<< (100÷10)+5 海を見てきた午前 >>
背中を向けずに向き合って
裾野を周るのではなく、登山下山する、と。

私が先週、テレビや新聞、(きょうびの電脳)から隔離されていた間、9月8日の、西方教会の聖母の誕生というお祝い日にヴァチカン本丸から重大発表があったそうな。それは今日2015年9月16日の時点で「法王 離婚」でニュウス検索すると数件の記事が釣れますが、そのとおり「ローマ法王、「婚姻無効」手続きの簡略化を表明」という発表。なんと大見出しによりますと「過去300年で最大の改革」なのだそうです。この記事 http://www.afpbb.com/articles/-/3059788 が詳しいと個人的感想。

ふぅううん、と記事を読み流してみました。
簡素化する、関係者の人数や場所数が減る、費用が無償に化ける、などなど数や動きが変化するけれど、少し考えると中身はなんら変わらんのではないですかね。どうにも部外者であればあるほど案件の数値や難易で物事を推し量ろうとしますけれど、当事者であればあるほど「中身に変化なし」であるわけで。つまり、「許し」ではなく「赦し」が終点であり、起点である、ということ。これ、300年前だろうが今だろうが明日だろうが教会信仰の中でなんら変わらず、価値もまったく変化ありません。

・・・久しぶりにマジックを見た気がします。

ここで問題なのは21世紀の電脳次元が構築されている今、俗世に生きるひとが電脳で情報を集めて、前例を頼りに自分の立場を独善想像してしまうことです。が、世界を遍く旧教、西方教会においてはたとえ今回のように教皇から世界にこのことを通達したとは言え、宣教国と布教国では異なるし、1か国の中であっても教区が異なれば上長さんが違うのだから導き方にも違いがあります。ここいら辺の細かいことは俗世に生きるひとが全て知ってはいません。蛇にそそのかされて果実でもかぢらない限りw

それに、無知や過失と罪は分けて捉えねばなりませんしね。
カトリック教゛会において同棲は罪です。婚前であれ、離婚後であれ。だから、他の秘跡にも及ぶわけです。と断言しておきながら、以上の同棲についても世界各国の教区によって導き方が違うので要注意です。(つまり個人個人のケースによる)

そういういろいろな秘跡のつながりなど含めても、この世の中のひとびとの生き様はそれぞれ個性があり、千差万別で、パンやぶどう酒を聖に変化できる方々に個人個人の事情を見極め、先に導いていただかないと俗世の人間だけでは終点も起点も見れない、立てないのです。

離婚に限らず、どんな罪であれ、ひとひとりが心底「聖体をいただきたい」という気持があることが何よりで、その気持を知った羊飼いさんはその思いを実現するために一生懸命「イ動いて」くださいます。ですが、耳目年増になりひとりぽっちで電脳を滑って情報を集めアタマでっかちになり、ただただ恥や恐怖で心が一杯になり、教会に背中を向けてしまった羊さんは世界のどこであっても基本「放置」です。

と、結局、離婚の話題に限ることができないお話となるのでした、まる
「悩める子羊はいつでもいらっしゃい」
が今もいつも世々に至るまでカトリックでなんら変わらない抜本基本ではないでしょうかね、はい。


le 16 septembre 2015, Edith



と、先週、ヴァチカンから重大発表があった9月8日。
あたくしはブルタアニュはケルゴナンを訪問していました。
観想修道士方はただただ聖母のお誕生を祝っておりましたよ。眼福、眼福。
b0070127_16305348.jpg


【追 記】

2015年9月18日付でカトリック新聞電脳版で、9月8日に発表された教皇の自発教令について教会行政法制委員会委員長の宮原司教さまによる説明が掲載されましたので、以下に転載します。cf 【解説】「結婚無効宣言の手続き」簡素化 http://www.cathoshin.com/2015/09/18/motu-proprio-miyahara/
今回の教会法条文の一部改定は、「婚姻訴訟」とか(「結婚無効裁判」などと)呼ばれている部分の改定ですが、その部分の趣旨は、決して離婚の原因に関する責任を追及するものでもなければ、慰謝料のことを取り扱うわけでもありません。まして、正式な結婚を無効にすることでもありません。

教会で挙式をした場合、その結婚は正式で有効な結婚とみなされますが、この手続きは、「正式で有効とみなされている結婚が、神の前でも教会の前でも正式な結婚とは言えないもので、結婚としての効力が認められず、無効の結婚であった、つまり、結婚が成立していない」ということを立証し、教会が公的に「結婚の無効」を宣言するためのものです。

その結果、最初の結婚が存在しないと認められるので、二度目の結婚が最初の結婚として認められるようになります。そのための手続きの手段や方法は、確かに「訴訟」や「裁判」の制度が使われますが、その手続きの目的や内容から見れば「結婚無効宣言の手続き」と表現するほうが正しいし、誤解を生むことがないと思います。

従来の条文で定められた手続きは、時間が掛かるし複雑なので、あまり利用されてこなかったのも事実です。そのためフランシスコ教皇は、多くの人に「神のあわれみと慈しみに近づいてほしい」と願い、条文を改定して手続きを簡素にしました。

今回の刷新の基になったのは、昨年の臨時シノドス(世界代表司教会議)で、多くの司教から出された提言です。特徴は以下の4点です。

(1) 単独の裁判官での手続きが可能になる。(従来は3人の裁判官による合議制で、教会法有資格者が4名必要であった)
(2) 教区司教の裁量で手続きが可能になる。(従来よりもより簡易な手続きが可能)
(3) 結論は1回でよい(これまでは2回必要)
(4) 信徒が合議制の裁判官の中に入ることが可能になる(信徒は手伝うことはできても責任を持つ裁判官の役割は果たせなかった)
とりあえず。
[PR]
by ma_cocotte | 2015-09-16 16:31 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< (100÷10)+5 海を見てきた午前 >>