ですね。
私の地方は、浜岡原発、リニアと
大きな問題と、信じられない追加予算で
建てられる予定の、街中水土局など
これまた、話題がありますが・・・
Commented by ma_cocotte at 2014-03-27 20:48
+ joyママさま、

そうです!
浜岡原発の件、員数外ながらとても心配している私です。
私の実家も首都圏なので、浜岡原発の稼動だけは止めていただきたいのですが・・・
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