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またも、金曜日
2015年6月26日 金曜日。

午前中に、仏蘭西の南東部の化学工場で自爆未遂テロ事件発生。
犯人は少なくとも2男性で、車にガスボンベを乗せていたとのこと。犯人が捕らえられた後、工場主 犯人の勤務先の社長の斬首された遺体が発見されました。

午後一番で飛び込んで来たニュウスはチュニジアの海岸線にある2ホテルで同時テロ。
海岸でくつろぐ外国人客だけをターゲットに発砲、射殺。少なくとも28名の生命が絶たれました。(追記:27日朝の時点で38名)

そして、午後半ばにして、なんとアラビア半島のクウェート国のシーア派モスク内で自爆テロ事件。14名死亡。
イスラム国(IS)が犯行声明。同じイスラム教なのになぜ?と思いきや、ISはスンニ派でシーア派を異端としている故うんぬん。ところが、このクウェート国はスンニ派の首長一族が統治しており、国民の8割がイスラム教徒で、そのうちスンニ派が7割、シーア派が3割というスンニ派マヂョリティー国なのです。同じイスラム教徒なのに、たった3割の異なる宗派を信じるひとびとさえISは滅したかったのでしょうか。仏教にも、キリスト教にも、いずれの宗教にもいくつもの宗派があるものですが、どうにも今のISの言動は「心身に余裕がないゆえの過激さ」としか見えません。

先週の木曜日からイスラーム世界ではラマダーンに入っており、世界中のイスラーム信徒が日中の断食を行っています。欧州では夏至の三日前からラマダーンとなるので、日照時間が長い今、断食が例年に比べ厳しいことは言うまでもありません。たとえ真冬のラマダーンであっても、断食を始めたばかりのひとびとが日中、イライラしたり、喧嘩っ早くなることも周知です。
きょう金曜日の連続テロ事件の分析でも、ラマダーンに入ったことでイライラが募り、こういう行いに出てしまったのではないか、という(日本人にしてみればちょっと理解できないほどの安直な)推論も飛び交い始めています。けれど、ラマダーン中の老若男女のイライラを知っているヒトには「かもね」と相槌を打つ点でもあります。

そもそもラマダーンは貧者を思い、貧困をよくよく知るためにイスラームの暦で年に一度、日中の断食を厳しく守る信心行のひとつです。日没後から夜明けまで腹持ちの良い料理をたらふくいただいて、日中を乗り切ることになっています。そして、金曜日はイスラームの祈祷日です。たいてい祈祷を終えたテロリストがほうぼうに散らばってテロを実行するのが通例です。

イスラームの外の、異邦人の私には理解できないことですが、なぜ週に一度の祈祷日を穏やかに過ごさず、ヨソの環境に騒ぎを齎さねばならないのでしょう。
イスラームから見れば、同祖とは言え、ユダヤ教、キリスト教は発展途上の未熟な「生活宗教」です。いくら「この世で完熟成熟の完璧宗教であるイスラーム」への改宗を勧めても、それを拒むユダヤ教徒、キリスト教徒に憐れみを持つのが筋道ではないかと員数外の私は思うわけです。改宗を拒まれたら殺してしまえ、という考え方に未来はつながらないし、恐怖を見せ付けたところでこの世に平和を築けるなんてことはありません。

余計なお世話でしょうが、彼らの改心を祈ります。


le 27 juin 2015, Cyrille


偶然というか(あの世においては必然なのでしょうけれど)、昨日、きょうとカトリックの聖書第一朗読の箇所が、創世記16・1-12、15-16(25日)と創世記17・1、9-10、15-22(26日)だったのです。つまり、アブラハムとハガルの間に長子イシュマイルが誕生し、その後、アブラハムとサラの間にイサクが誕生する話です。このハガルとイシュマイルの子孫がムハンマドにもつながる血筋であり、イサクはユダヤ人の先祖となります。

なんかダブっているので、私にとっていろいろ深く考えさせられる金曜日となりました。
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by ma_cocotte | 2015-06-27 01:53 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(0)
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