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らも+Rameaux+枝の主日
ことしのきょうは枝の主日にあたります。
ですから、これから聖週間となり、聖木曜日(最後の晩餐)、聖金曜日(受難)を経て、今度の土曜日の日没から復活祭の諸行事が行なわれることになります。
んなわけで、ココんちにもおニュウの枝が参りました。
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どーん!

写真 ↑ をよく見ると枝が二種類。
一種類はコレ ↓

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地元の教会聖堂で配られていたり、売られている(おそらく)ツゲの枝です。
どうも仏蘭西中西部では枝の主日にツゲを用いる習慣のようです。
そして、もう一種類はコレ ↓

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オリーヴの枝です。
この枝はココ新天地に引っ越してまもなく玄関先の土中に直植えしたオリーヴの木から切り、持参して聖別していただきました。オリーヴの枝を聖別し、家に飾る習慣はマルセイユあたり、プロヴァンス地方の習慣です。ココ新天地に引っ越して既に8年近くになりますが、プロヴァンスの習慣を捨てられないままです。
プロヴァンス恋しや、ほーやれほ。


le 13 avril 2014, Ida de Louvain



【余 談】
きょうの朝、フェイスブックの銀座教文館さんからのお知らせを通じて知ったことですけれど、

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 416年前の今日(1598年4月13日)、カトリック国フランス西部の都市ナントでアンリ4世がユグノーなどのプロテスタントの人々に対してカトリック教徒とほぼ同じ権利を与え、信仰の自由を認めました。「ナントの勅令」です。アンリ4世はもともとユグノー教徒で、国王に即位してまもなくカトリックに改宗したという経緯があります。

 一方、やはり185年前の今日(1829年4月13日)、イギリスでは「カトリック解放令」が制定され、カトリック教徒の信教の自由が公的に保障されました。1801年にイギリスは多くのカトリック教徒をもつアイルランドを併合し、アイルランド議会が解散したのですが、アメリカ独立運動や産業革命後の自由主義運動の影響もあり「アイルランドにも自由を」という運動が高まってきた、という背景があります。この「カトリック解放令」により、カトリック信者でも、議員に選ばれる権利が認められました。

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へぇええええ、年号は覚えても日付まで記憶していませんでした。
前者の話題、ナントの勅令は高校で世界史を選択していれば必ず触れますけれど、後者の話題、大英帝國のカトリック解放令については大学で英文学や欧米社会学でも専攻しないと必ずしも「知れる過去」でなかったりします。かつての大英帝國でヘンリー八世がきっかけとなってはいますが名誉革命あたりからローマンカトリックへの差別区別が大英帝國内で始まり、1829年までローマンカトリックのアングロサクソンびとにとっては相当量の不自由が強いられていました。
この複線を知っていると、先日のエリザベス女王のヴァチカン訪問などとても深い意味があるとなんとなくわかるわけです。
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by ma_cocotte | 2014-04-13 20:38 | 『春』 Rien de special | Comments(0)
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