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こんにち7月29日金曜日は「節制と祈りの一日」
仏蘭西語だと、
une journée de jeûne et de prière vendredi 29 juillet


あらららら。おーらららら。
お昼のニュウスで気づかされた時には焼き鳥を口にくわえていたアタクシ。
がーん。
そうだったのでした。
仏蘭西にもカトリック中央協議会なるものが存在し、そちらのエラい神父様のお名前でフランスと善意ある世界のひとびとにきょう7月29日金曜日一日を先日26日の教会テロを思い、節制と祈りを実行する一日にしようという提案が我々にあったのでした。冒頭の jeûne  という単語が「節制」に当たりますが、これ、病院用語だと断食が適当になります。例えば血液検査などのために前日から jeûne を求められる場合が多く、検査直前の登録で「あなたはjeûneしましたか?昨日の(せめて夕方から)飲みも食べもしていませんね?」と確認されるのが常です。

で、カトリックヲールドでも昔はjeûne と言えば「断食」でしたが、最近は「節制」という表現に変わっています。個人によって断食が難しいのであれば、断食とは別の形で節制を行い、自らに厳しく接することを表しています。

もうお昼を食べちゃった私は何か別の節制を探すことにしましょう。
歌舞音曲を避ける・・・? それぢゃ、甘いか。

そして、きょうのお昼の、フランス国営放送のニュウスを見ていたら、またもカトリックの話題に触れ、26日の教会テロをきっかけにカトリックの聖堂を訪問するひとが増えているのだそうです。きょうは金曜日ということもあり、(ここでは説明を省きますが)初金という名の信心行につながる曜日なので朝ミサをささげている教会が多く、報道でもその様子が映し出されますが、司式する聖職者にしろ、参列している世俗にしろ、26日以降、心に傷が少なからずあり、慟哭の中にいる方が多いらしい。うむ、私も比べるのは難しいけれど、日本の相模原での事件とルーアンの教会テロについて考えに考えてしまっていたりもするので、そのうちのひとりかもしれません。

ひとそれぞれですが、教会訪問するにしても、きょう一日、節制するにしても、どちらをしなくても、脳と心で思い巡らし、考えることが大切で、それが「祈り」そのものではないかと思いました。ですが、悪の方面に陥るのではなく、どうするにせよ、善に向かうことですよね。

そして、そして、きょうのお昼のニュウスではフランシスコ教皇さまがアウシュヴィッツを訪問されたことについて繰り返し紹介されています。ひとりぽっちで収容所のアーチをくぐり、ベンチにひとりぽっちで座ってしばし黙想。そして、歩を進めている時は目の前にある当時の建造物の断片に触ったり、接吻されたり。もちろん日本にもゆかりある聖マキシミリアノ・コルベ師が帰天された独房にも入り、お祈りの時間を持たれたこともニュウスで紹介されました。欧州はまだ午後1時を過ぎたばかりで、教皇様は午後もアウシュヴィッツ・ビルケナウにいらっしゃるそうなので、きょうの夜のニュウスではまた新たな知らせがあると思います。

それにしても、ショックだな・・・やっぱり、自分。


le 29 juillet 2016, Marthe

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by ma_cocotte | 2016-07-29 20:14 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
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